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水の聖者~記憶の果て~  作者: 森川 悠梨
第2章、調査開始
23/138

双子と誘拐

 俺は目の前にいる青年と後ろにいるカルナの手を取り、目立たない場所へ誘導した。

 兵士たちが武器を構えたが、青年が落ち着き払って止めてくれた。


「お前達は表で待っておれ。大丈夫だ、すぐに戻る」

「いや、しかし、殿下……」

「しっ。そのように呼ぶな。待っておれ」

「はっ……」


 青年は妙に警戒していない。俺達が危害を加えるとか、思ってないのか?

 ……ともあれ、こちらにとっては手っ取り早くて都合がいいので、路地裏に入り込み、まずは俺が頭巾を外した。すると青年は驚いたような表情になった。

 ……まあ、当然か。とりあえず自己紹介をしておこう。


「はじめまして、ルクス王太子殿下」

「………っ! き、貴様、何者だ?」


 ふむ、やっぱりそうなんだな。王子さまは剣の柄を握り、構えた。念のため、俺も剣の片割れである黒刃を用意しておく。

 それに反応して、殿下は更に腰を落とした。……レイヴァのくせに、レイヴァの特徴を知らないとかないよな?


「あ……! 兄さん! 落ち着いてくれ!」

「……!?」


 カルナが青年の肩を持つ。そしてカルナは頭巾を外すと、再び彼を見上げる。


「……る、ルミナ……!? ルミナなのか!?」


 両親と同じ反応を見せた兄に対し、カルナはうなずいた。

 殿下は構えを解き、彼も頭巾を外した。

 ほう、カルナが言っていた通り、彼女や俺と同じ、白髪に青い目を持つ子《リ・ミ・レイヴァ・クラント》だな。


「久しぶり、兄さん」

「無事だったか……! 良かった……!!」


 彼はカルナを抱擁した。……くそっ。兄とはいえ、なんか悔しい気もする。

 けど、だからと言って兄妹の感動の再会を邪魔するほど嫉妬深くはない。ここは見守ってやるべきだろう。

 殿下はカルナの体から自分の体を離すと、彼女の両肩を持って問うた。


「にしても、お前、なぜここに……?」

「少し大事な用があって来た。それについては言えないけれど。久しぶりにこの国へ来たので、父上や母上、もちろん兄さんにも、会いたくて来たんだ」

「そうか………それと、その者は?」

「我が恋人にございます。先ほど、父上と母上の目の前で婚約をいたしました」


 カルナはにんまりとした笑みを浮かべて、得意げな声でそう言った。

 殿下はわけがわからぬという様子で、俺とカルナを交互に見ていた。


「ええ……っと、なるほど。良いではないか!」


 殿下は俺の方に歩み寄り、勢いよく肩を抱く。痛いし。なんか、飲み込みが早いんだな。いや、早すぎだろ……?


「ふむ、良い顔つきだな! 以前はあのような下劣な男と無理矢理婚約をさせられたのだ、好きな者と結婚するが良かろう。ああ、ならばそなたも我が弟。義兄《にい》さんと呼ぶが良い!」


 ああ、どうやら気に入られたみたいだな、俺……。お兄様は興奮してらっしゃるようで……。まあ断られるよりはマシだけど。


「えと……義兄上、さま……?」

「『さま』はいらぬ。どうか、義兄さんと。それから、敬語もよせ。ルミナもそうしておるからして」


 ふとカルナに視線を送ると、彼女は照れくさそうに笑った。


「ああ……わ、わかっ、た。義兄さん」

「おおう! よろしく頼むぞ、シノン!」


 そう言いながら俺の肩をバシバシ叩く。だから、痛いって。

 性格もなんとなく似てるな。やっぱり血の繋がつた兄妹だしそうもなるか。

 妹との久しぶりの再会でテンションが上がっているのかもしれないけど。

 ″にいさん″と呼んだ瞬間、何となく懐かしい感覚が蘇ったが、義兄さんの物凄い勢いに押されてその感覚も何だったのか、思い出せないままでいた。





 くそっ。

 屋敷に戻ってきたはいいけど、カルナがどこかに行ってしまったので、今は彼女を捜索中だ。

 いつもはくっついて離れないくせに、″お花摘み″とやらに行ってから30分くらい帰ってきていない。

 明らかにおかしい。


「《探索《サーチ》》をかけてみても無反応だし、結界が張られている場所にでも行ったとか……?」

「む? シノンではないか。どうした?」

「あ……義兄さん。その、カ……ルミナがどこかに行ってしまって」

「おう。気にせずとも、カルナでいいんじゃないか。……ふむ、そうか。俺は見かけていないが……」


 義兄さんは顎に手を当てて唸った。探索をかけても引っかからないということは、結界の張られている場所にいるか、単に俺がミスったかのどちらかか……。

 ミスなら可能性はある。ここらに結界が張られている反応はないしな。……もう一度やってみるか。


「……《探索《サーチ》》、カルナ」


 義兄さんには聞こえないような小さな声で、俺は呟くように呪文を唱えた。

 しかし、カルナの反応はない。


「本当にどこ行ったんだ? ……まさか屋敷の外に……?」

「……心当たりなどはないのか?」

「な、ないよ。初めてここに来たから、カルナが行きそうな場所なんて……」

「……喧嘩でもしたのではないか?」

「かっ、からかわないでくれ! そんなことはしない!」


 俺に落ち着くよう、まあまあ、と言いながら掌を見せてくる義兄さん。だが俺はそれどころではない。カルナがいなくなったんだから。

 しかし、本当にどこへ行ったんだろう。呼んでも出てこないし、探索にも引っかからない。まさか、一人で街に降りたなんてことはあるまいな?

 範囲を街にまで拡大してもう一度だけやってみるか。


「《探索《サーチ》》、カルナ」

「む? シノン?」


 俺は相当焦っていたからか、義兄さんにも普通に聞こえてしまうような声を出してしまった。だが、もう気にしてられない。

 ……よし、引っかかった。

 ん? やっぱり一人で街に出たか? いやでも、このスピード……まさか馬車!?





「どういうことだシノン! ルミナが馬車に乗せられていると!?」

「ああ。もし本人の任意ならば、必ず俺に何かしら伝えるはず。でも心当たりはない。一度あの屋敷に戻っているんだし、勝手に出かけるなどありえない。もしかすると、無理矢理連れていかれようとしているんじゃないかと思って!」


 馬を走らせながら、俺たちはそんな会話をしていた。そして《探索》をかけながら、常にカルナの位置を把握していた。

 馬に乗るのは久しぶりだが、体は覚えているので問題ない。


「たぶん、この方向は王都だ。……カルナが見つかったのかもしれない」


 義兄さんは驚いたのか、はっとした。悔し顔でうつむき、歯を食いしばった。

 まずいな。カルナが王女だとばれてるなら、殺されるかもしれない。そんなこと、させてたまるかっつーの!


「《瞬間移動《テレポート》》!」

「……!?」


 滅多に使わない転移魔法ですぐに視界が変わり、森の中。目の前に、二頭の馬が引いている馬車を見つけた。かなりのスピードだ。

 まあ、単体で走っているこちらの方が速い。このまま行けば間に合うはずだ。


「シノン! 何をした!?」

「魔術で転移させてもらった、申し訳ない。けど、目の前のあれの中に、カルナがいる!」

「……! 本当か!」


 義兄さんも目の前の馬車を見て、スピードを上げた。

 おいおい、あまり無理をさせると、馬が疲れてしまうだろうに。

 まあ、どっちにしても急がないと間に合わない可能性がある。馬に罪はないが、少し魔力を使わせてもらおう。


「《身体操作《コントロール》》」


 闇属性の魔法で馬を少し操ったので徐々に馬車は速度を落とし、同時に、追手がいることに気づいているのか、男が叫びながら馬を鞭で叩く音が聞こえてきた。しかし、馬車はどんどん遅くなっていった。

 俺たちも馬車に追いついたので、頭巾を被って外からカルナの姿を確認し、窓から中へと入った。うわ、意外と広い。


「なっ、何者だ!」


 うわ。なんだこのボールのようなオッサンは。

 って、あ、もしかして……。


「貴様、このお方をどなたとお見受けする! この方は、この国の国王であらせられるぞ!」


 は? 何言ってんだ。そんなわけないだろ。

 変なことを吐《ぬ》かす阿呆は無視して、俺は後ろを振り返った。そこには、目隠しをされて口を塞がれたカルナの姿があった。手足も縛られ、座席に縛り付けられている。

 ちっ。ふざけやがって。

 俺たちの周りにだけ結界を張り、カルナを解放してやる。

 その間、汚い声がギャーギャーと聞こえていたが、気にしないことにしておいた。ふむ、馬車はまだ完全には止まってないみたいだな。


「……シノン!」


 カルナは目に涙を浮かべて俺に抱きついてきた。耳元で彼女の嗚咽が漏れていたが、俺はそのまま彼女を横抱きにして、外に飛び降りた。


「え? ちょっ、まっ……!」


 混乱しているカルナをしっかりと支え、地面に着地した。慣性が働いて少し地面を滑ったが、そんな事でバランスを崩すような俺じゃない。


「《身体操作《コントロール》》、プラス《異常状態回復《リカバリー》》」


 魔術名を唱えると、今度は急激に加速した。設定は一キロ……いや、三キロほど走り続けるようにした。

 馬には申し訳ないので、身体操作の魔法が続いている間は体力が常時回復するようにしてやった。

 地面に下ろしても未だ抱きついたままのカルナの頭を撫でてやりながら、どこかから俺が乗ってきた馬と自分の馬を連れて歩いてきた義兄さんに目を向ける。


「良かった。ありがとう、シノン」

「いや。当たり前のことだ、気にしなくていい」


 カルナは俺の胸に顔をうずめて、小さく嗚咽を漏らしながら泣いている。……おいおい、いつまでその状態でいるつもりなんだ?

 ……まあ、悪い気もしないし、しばらくこのままでもいいか。





「……で、あれってもしかして、ガルデン侯爵?」

「うん。いきなり口を塞がれたと思ったら、馬車に引き込まれてこのザマだ。すまない、シノン……」

「いいよ。お前が気に病むことじゃない」


 カルナは俺から顔を離して、兄を見た。

 ……ん?いつの間にカルナってば、背が縮んだか?

 俺は自分が小柄だって自覚はあるし、それよりも小さいってことは、カルナも小柄……なんだな。

 とか思ったがそんなことは口にできず、俺は黙っておく。


「兄さん、ごめん。私がしくじったから……」

「良い。お前が無事ならば、それで。シノン、改めて本当にありがとう」


 俺は微笑みながらうなずいておいた。

 それにしても、思った以上にボール体型だったな。俺が馬車の中に入った時でも椅子から立ち上がりもしなかった。

 相当な運動不足と見える。


「屋敷の中に内通者がいたらしい。それで、その中のある兵士が私を見つけて、捕らえるよう命令されたそうだ」

「ちっ。ふざけやがって。迷惑な話だ」


 腕を組み、苛立ちを隠さず足を揺する。

 それで侯爵家のご当主自ら出陣とは呆れた話だ。頭が悪いというのは本物らしいな。

 ふと、目の前を左から右へ何かが通った気がして、その先を俺は見つめた。

 すると、今度はすぐ近くにでかい目が現れた。


「うわっ!?」


 慌てて飛び退くと、でかい目を顔面に持った、長い黒髪の妙な魔獣――いや魔物か?――がいた。目以外の顔のパーツが見当たらない。

 ……いや、本当に魔獣なのか? 魔力とは違う別の何かを感じるし、そもそもこんな奴見たことがない。気配もなかった。

 足は、まさに絵本に出てくる幽霊のような形をしていて、全体的に色が暗い。


「ど、どうした、シノン?」

「……え?」


 カルナと義兄さんに心配そうな顔で見つめられる。ふっと視界の端の黒いものが消え、再び見た時にはもうそいつはいなかった。





 いきなり何に驚いたかと思えば、気のせいだったなんて。どう見ても何かあるでしょ。

 でも、私や兄さんが見た限りでは何も無かったようだし、気配も感じなかった。それに、茂みに何かが隠れてたとかだったなら、シノンはあんなふうに急に驚いたりしない。そう、それこそよほど近くにいなければ。

 と、いうことは、やっぱり本当に気のせい……なのかな。

 シノンの操る馬に一緒に乗りながら、私はそんなことを考えていた。

 馬は街の中をゆっくりと歩いて行き、やがて屋敷が見えてきた。


「ちょっと厄介だな。警備は固いだろうけど、中に内通者がいるとすれば、義兄さんたちの命が狙われるかもしれない」

「……そうだな。父上にもお知らせせねば」


 もうすでに辺りは暗くなっていた。足元も碌に見えないほど。しかし夜目の効く馬は迷うことなく進んでいく。

 私はシノンの肩に両手を載せたまま、彼の項に額を当てた。


「……シノン、心配かけてごめん」


 それしか言えなかった。それ以上、言葉が出なかった。

 シノンはしばらく黙っていたが、やがて右手を私の左手にそっと重ねて、囁くように言った。


「……心配はしたけど、お前が気にすることじゃない。まあ、これからは少し気をつけろよ。俺も傍に居るから」

「……うん」


 屋敷に着くと、私たちは遅い夕食を食べた。少し料理が冷めてしまっていたが、不味くはない。いや、美味しい。

 その間に、兄さんが父上に耳打ちして内通者のことを話した。私が攫われたこと、ガルデンのことなども、だ。




「シノン!」


 前を歩いていたシノンに声をかけ、私は彼に歩み寄る。シノンは振り返った。私には、疲れたような目だがそれを隠そうとする彼の姿勢が見えた。


「大丈夫?」

「あ……ああ。少し疲れたけど、寝れば平気だろ。それより、なにか用か?」

「……うん。なんか、今日は一人で寝るのは怖いなって……シノンと同じ部屋で寝ても良いかなって……」


 語尾が小さくなった……。やばい、顔が熱くなってきたかも。

 私はうつむいて、それを隠そうとした。

 でもシノンは、なんだそんな事か、と言って、私の頭にそっと触れてくれた。


「いいよ。俺もちょっと不安だし、お前が襲われてもその方がすぐに気づけるからな」

「ありがとう!」


 私は思わず嬉しくなり、シノンにギュッと抱きついた。しかし……


「あっ……ちょっ、と!?」

「えっ……!?」


 シノンがバランスを崩して、そのまま床へと仰向けに倒れてしまった。私はシノンを下敷きにしてしまい、慌ててそこから退き、彼を助け起こす。


「あわわ、ごめん! 大丈夫?」

「いやいや、大丈夫だ。ごめん。カルナは?」

「わ、私は大丈夫だ、けど……」


 シノンは小さく笑みを作ったが、何も言わなかった。……やっぱり疲れたんだな、今日は。

 その笑顔も、やはりどこか疲れたようで、作りっぽかった。


「……寝るか。ほら、行こう」


 シノンが手を差し伸べてきた。私はその手を握って、共に歩き出す。

 ……冷たい。まだ冷えるからだろうか。

 まるで氷のようにその手は冷たく、そして少し乾燥していた。

 ……本当に大丈夫だろうか、シノンは……。さっき風呂に入ってきたばかりなのに。


「……温かいな、カルナは」

「君が冷えてるだけなんじゃないのか? 湯船には入ってきた?」

「もちろん。もともと冷え症なんだよ。特に手足はさ」


 そう、なんだ。初めて知った。

 今まで何度も野宿していたのに、私はこのことを初めて知った。じゃあ、雷雨の中助けに来てくれたあの日の夜、相当辛かったのではないだろうか。

 ……なら、あの時毛布の中に入れて良かった。少し風邪を引いてはいたけれど、毛布にくるまらないよりは全然マシだったとも思った。


「あ、そういえば伝えるのを忘れてた。明日にはここから出るよ。別れの挨拶でもしてくるか?」

「えっ……ああ、そうか……」


 そうか。もうここから出なければならないのか。

 本来のここに来た目的は、あくまでも空の使い(クヤイ)の調査だったんだから。

 なんか、寂しいな。やっぱり……。


「うん。そうだね」

「……寂しい、か」


 私は素直にコクリとうなずく。

 ここにいられなくなるのも、父上や母上、そして兄さんと別れるのも……。

 そうして、私たちは行き先を変更して、父上の部屋へと向かっていった。

2018年10月19日、修正しました

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