35、 盗賊と見張りの男
王都で、五人乗りの馬車を購入した。荷台付きで、寝転がるにはそこがちょうど良かった。
馬は黒く丈夫そうな雄だ。
取り付けられた装備には回復魔法を常時発動させている魔道具がついているので、走っていても馬が疲れることはないから休憩の必要もない。
まあ、時々止まって馬に水分補給はさせているけれど。
御者を務めているのはシノンだが、さっきからなんとなく周りを見回している。普段はこんなことはあまりないのだが、妙にキョロキョロしている。
あ、もしかして妖怪か?そう言えば妖怪って本来秀亀にしかいないとか言ってたな。
えっと………羅治丸……だったっけ?たしか、その人が。
ってことは、妖怪は秀亀には多くいるってことでもあるだろうし、シノンの様子がおかしいのもそれが原因か。
だから早くこの国を出たいとか言ってたのか、なるほどそういうことか。
まあ、無視していればなんとかなるんだろう。シノンのことだし、無闇に突っ込んでも妖怪とやらに余計な干渉をされたら困るしな。
………待てよ?もしかして、シノンの精神的な疲れって、妖怪が見えてるからだろうか?それで余計にストレスが溜まってるのかもしれない。
これじゃあ対処のしようがないじゃないか。
………ちょっと心配だな。後で労ってあげよう。こないだのような、力を吸い取られているとかではないようだし。
それから数日間、私たちは馬車での旅を続けた。
ゆうきもだいぶ打ち解けてくれて、今では楽しく会話をしている。
さすがは女の子と言ったところか、背中より少し長いくらいの長さである彼女の髪はとても質が良かった。
拾った当初はボサボサで汚れていたが、今ではしっかりと整えてやったらものすごい美少女になったのである。
やがてコペル王国との国境近くにあるドークの森で野宿をしていると、シノンが茶を飲みながら耳を立てた。目を瞑り、ゆっくり茶を飲みつつ周りに集中している。
一度ピクッと大きく動くと、目を開けて口からコップを離した。
『お前の後ろに二人、左に二人、右に一人。それから、ここから北東へ約百メートル先に遠距離攻撃型の奴が一人』
『盗賊か?』
『そうだな。周りの奴は、少なくとも五十メートルくらいは距離を取ってる。まだ襲っては来ないだろうけど、油断はするな』
『………どうすればいい?ゆうきはもう寝てしまったぞ?』
『ちょっと待ってろ』
すると、シノンは再び目を瞑った。数秒で目を開けて、今度は声を出して話しかけてきた。
「そう言えば、勝てたのか?こないだあの人に勝負をしかけてただろ?」
「えっ?………誰のこと?」
シノンの意図を察して、私は臨機応変に対応することにした。彼は満足そうにうなずくと、続けた。
「ほら、今では世界で一位二位を争うと言われてる『槍の王ロウ』さ」
『槍の王ロウ』って、あ、シノンの養父のロウさんのことか。
っていうか、ロウさんってそんな二つ名あったんだ。シノンだって『白の魔術師』っていう二つ名があったな。
「ああ、かなり苦戦したけど、善戦だって褒めてもらったよ。結果は……ギリギリ勝てなかった」
苦笑するそぶりを見せて、シノンは相手の動きを探っていた。
こうして相手を仰ぐことで、賊の動向を探るんだな。
自分たちの実力をちゃんと理解してる頭のいいやつなら、少しでもリスクが高いためここで愚かな真似はすまいと引き下がるだろう。しかし頭の悪いやつは笑って引こうとはしないだろうな。
………面倒くさいことだ。
レイヴァは戦闘能力が高いことは一般にも知られている。だから頭の回転が速い奴がいるなら助かるんだが………どうやら去る気はないらしい。
『………しょうがない。面倒だが、片付けるか』
『遠距離の奴はどうする?』
『すでに手は打ってある。アレは気にしなくていい』
えっ?気にしなくていい?
………まあ、あとで説明を求めればいい話だ。シノンなら信頼できるし、何か考えがあるのだろう。
私は彼の言葉を信じ、どうすればいいのか尋ねてみた。
『いや、お前は大人しくしてろ。一瞬で終わる』
シノンは立ち上がり、両手を広げ呪文を唱えた。
「麻痺化、プラス、拘束、プラス、転送」
………三重魔法だ。今までは最高二重魔法までしかシノンは使っていなかったが、三つも同時に魔法を発動させるなんて。ここ数年で、結構極めてるんだな。
と、そんなことを思っていると、金色の色で何重にもぐるぐる巻きにされた男たちがすぐ左に現れた。
「わっ!?」
「えっ?えっ?何です……かぁっ!?」
「おっといけない。やっぱりズレたか。わるいわるい」
眠っていたゆうきが私の声で覚醒し、すぐ脇にいた男たちを見てはっきりと目を覚ましたのだろう。立ち上がってあと退った私の服を掴んで震えている。
「………シノン!ゆうきが怖がるから気をつけてよ!」
シノンは困り顔で頭を掻いていたが、やがて盗賊と思しき男たちに近づき、しゃがんで尋問を開始した。
「単刀直入に聞く。目的は?」
「………………」
男たちは驚いているのか、答える様子はない。それでもシノンは十秒ほど待ったが答えはなく、もう一度シノンは口を開いた。
「少し言い方を変える。お前たちはなんでここにいた?」
「………………」
「もう少し捻ってやろうか。お前らは何者だ?」
「………………」
未だ固まったままの盗賊たちにイライラしてきたのか、シノンは遂にリーダーっぽい男の胸倉を掴んだ。
「てめえらは何者だって聞いてんだよ。そろそろ怒るぞ?」
「ひっ、ひい!?」
声は落ち着いているようだが、数年間一緒に過ごしてきたからわかる。シノンはかなりイライラしている。これ以上刺激すると、爆発しかねないな。うん。手を出すのは止めておこう。
やっと起動し始めた盗賊に、シノンは更に追い打ちをかけた。
「もう一回聞くぞ。お前ら、何してた?」
「えっ、あっ、いや、その…………」
口ごもる盗賊に、シノンは更にイライラを募らせていく。
遂に耐えきれなくなったか、シノンは左手の拳を振り上げて男を殴ろうとしたが、男は声を上げて叫ぶように吐いた。
「いっ!依頼されたんだよ!金に釣られて受けただけなんだ!本当だ!」
「はあ?依頼主は誰だ?」
「しっ、知らねえんだよ。家に帰ったら紙が置かれてて、報酬が金貨六十枚って書いてあったから………!」
「そんな怪しい手紙、信じたのか?」
「すでに報酬は置かれてたんだ。拒否権はねえとも書かれてたから、仕方なく受けたんだ!見張りもいるぞって脅されてたもんだから、本当なんだ、信じてくれ!頼むから命だけはぁ!」
情けなく叫ぶ男に、シノンはため息をついた。そして再び威圧感を与えるように鋭い視線で男たちを睨んだ。
「で?目的は?」
「あっ………あそこの女と子供だよ。攫って、ある場所に連れてこいと言われ――……ひいっ!?」
「ああ!?ふざけてんのか!あいつらに手を出してみろ、俺が許さねえぞ!」
「待て待て!シノン落ち着け!」
今にも殴りかかりそうだったので、私は慌ててシノンを止めに入った。
「命令されただけだって言ってるし、拘束できたんだから良いじゃないか!」
「………はあ。悪かったよ。俺が殴りかかろうとしたのは、お前たちを狙ってるって聞いてイライラしてたのもそうだけど………何よりこいつ、嘘ついていやがる」
「嘘………?」
「ひいっ!?」
シノンはもう一度胸倉を掴み、男は再び悲鳴をあげた。
「なあ?まだ狙いがあるんだろ?言ってみろ。言っとくけど俺に嘘は通用しない」
「わっ、わかった!わかった言うから!お前も一緒に生け捕りにしろって書いてあったよ!」
「それだけか?」
男は大粒の汗をかきながら何度も首を縦に振った。
「……………………二人とも、今すぐここを出よう」
シノンは男を放り投げながらそう言った。
「えっ?出る?今から?」
「ああ。こいつらは王都の警備施設に送る。今のうちにコペルに入っとくぞ」
「えっ、ちょっ、シノン?」
私たちに有無を言わせずに手を引っ張って、馬車に乗るよう促した。馬に馬車を取り付け、焚き火を消した。
すると、また転送でもう一人の男を呼び寄せた。おそらく、遠距離でこちらを狙っていた男………なんだろうが、ぐったりしていて動かない。
シノンは男に近づき拘束で縛りつけると、他の盗賊たちとまとめ、なにか書かれた紙を置くと転送を使った。
瞬時に男らは消えて、シノンはすぐに御車台に乗り込んだ。
荷物は全部馬車の中だったので、大した支度はせずに乗り込めた。
「ねえ、あいつらは?」
「さっき言ったろ、王都に送った。話は村に着いてからな、しっかり掴まってろ!」
シノンは馬を走らせ、南西へと向かった。
「なんでそんなに焦ってるの!?」
「焦ってはいないよ、判断が鈍るから。二人とも、できるだけ話すなよ。もしくは寝ててもいい」
「なんでここから離れなくちゃいけないのか教えてくれ!」
「それも含めてあとで。俺の予想があってるならここは危険だ。ハズレの可能性もあるけど、少しでも可能性があるなら朝までここで過ごすのはまずいと思ってね」
「どういうこと?」
「今は大声で話せないんだ。あとで話すよ」
「………わかった」
ゆうきは少し戸惑っているが、シノンのことだと納得したのだろう、大人しくしていた。
………焦っているわけではないけれど、シノンは急いでいる。その理由はあとで教えてくれるって言ったけど、何なんだろう?
たしかに、あの盗賊たちに依頼したという何者かのことも気になる。それに関することなんだろうけれど、そんなに焦ることなのだろうか?
とりあえず、今はシノンに黙って従うしかないか。
それにしても、夜の森を動き回って平気なのだろうか?こんな夜更けに出回ってたら………。
「風刃」
シノンの手から、風の刃が炸裂した。
…………大丈夫そうだな。今シノンが倒したのは猪の魔物だ。
風刃は初級の魔法で、私もシノンほどでは到底ないが使える。
初級なだけあって威力が弱く、普通なら魔物ほどの防御力じゃせいぜい小さな傷を作るくらいだ。
しかし、シノンの場合は魔力の使用効率が非常に良く、初級でもかなりの威力を出す。だから、猪ほど防御力がある魔物でも簡単に真っ二つになってしまう。
そうして次々に出てくる魔物を屠りながら、馬車は森の中を駆け抜けていった。
やがて森の近くの村が見えてくると、シノンは馬車のスピードを落とし、ゆっくり村に入っていった。
国境近くなので、秀亀王国と同じでここは宿場町となっている。夜に到着する冒険者や旅人は少なからずいるので、宿は開いている。
近くの宿の人に声をかけて馬車を停め、馬を預けて部屋を借りた。
シノンは別の部屋で、何かあったらすぐに言えよ、とだけ言われて私とゆうきは部屋に荷物を置いた。
すぐにゆうきと一緒にシノンの部屋へ行き、事情を聞きにいった。
シノンはすんなり入れてくれ、部屋に防音結界を張っていた。
「………わるいな、理由も話さずに連れてきたりして」
「いや、いいよ。ゆうきもなんだか緊張して眠れなかったみたいだし」
「そうか。で、あの場所から離れた理由だ。まず、盗賊たちに俺たちを捕らえるように依頼した奴だが………貴族の可能性がほぼ、だな。あの時点でおそらく俺たちがあの盗賊を返り討ちにすることは予測してたようだ。遠距離攻撃の奴は、盗賊の仲間じゃなかったみたいだし」
「なんでわかる?」
シノンは自分の頭を人差し指で指しながら言った。
「読み取り。相手の頭の内、つまり考えていること、そして記憶を少しだけ読み取る。才を持つ子の特殊能力の一つで、万能ではないけど使うタイミングも自由で読み取りたいものの狙いは確実に当たるから結構役立つものだ。あのリーダー格の男の記憶から読み取るに、遠距離で構えていた男はたしかにあいつらに協力していた。けれど、実際は貴族が派遣した助っ人みたいなものらしい。それと、見張り」
「見張り?」
「金は置かれてたんだ、ちゃんと仕事してくれなきゃ困るんだろ」
「なるほど…………」
そう言えば、リーダー格の男は見張りもいるって言われてたとか言ってたな。もしかしてそいつか?
あ、もしくは他にも仲間がいた可能性があるってことかな?
「いや、それはない。俺があそこを離れようと思ったのは、遠距離で構えていた助っ人の男が持っていた魔石が厄介だったから」
「ま、魔石?」
「うん。たぶんあの魔力波の調子だと、位置を知らせるための魔法陣……探知機が刻まれていたんだろ。西の方向に向かって魔力が送られてた」
「私には魔力の流れがわからないけど、とにかくあのままじゃ報告がないとかで怪しまれて、眠っている間に襲われかねなかったってことか」
「そうだ。結界を張っても良かったけど、それじゃあもしも朝になってから奴の仲間が来てたとしたら、動きにくくなるからな」
それでちょっと急いでいたのか。どの位置に敵がいるのかわからなかったから。
場合によっては数分で到着されてもおかしくなかったんだな。
「じゃあ、これからどうする?あまり目立った動きはできないんじゃ?」
「まあ、俺はな。カルナやゆうきは平気だろ」
「………あの、ボクはなんとなくわかりますけど、シノンさんやカルナさんは、なんで狙われるんですか?」
「「??」」
私たちは同時に、ゆうきをみた。
「なんでって、そりゃあ、レイヴァだからね」
私が答えると、ゆうきは曖昧な表情で首を傾げるだけだった。
「あの………すいません、二年くらい前までは外の世界ことを全然知らなくて……今もあまりよくわからないんですけど………」
「外の世界?」
「あっ、言ってませんでしたね。シノンさんとカルナさんは信頼できるので、ボクのこと、誰にも言わないでくださいね。恩人にこんなこと頼むのはどうかと思いますけど………」
私はよくわからなくて、シノンを見た。まさかとは思ったが、シノンも同じ気持ちのようで、私たちは目を合わせる。
「実はボク…………夢の民なんです」
ちょこっと設定集(という名の番外編・短編)
ロウ「シノン、『白の魔術師』ってのは誰だか知ってるか?」
シノン「え?知らん。誰それ?」
冒険者A「おいおい、『白の魔術師シノン』を知らのんかあんたら?」
冒険者B「あの『槍の王ロウ』の養子で、わずか十歳にして天才と呼ばれたレイヴァの魔術師さ」
ロウ・シノン「「っ!?」」
シノン、恥ずかしさで悶える。
冒険者C「俺も魔術師なんだがよ、憧れるぜぇ。子供なのにすげえよな、二つ名を持ってるなんてよ。俺もそんなのが欲しいねえ」
それを知った瞬間、シノンは転移魔法で逃亡した。




