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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
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34、 左右不対称と少女

 男の子のを拾って数時間、私達はひたすら南東に向かって歩き続けた。

 男の子を背負いながら歩くシノンの顔には、目に見えて疲れの色が出始めていた。


 最近になって思ったのだが、どうもシノンの体力が尽きるのが早すぎる気がする。


 特に具合が悪いわけではないと思うが、日に日に彼の活動時間が減っている。


 ここ四ヶ月で、彼が眠る時間はだいたい一時間半くらい延びた。

 休憩する度に三十分は仮眠を取るし、食事の量も少なくなっている。


 病気とかなのではないかと心配して聞いてみたが、彼には自覚がないようで、首を傾げたのだ。



 辺りがだいぶ暗くなってきた頃に、街の灯りが見えてきた。


 ラストスパートだと言わんばかりに私は軽く走った。

 シノンも私に続いてきた。


 王都は、秀亀王国特有の文化を持つ。『和風文化』と呼ばれている。


 主に平屋の建物が多く、秀亀の人たちの服装は『着物』と呼ばれる美しい服装をしている。


 とにかく世界中から人気のある文化である。

 衣食住、音楽、芸道、文学、美術、武道などは特に独自の文化で出来上がっている。


 曰く、『和の文化、または和の精神、和の心とは、個性重視とする文化ではなく、集団の秩序と安寧、また礼儀と作法を重視した文化である。』だ、そうだ。


 やがて、街の検問を通って宿を見つけると、私達は部屋を取った………が、祭りが近いらしく今日は一つしか部屋が空いていないらしい。しかも五人用の大部屋。


 仕方がないのでそこを取ることにした。私としてもシノンと一緒に寝られるのはちょっと嬉しかったりするけれど、彼には内緒だ。


 早速荷物を置き、男の子を布団を敷いて寝かせた。


 シノンは座り込み、木製の座椅子にもたれ掛かった。

 ため息をついてそのまま目を閉じ、少しすれば寝息が聞こえてきた。


 ………やっぱり、疲れたんだろうな。さっき一緒の部屋でもいいか確認をとった時の一言くらいしか喋ってないし、顔が疲れ顔である。


 このまま起こすのも悪いけれど、夕飯も食べてないし風呂にも入ってない。今のうちに起こして、やることをやらせてから寝かせよう。


「シノン、一回起きて、シノン」

「んっ………んん………」

「シノン!」

「っ!?」


 ばっと目を開け、もたせかけていた体を起き上がらせて、シノンは目を見開いていた。


「あー……起こしてゴメン。夕飯食べて、風呂に入ってから寝た方がいいかなと思って」

「あ、ああ。気にしなくていいよ。むしろ起こしてくれてありがとう」


 そう言って、シノンは微笑んだ。しかしその笑顔にも、疲れの色が滲み出ていた。



 その後『和食』である宿の夕飯を食べ、それぞれ風呂に入った。


 私が部屋に戻った時にはシノンはすでに戻っていて、先ほど座っていた座椅子に座ってまた眠っていた。


 私は、仕方ないな、と呆れ気味で呟きながらも彼が風邪を引いてしまってはいけないので、シノンの分も布団を敷いてやり、今度こそ起こすのは悪いので布団まで運ぶ。


 掛け布団をかけてやったが、シノンはまったく気づかない様子で、静かに寝息を立てて眠っていた。


 …………何か悪いことでもなければ良いけれど、どうも嫌な予感しかしない。シノンに何かあったのだろうか。


 今までこんなことはなかったけれど、最近になって彼は急に弱ってきている気がする。


 身体的にも、精神的にも。


 私に何かできることはないだろうか。精神的疲労ならば何とかしてやれると思う。でも、身体的疲労ならば、私はどうすればいい?

 原因がわからなければ彼の疲れを癒すことはできない。そもそも最近調査に時間を費やしているから、それが原因かな?


 ………どちらにしても、彼には休息が必要だな。よし、決めた。明日は強制的に休ませよう。


 そう決断したところで、私は一度カウンターへ行き、明日の朝までだった部屋のチェックアウトを明後日に変更した。


 シノンは特に急がなくてもいいと言っていたし、問題ないだろう。


 そうして部屋に戻ると、私も布団を敷いてシノンの隣で眠った。



 翌日、私はシノンを起こさず放っておいた。自然に目覚めるのを待った方が強制的に起こすより体に良いからだ。


 案の定シノンはいつもより三時間ほどゆっくり寝ていた。起きた時はなんで起こしてくれなかったとか、チェックアウトのこととか聞かれた。


 今日は一日休むこと、拒否権はないことを伝えたら案外素直に受け入れた。


 拾った男の子は未だ目を覚まさないが、シノンによると、たぶんそろそろ起きるのではないかということだ。



 昼ごはんを運んできて部屋で食べていると、どうやら男の子が目を覚ましたらしく、ゆっくりと起き上がってキョロキョロとしていた。


 シノンは相変わらず、机に広がった調査内容などをまとめた資料を目の前に、座椅子にもたれかかってうとうとしている。まったく、しっかり休めと言ってるのに。


 男の子は私に気づくと、数秒ほど固まった。そんな彼に私は微笑み、話しかける。


「……気分はどう?」

「えっ………あ…………」


 彼の顔には徐々に恐怖の色が浮かんできた。まずいと感じて私は彼にゆっくり近づいた。

 男の子の手を取ろうとするが、彼は私を拒絶する。


「ちっ、近づかないで!!」


 そう言って、男の子は私から距離を取った。

 よほど怖い目にでもあったのだろう、彼が私を見る目は、恐怖や警戒と言ったものだった。決して信用しない。そんな雰囲気を、彼は晒している。


 大丈夫だよ、危害を加えるつもりはないよ。これらは通じないだろう。


 なんでだろう、私も、彼に近づきにくい。


 誰かが私の肩に手を置いたので振り返ると、そこには複雑な表情を浮かべたシノンがいた。


 ………そうだ、シノンにはわかるんだ、この子の気持ちが。


 似たような状況だと思う。少し違うけれど、シノンもロウさんと出会った頃はこんな感じだったんだ。


 気がついたら知らないところにいて、周りに知り合いがいない。そんな状況で、自分一人でなんとかするしかなくて、不安だったってシノンは言っていた。


 たぶん、目の前の男の子も同じ気持ちなんだろう。


 シノンは私の肩から手を離すと、男の子に近づいた。しかし、今度は男の子は動かなかった。


 シノンはしゃがんで、そっと彼の頭に手を乗せた。そして、そっと撫でると、優しく声をかけた。


「………敵対する気はない。不安な気持ちもわかるよ。けど、ここにお前を傷つける奴はいない。いたら護ってやる。だから、警戒を解いてくれるか?」


 あえて恐怖という言葉を出さないことで、余計な心配を重ねないようにしているんだ。


 あまり詳しく彼の心の内を口に出さず、まずは少しでも安心感を与えることが大事なんだな。


 今のシノンはたぶん、優しく、しかし少しだけ寂しそうな笑みを浮かべていることだろう。声の調子からそれくらいはわかる。


 男の子もちょっとだけ安心してくれたのか、わずかながらうなずいてくれた。


「俺はシノン。後ろにいるあいつは、カルナ。よろしくな」

「よろしくね」


 私もシノンのもとへ近づいて、軽く手を振った。


「あのっ、えっと、ゆうきと言います……」


 ゆうきと名乗った男の子は頭を下げた。彼は美しい青色の目を持っていた。その目には少しばかり涙が浮かんでいた。


 …………いや、よく見れば右目の色が少し違う。


 右目は花浅葱色《はなあさぎいろ》だった。どちらかと言えば青色っぽい青緑色である。


 左右不対称《オッドアイ》と呼ばれる子だ。


 滅多に見かけないが、そういった子供は時々不思議な力を宿していると言われ、一部では神聖視されている。しかし、逆に一部では『呪いの子』と称され、差別されるか地元を追い出されるかするらしい。


 また、能力によっては奴隷商人に狙われ、捕まれば人生が終わるとまで言われている。


『魔眼持ち』とまで言われていることがある。

 主に能力を使うのは、目という器官に宿された魔力と霊力だ。


 霊力というのは、とうに死んだ人の恩恵だとか、その人が残した力だとか言われている。あと、死んだ人の幽霊が発する魔力みたいなものと似たようなもので色々と曖昧な存在だとも、シノンは言っていたな。


 それらを含めて全部霊力らしい。つまり、あまりよくわかっていない。


「ゆうき、ね。よろしく」

「は……はい………」


 ゆうきの少し不安な表情は残っていたが、少しは信用してくれるようだ。


「あの………ここは……?」

「ああ、秀亀王国の王都の宿だよ。滞街の近くに倒れてたから、連れてきた」

「えっ………倒れて……た……?」


 シノンはうなずいた。ゆうきの不安そうな表情がまた少し崩れて、目に涙が溜まってる。


「その………ありがとう、ございます………ありがとうございます……」


 感謝の意を全力で示しているのか、ゆうきは見たこともない作法で頭を下げている。


 左腕を後ろに、右手を前に持ってきて、肘の関節を九十度に曲げて深々と頭を下げた。ただし右腕は脳天についている。


 先ほどまで全力で警戒していた子供とは思えない変貌ぶりだな。でも、感謝されて悪い気はしないし、それに警戒を解いてくれたみたいで何よりだ。


「俺は別に。お前の傷を治したのはカルナだ。俺はここまでお前を運ぶことくらいしかしてないよ」


 そう言ってシノンは私に視線を送り、ゆうきは、今度は右手で拳を作り左手の掌に当て、またその反対の手で同じ動作をし、今度は拝むような姿勢をとった。


「誠に感謝致します。先ほどは、大変失礼致しました。態度を改め、私はあなた方に生涯感謝を致します……」


 ゆうきは今にも泣きそうな声でなんとか言い切ると、今度は嗚咽が漏れ始めた。


「………ゆうき、顔を上げて。私はただ、このまま放っておいたら死んでしまうと思ったんだ。それだけのことなんだよ?」

「それでも、ボクの命の恩人です………もうこのまま、誰にも助けられずに事切れるかもしれなかったあの状況より、生き残ってよかったと………ボクを救ってくれたあなた方には感謝してもしきれなくて………本当に、ありがとうございます………ありがとうございます………」


 そう何度も、ゆうきは言い続けた。


 やがて顔を上げたと思ったら、数歩下がって、今度は土下座してきた。


「お願いします!ボクを、あなた方のところに置いてください!」

「「…………は?」」

「いきなりこんなこと言っても無理だと承知です。でも、ボクはあなた方にいつか恩返しがしたいのです。ですからどうか、お願いします。ついて行くだけでいいんです。いつか大きな恩返しができたなら、ボクは去ります。ですからどうか、お願いします!」


 ………いや、こんなこと言われても………という反応しかできない私は、シノンを見た。

 彼も何が何だかわからない様子で、両手を広げ、肩を竦める。


 ゆうきは必死の思いで頭を下げているのはわかった。けれど、シノンには別の懸念があることが見てわかった。


 それはおそらく、本人の気持ちだ。


 先ほどから見ていて、どう見ても彼は情緒不安定である。そんな状況で、完全に信頼していない成人について行くなんてことは、彼の不安を常に仰ぎかねない。


 不安でも、信頼できていない相手でも、恩義は返すのが彼のやり方なんだろう。


 それをシノンは、わかってるんだ。私にもわかる。


 よく見てみると、ゆうきは震えていた。反応がないことからか、何を言われるかわからない不安からか、それとも、何をさせられるかわからないことからか………。


 昨日の彼の傷の様子から見て、鞭で打たれたあとや殴られた痕があったのでこの子は元奴隷だ。隙を見つけて逃げ出してきたんだろうが、それでも感謝を決して忘れないのはすごいことだと思う。


 ただ相手を怖がるだけでなく、土下座までして私たちに頼み込んでる。どんなに怖くても、タダではいけないと、彼はそう感じているのだろうな。


「……………わかった」

「!!」


 ゆうきはぱっと顔を上げた。その顔には涙が流れていて目もとが赤い。表情は歓喜に満ちており、今にも泣き出しそうだった。

 シノンが微笑んでこちらを見たので、私もうなずいて返事をする。


「そんな、恩返しをしたいだとか堅苦しい理由じゃなくていいよ。行く宛もないんだろうし、私たちの旅も賑やかになるしね」


 そうでしょ?と言うような視線をシノンに送ると、彼はうなずいてくれた。


「お前はまだ子供だからな、気にするな。もともと、行く宛がないようなら一緒に旅をするつもりだったし、ちょうど良かった。否定されたら逆に困ってただろうし」

「………ありがとうございます!よろしく……お願いします……!」


 ゆうきはまた床に額を擦りつけて、私達に何度も感謝の言葉を送っていた。


「じゃ、さっそく風呂にでも入れよう。体の汚れは取れてないし」

「そうだな」

「……………カルナ?ゆうきを風呂に入れて来てくれよ」

「……………えっ?なんで?」

「なんでって、この子女の子だぞ?」

「…………………ええっ!?」


 再びゆうきを見ると、きょとんとした表情で私たちを見、首を傾げている。


「あのっ、どうか、しました?」

「えっ?あ、いや、なんでも!じゃ、じゃあ、行こうか!」

「は、はい………?」


 い、言われてみればそうかもしれない。私はなんという失礼な勘違いをしていたのだろうか…………。

なかなか難しいなぁ………。

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