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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
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26、 感謝と旅立ち、ザン王国

「…………いっつっ……!」


 シノンは呻き、医術師は容赦なく彼の脇腹に針と糸を通していく。今のシノンにはほとんど意識がなく、暴れる危険があったため、何人かの医術師の助手に四肢を押さえつけられている状態らしい。


 流血も酷いので、あまり動かない方がいいとのこと。

 医術師曰く、顔が紅潮しておりすでに熱が出はじめているという。


 とりあえずは城の一室を使ってシノンの傷の手当をしているのだが、私はただ隣の部屋で待っているしかなかった。


 全王さまが派遣してくれた医術師なので、問題は無いと………思う。


「全王さま、ありがとうございます。あなたが来てくださったおかげで、我々も助かりました…………」

「良いのですよ。本来ならば、四大公爵家の者達に頼めばよかったのですが、現在は大会議の最中でして、私《わたくし》が参らなければ間に合わないと思ったのですよ」


 全王さまは、そう言って笑顔で返してくれた。優しい声だった。

 こんな人が世界を治めているのだなと思うと、なんだかほっとする気がした。


「全王さま、その、ガラムやガルデンの処分は………」

「ご安心ください、ダンジル王国の王女さん。ラトス皇国の将軍ガラムについては皇国より伺っておりましたし、ダンジル王国国王よりガルデンについては同じように話を伺っておりました。ですから、私《わたくし》自ら参ったのですよ。ガラム・キーレス将軍とナーティス・ガルデン侯爵についての処分は、こちらに任せても良いとのことですので」

「そうでございますか、ありがとうございます。それと、シノンのことも………」


 私は頭を下げた。

 全王さまは、私たちを助けてくれた恩人である。シノンの命の恩人だ。なんと言ってお礼をすれば良いのか、わからない。


「深く考え込まなくても結構です。それも、私《わたくし》の役目の一つですから」


 顔を上げると、全王さまは満面の笑みでこちらを見ていた。


 やがてシノンの声が聞こえなくなり、しばらくして扉がノックされた。


「どうぞ、お入りなさい」

「失礼致します。治療が終わりましたので、どうぞお部屋に」


 私はすぐさま部屋を出、隣の部屋に入っていった。


 シノンは寝台に包帯の巻かれた上半身を起こして座っており、壁に背をもたせかけて寝息を立てている。


「ああ………だから横になれば良いと言ったのに………王女様を待つなんて言うから……」


 医術師の助手の一人が、ため息混じりにそう言った。

 私は構わず寝台に歩み寄って、脇に置いてあった椅子に腰掛けた。


 助手の人たちがシノンを横たわらせると、私は彼に布団をかけてやった。


「ああ、申し訳ございません。ありがとうございます」

「いえいえ、お礼を申すのはこちらの方です。ありがとうございます」


 座りながらだが、私は深々と頭を下げた。


「い、いやいやいや、王女様、お顔をお挙げください。人を助けることが、我々にとっての生涯なんですから!」

「そ、そうですよ。当たり前のことなのです」

「第一、当たり前のことをして頭を下げられては、こちらもなかなか困ってしまいます………」


 私は顔を上げた。四人のうち三人が口々にそう言うと、言いたいことを全部言われたのか、残りのひとりは緊張した面持ちでうんうんと頷いている。

 若いな。新人、だろうか。だからだろうな。


「とにかくありがとうございます。ここはいいですから、あなた達も休んでください。大したもてなしはできませんが………」

「ああ………で、でも………」

「ふふっ、良いのですよ。私は彼のそばにいてやりたいだけですし、あなた達も疲れたでしょう?」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて………」


 そう言って、四人はぞろぞろと部屋から出ていった。すれ違いに、老年の医術師と全王さま、そして騎士二人が入ってきた。

 医術師は一つ礼をすると出ていき、全王さまはゆっくりこちらに歩いてきた。


 私は立ち上がって席を譲ったが、彼女は首を横に振った。


「シノン様………ですね。容態は安定しているようです。幸い、傷は大して深くなかったそうです」

「そうですか……!良かった………」


 そう言って、私は胸をなでおろした。


 近くにあった水の入った桶と白い布が目に入ったので、私は布を浸して絞ると、汗を拭ってやった。


 そう言えば最近、本当に怪我が多いな………なんとなく元気もない気がするし……悩みでもあるなら相談してくれればいいものを……。





 しばらくして父上や母上、そして兄さんたちがやって来て、互いの無事を喜びあった。

 全王さまはすでに事後処理に入っており、挨拶だけして部屋から出ていってしまった。


 シノンがガラムに怪我をさせられたと告げると、兄さんは少し怒り顔になったが、その怒りをそこで漏らすようなことはしなかった。


「まあ、父上が再び国王として活動ができる。全王さまには、本当に感謝しないとな」

「うん」





 それから更に数日後、シノンは回復し、全王さまも事後処理が終わったらしく、リリーズに帰っていった。


 昼食を食べたら、今度はザン王国に向かう予定だ。


「シノン、医術師って回復魔法使えるよね?」

「使えるはずだけど、なんで?」

「いや、シノンのような魔術師にも回復魔法が少しだけ効くのなら、シノンにもそれを使えば、治るのが早かったんじゃないかと思って」

「多分魔力(マナ)な少なかったんだよ。魔術師の傷を治すなら、それなりに多くなきゃいけない。俺みたいに魔力が多いのは特に、な」

「へぇー………」


 食堂に向かう途中の廊下で歩きながら、私たちはそんな会話をした。

 最後の言葉を発する時、一瞬だけシノンの顔が曇った気がした。しかし、それは一瞬で消えた。


 聞いてみようと思ったけど、気のせいだと思ったので、聞くのは今はやめておく。


 やがて食堂に着くと、「いらっしゃいませ、王女殿下、シノン様」という召使いの人たちの声が聞こえた。


 シノンは脇で、口をわずかに開けて、瞬きしながら固まっている。そんな顔が面白くて、私はつい笑ってしまった。

 シノンは顔をしかめて慣れない様子で頭を掻いていた。


 それぞれ席について、昼食をいただく。

 父上と母上と兄さんの三人は王都復興のため街へ出ているので、私たちだけである。


 食べ終わったら、すでに挨拶は済ませてあるので、そのまま船に乗ってザン王国へ向かうことになっている。


「カルナ、ザン王国では人との交流をできるだけ避けよう。いや、これからはザン王国に限らず、だ。特に貴族とかに俺たちのことが見つかったら厄介だからな」

「うん、わかった」


 ザン王国は身分制度が厳しく、貴族階級ともなると、平民以下は逆らえない。

 奴隷制度も昔から残っており、私たちのように希少な種族は特に狙われやすい。


 まあ、旅人に手を出すような貴族は滅多にいないし、そもそも下の町にいれば特に問題はない。………はずだ。


 ギルドにだけ行けば、他に用はないのでたぶん大丈夫だろう。





「お世話になりました」

「世話になった、ありがとう」

「王女様、お元気で、お気をつけて」

「「「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」」」


 シノン、私の順番で挨拶をして、城をあとにした。

 こうして、私たちは召使たちに見送られて王都を発った。西側の港から乗船し、島国から島国へと渡る。





 ザン王国の町シンギンに到着したのは、夜も更け、町はすっかり暗くなった時間帯だった。しかし幸いなことに、近くに明かりのついた宿があったので、今夜はそこに泊まることにする。


 二人とも頭巾を被って顔を隠したまま、宿に入っていった。どうやらここは宿屋兼酒場になっているらしい。


 酒臭い。そして騒がしい。


「らっしゃーい」

「一人部屋が二つ、空いてるか?」

「空いてるよ。何日だ?」

「一晩で、朝食も頼む」

「はいよ。二人で、銀貨三十枚ね…………ちょうど貰うよ。じゃあ、これ鍵ね。二階に上がってすぐ右に曲がっていくと左側にあるよ」

「ありがとう」


 私は話さず黙っていろ、と言われたので、シノンに黙ってついて行った。


「ここだな。俺がこっちみたいだ。何かあったら言えよ」

「うん。ありがとう」


 私は部屋に入って、ベッドに座り込んだ。


 少し休むと、着替えて、明かりを消した。夕食や入浴は船で済ませたので、私はそのまま布団に潜って眠った。





 翌朝、扉が叩かれる音が聞こえて目を覚ました。が、ぼんやりとしていて私は布団の中でもぞもぞと動く。

 何度か扉が叩かれ、ようやくはっきりと目覚めると、急いで鍵を開けて、扉を開いた。目の前にいたのはシノンだった。


「………ああ………お、おはよう、カルナ」

「おはよう。ごめん、寝ぼけてて………」

「あー、それも、寝ぼけてか?」

「それ?」


 シノンは片手で目を覆って顔を逸らし、私の胸元を指さした。見ると、寝巻きのボタンが三つほど外れていて、下着が少し見えてしまっていた。


「うわぁっ!!」


 慌てて両手で隠す。顔がほんのり熱くなるのを感じた。


 ………………恥ずかしい………………………………。


 後ろを向いてボタンを閉め直すと、改めてシノンを見る。


「…………………………」

「…………ああ、無防備だぞ、カルナ」


 シノンは目を開けて、こちらをジト目で見る。顔が更に熱くなり、両手で顔を覆った。


「………あ、わるい、言葉足らずだった。誰が訪ねてきてるかわからない時は、無闇に鍵を開けるな。それが無防備だって言ってるんだよ」

「えっ………?」


 下着のことは話題に出さないでくれた。………シノンなりの気遣い、か…………。


「あっ、うん。わかった………」

「まあ、知り合いとかを偽って訪ねてくる奴もいるし、少しでも違和感を感じたら開けないこと。いいな?」

「うん。ありがとう」

「朝ごはん、食べに行くからすぐに着替えろ。昼にはチェックアウトだから、支度もしとけ」


 私は黙ってうなずき、扉を閉める。


 昨日の夜はすぐに眠ってしまってそんなに荷物は広げていなかったので、着替えるだけで済んだ。


 荷物はすぐに持ち出せるように整理し、一つのところにまとめると、頭巾を被って扉を開けた。


 シノンも頭巾を被って扉の脇で、壁に背をあずけていた。

 私たちは目を合わせてうなずき合うと、そのまま一階の食堂に降りていった。


 朝、昼、晩の食事の時間だけは酒場は経営していないらしい。早朝だからか、食堂には数人しか座っていなかった。

 私たちは端の席に座り、食事を注文した。





「さてと、ギルドはここから北西に向かったところにある。割と近くだから、歩きでもすぐに着くだろ。用件を済ましたら、今度はロクシム王国だ」


 私は黙ってうなずく。


 この国はレンガ造りの建物が多く、建物は赤レンガ、道は白や薄い黄色といった明るい色で組まれていた。


 しばらく歩いて行くと、たくさんの冒険者が出入りしている建物を見つけた。広場の奥に位置し、他よりも大きな建物だった。


 五階はあるだろうか。表の看板には『ギルド本部』とだけ書かれており、扉は大きく開け放たれている。


 中に入ると、一瞬、他の冒険者の視線がこちらに集中した。が、すぐにそれらは消えた。

 奥のカウンターに向かい、団長に面会を頼もうとするが、朝だからか、ほとんど空いているところはなかった。


「ちょっとその辺で待ってるか」

「そう、だね」


 これだけ人数がいるとなると、団長室に呼ばれれば一際目立ってしまう。だから、人が減ってきた時に行ったほうがいいというシノンの考えだ。


 シノンは髪の色を茶色にして頭巾を取り、ふたり席に座ると団長さんに連絡を取っていた。定期報告だ。


 すでにここの団長にも連絡は取ってあり、カウンターの人に伝えればすぐに会えるとのこと。


「…………シノン」


 小声で話しかけると、シノンは黙って私に視線を向け、静かにうなずいた。

 私もうなずくと、シノンは私にある魔法をかける。


 そして立ち上がり、私は一人で掲示板の前に立ち、シノンは一旦外に出て行ったふりをして入口近くで中を見張る。しばらくじっと眺めていると、後ろから声をかけられた。


「ねえ君、良かったらこれ、一緒に受けないか?」


 振り向くと、そこには若い戦士風の男がいた。鉄の胸当てに、篭手をはめ、腰には少し太めの片手剣。

 青い髪に黒い目、がっしりとした顎に整った顔立ちの男だった。


 顔は笑っているようだが目は笑っておらず、こちらを試しているようだった。

 手には依頼書を持っていたが、そんなものに興味はなかった。


「わるい。連れがいるので断っておくよ。それに、今日は依頼を受ける気はない」


 男は、少しぎょっとしたように顔を歪ませた。


 私の声が、風属性と波属性の合成で男の声になっていたからだ。

 体格や身長的に、女だということは見抜かれていたようだ。


 もし頭巾を外されても大丈夫なように、一応髪と目の色も黒色にしてもらっている。


 しばらく男も黙ったまま、私たちは視線を交わしていた。

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