25、将軍ガラムと全王リュアン
遅くなりました…………。
気がつくと、暗い部屋の中にいた。
………いや、部屋じゃない。おそらく、馬車だろうな。わずかに振動している。時々、ガタッと何かを踏んだように大きく弾む。
………体がだるい。それでもなんとか起き上がると、静かな寝息が聞こえてきた。
右隣には、暗くてよく見えなかったがカルナがいるということはわかった。
結構俺にくっついて寝ていたみたいだから、こんなことをするのは彼女くらいしかいないからだ。何よりも匂いがカルナだし。
そんなことよりも、今は移動中か。どこに行くんだろう。
「ん………」
あ、起きたか。カルナは瞼を開けて、俺に気がつくと、視線をゆっくりと上げた。
「はっ………!シノン!気がついたのか!もう、大丈夫?」
「ああ。まだ体がだるいけど、動けないわけじゃないみたいだ」
「ほっ、そ、そうか………良かった……」
カルナは起き上がって、俺の方に寄ってきた。どうやらここには俺とカルナしかいないらしい。
「どこに向かってるんだ?義兄さん達は?」
「別の馬車に乗って移動中だ。今は、更に北の森へ向かってる。そこならこの国で一番広い森だから、隠れるのに最適だって」
「そうか」
後ろの壁に背を預けて、天井を見つめる。
……こんな夜中でも移動してるんだ、大変だな。
「………眠れないのか」
「いや、そうじゃない。シノンの温もりに飢えていたからさ」
「からかうな。今まで一緒に寝てたなら、勝手に抱きつくなりなんなりすれば良かったんだ」
「それじゃあ今度はお前が私の温もりを感じる機会がないではないか!」
ふくれっ面で、カルナはそう言う。はいはい、わかったわかった。ていうかなんだその妙なこだわりは。
とりあえず、今夜は寝るか。まだ朝になるまでには時間があるようだし、いつまでも起きていると朝になったらきつくなる。
俺たちはもう一度床に敷かれた布団に潜った。
ずいぶんと長いこと、馬車に揺られていた。辺りはすでに明るくなっていた。
休憩しなくて大丈夫か?とか思ったが、御車には正面の窓がないので声をかけられない。
両脇の窓から話しかけてみたが、応答がなかった。
どうなってるんだ?窓からは顔が出せないようになってるし、他の馬車の音も…………ってまさか………!
「カルナ、まずいことになった」
「えっ?」
「多分、この馬車の御車は、ガルデンの息がかかってる。俺たちをこのままどこかに連れ去る気だ」
カルナは察しが良く、声を出さずに驚いた。
「どうりでおかしいと思ったんだよ。休憩もしないし、窓から顔が出せないし、魔力無効化空間だし………」
「………魔力無効?」
「魔力が使えない空間だよ。窓から顔が出せないのはおそらく、他の馬車が見当たらないのに気づかせないため……だと思う。音だけならすぐには気づかないだろうし」
それに、運転手が返事をしないのもおかしいんだ。なんで早く気づかなかったんだか、自分に呆れる。
それよりも、ここからは出た方がいいかもしれない。
魔法が使えないならば虹目の力を使うしかないだろうな。一応魔力の類ではあるけれど、それは目 という器官の問題であり、力自体に魔力はかかっていない。
俺は目の色を変え、カルナを抱き寄せる。ここには大した荷物は置いていないようなので、このまま置いていくことにする。
「行くぞっ!」
体にグッと力を入れて、右手の拳で馬車の壁を破った…………と思った。
壁に穴どころか、傷ひとつ与えられなかった。ちっ、結界か。
俺の力ではどうにもできないな。魔力が無効ってだけで、虹目の力が半分以上減るのか。それに、俺はまだ体力が万全じゃないからな………。
「シノン、私にやらせて」
「………頼めるか?」
カルナは黙ってコクリとうなずき、両目の色を変えて、俺と同じように壁に拳を当てた。
しかし、やはり結界のせいで傷など与えられなかった。カルナでもダメとなると、こりゃ相当まずいな。
外に連絡を取りたいが、魔力無効化空間ではメッセージの飛ばしようがない。
扉は、どうやら外から開けないとダメらしい。
けど、窓の格子は目が細かくて腕一本通す隙間はないし、結界のせいで指一本通すことすらままならない。
………到着するのを待つしかないのか………それとも、義兄さんたちの助けを待つか………。
でも相手はガルデン侯爵だ。王都では国王などと呼ばれている結構な大物で、王宮に攻め込んだともなれば本物の国王ですら罪に問われる。
こうなったら、本格的にラトス皇国と同盟を結ばなくちゃならなくなるよな。
「シノン、どうする?」
「………どうやら外から開けるしか出る方法はないみたいだし、開けられた瞬間に攻撃を仕掛けるしかないだろうな。多分、普通に開けるだけじゃそうなることも相手は予想してると思うから、睡眠薬か何かを嗅がされるかも知れない。布で顔を覆っとこう」
カルナはうなずくと、荷物の中から二枚の厚めの布を取り出し、一枚を俺に渡してくれた。
匂いで異常がないことを確認し、俺は布で顔半分を覆った。
眠っている間に何か仕込まれていないとも限らないからな、念には念を、だ。
天井を見ると何やらシャワーのようなものもあるし、そこからかすかに魔力も感じる。
「………『魔力馬車』、ね………」
「ん?何か言ったか?」
ふと頭に思い浮かんだ言葉を口にすると、カルナが質問してきた。
「ん?ああ、魔力馬車って言ったんだけど、どうやらこれがまさにそれらしい。滅多に手に入らない希少道具なんだけど、まさかこんなところで見ることができるなんて……」
不謹慎ではあるが内心、俺は少し感動していた。
これのように、王族くらいにしか手に入れられない物や、また王族でもなかなか手に入らない物を見る機会はほとんどなく、実物を見ると結構興味深く見つめてしまうという、俺の癖があった。
書物で実際の絵や写真を見たことがあるくらいで、まさか実物を見ることになるのが誘拐の最中とは………。
その後も馬車に揺られ、日が傾き始めた頃、急に天井から煙のようなものが出てきた。って、睡眠薬か!
俺たちは片手で鼻と口の辺りを、布の上から覆った。
さて、もうそろそろ着くのか。
一応、攻撃態勢に入っておくか。カルナにもその旨を伝え、とりあえず荷物は全部収納魔法で異空間へとしまった。
しばらく何も食べていないのでちょっと空腹だが、まあこれならまだ大丈夫だろ。
少しして煙はすぐに晴れ、俺は口元の布を取った。
窓の外は、街の景色だった。
相変わらず活気のない、静かな王都だ。
すぐに城に到着し、いくつかの足音が聞こえ、扉が開かれる。
扉の目の前に立っていた兵士に飛びかかって、そのまま地面へと転がり込んだ。短剣を兵士に突きつけ、無言のまま立ち上がる。
カルナは急いでこちらへ走ってきて、俺の脇につく。
「……シノン、ここは城の庭だ。一気に南へ走れば、城の敷地外に出られる」
「………了解」
兵士は飛びかかったあの一瞬で催眠魔法をかけたので、俺たちの会話は誰にも聞こえていなかった。
周りには、たくさんの兵士や重臣たちが集まり、何事かと騒いでいる。
その中で、一際目立つ壮年の男がいた。
茶髪に髭面の筋肉質な男。色黒で威圧的な鋭い視線で、こちらを黙って見据えていた。
豪華な鎧を身につけ、背中には大きな槍斧が装備されている。そして、胸には国の紋章が縫い付けられており、俺はその紋章には見覚えがあった。
『ラトス皇国将軍』―――。
その紋章は、それを意味するものだった。
「貴様、何者だ?」
「………答える義理はないね」
「ふん、まあいい。たとえお前が何者だろうとこの人数には勝てまい。大人しくルミナ王妃を渡していただこう」
「申し訳なくもないが無理だ」
俺は短く即答する。無理に決まってるだろ、この阿呆め。
まっすぐにその将軍―――ガラムは、俺の目を見つめる。そして俺も、その鋭い視線を受けて更に鋭い視線を返す。
ガラムはこめかみに青い筋を走らせ、更に目を細めた。その顔には、怒りの色が伺えた。
「ふん。ガキめ、このわたしに生意気な態度をとった無礼、報いを受けさせねばならないようだな。おい!」
すると、周りの兵士達は俺たちに向かってずんずん進んできた。どうやら人質は意味が無いようなので、掴んでいた兵士は地面に置いて、氷属性の魔法を放って全員氷漬けにしてやる。
「氷、『放出』、プラス、『氷漬け』」
「なっ……!なんだとっ…………!?」
一応、拘束魔法の一種だから、このままにしても死ぬことはないだろ。砕けば元に戻るしな。
カルナを抱き寄せて、更に魔法を放つ。
「『瞬間移動』!」
一瞬で視界が変わり、俺たちは立ち上がった。
…………どうやらここは王城の中の廊下らしい。騒ぎを聞きつけたのか中にいた兵士達はみんな外に出ていったらしく、中には誰もいなかった。なんと無防備な。まあ、今は助かるけど。
しかし、城の敷地内の結界のせいか、魔法が上手く使えないな。弱い結界ではあるが、それなりに魔法の妨害ができている。
実際、瞬間移動だって敷地外に出ようと思ったのに、むしろ敵の懐に入ってしまった。
このままだと城の連中に見つかるな。
「カルナ、悪い。結界のせいで上手く魔法が使えない。今は中に入っちまったけど、このままだといずれ捕まる。裏口かなにかはあるか?」
「………あっ、それなら、王族が抜け道として使っていた通路がある。二年前にも私が逃げ出してきた通路だ。ここからだと………こっちだ」
カルナは思い出すように少し考えてから、南の方向へ走り出した。
廊下は横幅が広く、そして長かった。
途中、何者だ!と言って俺たちを止めようとした兵士がいたが、面倒なので軽く『麻痺化』をかけてやった。
それからしばらく走っていると、今度は更に面倒な者に出会ってしまった。
先ほど庭の方で対峙した、ラトス皇国の将軍ガラムだった。
そしてその後ろには、ガルデンもいる。
「どこに行くのですか、王妃殿下?」
ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、後ろのガルデンも後ろから顔を出した。
王妃殿下って。もう婚姻を挙げたつもりでいるのかよ。まあ、カルナにこだわる理由もわからないでもないけれど。
でも、どうせ王族を乗っ取るなら、別に婚姻なんてあげる必要もないのではないかとも思う。
…………とそんなことはどうでもいいとして、まずは目の前のことだな。こいつらを倒すか、もしくはもう一度転移するか………。
「来ないのならば、こちらから行くぞっ!」
「くっ!」
とっさに剣を取り出して、奴の槍斧を防ぐ。同時に剣に魔力を込めたので、明らかにこちらの方が劣る剣でも、斧という武器の攻撃に耐えることはできるだろう。
しかし次の瞬間、右の脇腹に、鋭い痛みが走った。
「っ……!シノン!くそっ………!」
「待てカルナ!来るんじゃない!」
俺はガラムを思いっきり突き放して、腹を蹴った。ガラムはそのまま後ろに後退し、俺は脇腹を抑えて、床に膝をついた。どうやら短剣を刺されたみたいだ。
「ぐふうっ!」
「けほっ、けほっ…………」
「そこまでです」
ふと、後ろから若い女性の、よく通る声がした。カルナがこちらに走り寄って来て、しゃがんだ。
振り向くと、薄いピンク色の髪を持った女性がいた。赤く宝石のような、誰が見ても引き付けられるような、美しい目を持っている。整った顔立ちで、一言でいえば美人だった。
見た目は人族で、ただの美しい女性なのに、どこか威厳を感じる。
身にまとっているものは、煌びやかだが控えめの、ピンク色のヒラヒラとした正装。
脇には騎士と思われる男が二人、後ろには、何人かの兵士が並んでいた。
両脇の男は黒いローブを着ており、頭巾を深くかぶっているので顔はわからない。しかし体格的にも匂い的にも男であることはわかる。
どう見ても声をかけてきた女性が、高貴な存在なのは誰にでもわかる。
だが俺はその中でも、いや、世界中の人類が一目見れば彼女が何者なのかはわかるだろう。
―――そう、この人物こそが、全王王国リリーズの女王―――リュアン・テル・エリザベス・グラード=リリーズ―――本人である。
「ぜっ…………!」
「全王……さま………!?」
「控えぃ!貴様らには『王族乗っ取り』の罪がかかっておる!今すぐに降伏せよ!」
「ふ、ふんっ!コスプレ野郎め、こんな所に全王さまがいるわけねぇ!てめぇら、やっちまえ!」
「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」
俺たちはとっさに壁に寄ると、将軍の方を向いた。こいつ、以外に馬鹿か?どう見ても全王さまだろ。
勝てるわけがない。
一応、俺も武器を用意しておくことにする。カルナにも剣を持たせて、とりあえずは流れに任せることにした。
将軍の後ろにいた兵士達は突然、見えない壁のようなものに弾かれて前から後ろにどんどん倒れていった。
見ると、全王の左側にいた騎士の男が、障壁を張っていた。物理結界だ。
すべての物理攻撃を防ぐことができる、特殊系属性の合成魔法である。
合成魔法が使えるというだけでもかなりの使い手だ。腰には剣も携えているみたいだし、魔法剣士といったところだろうか。
「無駄です、あなた方ではこの障壁を突破することはできません。諦めてください」
「ちっ………くそったれ………っ!?」
普通ならば目に留まらないであろう速さで、右側の男がガラムの首筋に槍の穂先をピタリとくっつけている。
大粒の汗を流しながら、ガラムは動けないでいる。
「お話は伺っております。あなた方は全王法規に背いたため、こちらで処分を致します。同行願えますね?」
口もとは笑っているが、目が笑っていない。相手を威圧しているようだ。
「ひっ………!」
ガルデンは腰を抜かして、床を振動させながらその場に座り込んだ。
ガラムも諦めたようで、くそっ、と呟きながらそのまま座り込み、うつむいた。




