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婚儀

—————レオン・ドナート 20 秋

 ついに、アイリスを皇后として娶る。この日を、この日を待ち望んでいた。美しい深紅のドレスに身を包んだアイリスが、今、隣にいる。司祭が問いかける。

 「神に選ばれし至高なる皇帝レオンよ、汝はここにいるアイリスを、神と聖なる教会の法、そして帝国の不磨の法に従い、合法的な妃として迎えることを望むか? 汝は彼女を愛し、敬い、守り、帝国の母たる彼女の尊厳を支え、命ある限り添い遂げることを誓うか?」

俺は、はっきりと、この場に響くように言った。「神の御名において、これを望む。」

 俺は手に入れた。権力こそ無かったが、強さで、全てを手に入れたのだ。

 横を見ると、アイリスが青ざめた顔をしていた。

 「アイリス。どうかしたか?」

 「いえ。何でもありません。」

 アイリスはそう言った。その声は少し震えていて何かあったのだろうかと少し心配になった。

 「顔色が悪いぞ」

 「ご心配をかけてすみません。大丈夫です。」

 大丈夫だと言っている以上、それより深入りするのは辞めた。

 3日後。宮殿は、かつてない規模で飾り立てられていた。千を超える蝋燭が天井から吊り下げられ、金箔の柱が光を弾く。帝国全土から集められた珍味、美酒、宝飾品。そして、楽団が、演奏を奏でている。

 アイリスは信頼している侍女を2人置き、玉座の隣に立っていた。アイリスの姿を見てつい口元が緩んだ。今日のアイリスは特別な衣装を纏っている。俺が自らが選んだ、深紅の絹に金糸の刺繍。アイリスの肌に映えている。

「似合うな。……いや、お前が美しいだけか」

宴が始まり、貴族たちが杯を掲げる。宮殿が賑やかになる。

 やがて舞の時間になり、皇后であるアイリスは微笑みを浮かべながら階段を降りる。しかしやはりいつもとは様子が違う。表情が硬い。

 ゆっくりと歩く姿。この場はまるで彼女を引き立てるためだけに用意された舞台のようで、その美しさは群を抜いている。皆がアイリスに魅入られる。しかしアイリスが見つめる先は玉座に座る俺だけ。

アイリスは美しい所作でお辞儀をしたあと、音楽に合わせて舞う。指先まで美しい動き。上品で、可憐で、美しい。そのアイリスの舞の美しさに目を細め、眺めていた。

舞の途中、扉が開かれ、ルシアンが現れる。しかしすぐには席につかず、舞を舞うアイリスを立ち止まって眺めている。

舞が終わるとパチパチと手を叩く音が響いた。丁寧にお辞儀をして。

「素晴らしい舞ですね、皇后様。とても、お美しい。」

「光栄ですわ、ルシアン殿下。」

 玉座の肘掛けに置かれた指を、とん、と一度だけ叩く。

ルシアン・トリスタン。18歳。先帝の嫡男であり、本来ならば玉座に座るべきだった男。銀灰の髪に、穏やかな碧眼。常に微笑を湛えたその顔は、帝国中の貴婦人を虜にしているという。

俺はルシアンが嫌いだ。理由は単純。この男が「善人」の面をしているからだ。善人の皮を被った獣ほど厄介なものはない。

「……ほう。宴に遅れて来て、余の妃に先に言葉をかけるか」

声は穏やかだった。だが、広間の空気が、一瞬で凍る。貴族たちの杯を持つ手が止まった。

ルシアンは、にこりと笑ったまま、優雅に跪いた。

「これは失礼を。あまりに美しい舞に、つい時を忘れておりました。帝国の偉大なる太陽、レオン陛下に拝謁いたします。」

 俺は立ち上がり、ゆっくりと、玉座から降りる。一歩、また一歩。広間の全員が息を呑む中、そしてアイリスの腰に手を回し、引き寄せた。見せつけるように。

アイリスは、公の場では常に穏やかに微笑んでいる。俺に腰を抱かれても、動揺した様子は全くない。優雅に微笑んでいる。

「陛下。ルシアン殿下に杯を注いであげましょう」

「そうだな。杯を」

使用人が杯を持ってくる。そしてアイリスが2人に杯を注ぎ、俺達は乾杯をした。その後、席に戻る。

できれば、ルシアンをアイリスに近付けたくない。何を考えてるか分からない男だ。

 ルシアンは杯を傾け、一口含んでから、ゆっくりとアイリスの方へ視線を向けた。その碧眼は柔らかく、誰が見ても好青年のそれだった。

「皇后様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか。先ほどの舞は……どちらの流派で?あれほどの流麗さは、帝国式ではありませんね」

何気ない質問。だが、この男は「何気ない質問」などしない。それを俺はよく知っている。

広間の貴族たちは、三つの影を注視していた。玉座に戻った俺と、その傍らで微笑むアイリス、そして穏やかに杯を傾けるルシアン。一見すれば和やかな社交の一幕。

俺は玉座に深く腰を沈め、頬杖をついた。ルシアンの一挙一動を追っている。

……何を企んでいる。

指先が、玉座の肘掛けを無意識に叩いている。アイリスに話しかけるな。近づくな。視界に入るな。そう叫びたい衝動を、辛うじて飲み込んでいる。

「 ルシアン殿下は博識ですね。あれは、母の故郷のものです。幼い頃に教えてもらいました。」

アイリスは、俺が不機嫌そうに肘掛けを無意識に叩いているのに気付き、さりげなく、手を重ねてくる。俺の心を落ち着かせるように。

「なるほど、どうりで見た事がない訳ですね。あのような美しい舞を無銭で拝見できるなんて、今日はとても良い日ですね」

そんな他愛のない会話を交わしている。ルシアンの意図は理解している。わざと俺の目の前でアイリスを褒め讃え、積極的に関わる事で、俺の感情を乱れさせ、俺がどれほどアイリスに惚れ込んでいるかを測ろうとしているのだろう。ルシアンの思惑通りになるのは不愉快なので苛立ちをなるべく出さないように抑えていた。

 宴が終わり、庭園を散歩していた。

 「アイリス、一つ聞く」

ふと、足を止め、アイリスの正面に立つ。

「……ルシアンをどう思った」

声が低くなるのを自分でも感じる。

「あの男は俺を怒らせようとしていた。それは分かっている。だが……それだけと思うか?」

アイリスの手を握る力が、わずかに強くなる。

「俺を揺さぶるなら、方法は一つだ。俺の大事なものに触れること。……ルシアンは、お前を通じて俺を測っていた」

「気に食わん」

 「そうですね。確かにルシアン殿下は貴方を揺さぶる為に私を褒めたのでしょう」

目を瞑って微笑んでいる。美しい容姿も相まって月の女神のようである。

「レオンを測ろうだなんて、なんと大胆なお方なのでしょうか。しかし、あの場で怒りを抑えるなんて。レオンはとても聡明ですね。ねぇ、そう思わない?ソフィア、エマ。」

「その通りでございます、皇后様。」

「当たり前だろう。それが皇帝の器というやつだ。」俺はフンと得意げに鼻を鳴らした。チラッとアイリスの方を見ると、やはり少し悲しそうな顔をしている。気の所為だろうか?

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