死の要因が見える少女
————————アイリス・ベアーテ 16 冬
私には、人の死ぬ要因が見える。
物心ついた時から、当たり前のように見えていた。
心臓のあたりに浮かび上がっている何かが、それを示している。
ある人には、枯れゆく花が見えた。その人は老衰で死んだ。またある人には、黒い霧のようなものが見えた。その人は、殺されてしまった。そして、ある人には、血に濡れた剣が浮かび上がって見えた。その人は、戦死した。
段々と私は、自分が見えているものの意味を理解していった。
しかし、例えば殺されたと言っても、どのように殺されたかはわからないし、いつその人が死ぬかもわからない。それに見えるものは変化することもある。
私はこの能力について、幼い頃、母親に話したことがある。すると誰かに話しちゃだめよ、と念を押された。
だから、誰かに話した事はなかった。
ある日。私は舞を舞っていた。いつも通り、両親を喜ばせるために。
私自身も舞は好きだった。舞っている間は、皆私のことを見てくれる。その感覚が好きだった。
舞っている時、1人の少年がポカンとこちらを眺めているのに気づく。綺麗な金髪に紅瞳の少年。あれは————陛下のお子であるレオン様?
舞が終わり、彼の方を向くと目が合った。一瞬だった。すぐに逸らされてしまったから。なんとなくこちらも気まずくなってしまった。彼の心臓を見ると枯れた花が浮かび上がっている。戦争の絶えないこの時代に老衰で死ねる人は少ない。この人はとても幸せ者だと思った。
2年経って、なんの巡り合わせかそのレオン様と最近よく話すようになった。恐ろしい忌み子と周りから言われていたが、実際そんな事はなかった。むしろ、私の愚痴まで聞いてくれる、不器用で優しい人だった。最も、本人に優しいと言っても絶対認めないだろうけれど。
彼はよく私に逢いに来てくれた。
「夜中抜け出して、ここで会おうか」
「嫌ですよ!幽霊と遭遇したらどうするんですか」
彼は、腹を抱えてゲラゲラと笑った。
「何をそんなに笑っているんですか!幽霊を馬鹿にするとほんとに出ますよ!」
「そうか」
しばらく笑っていた。人々が恐れているこの人は、こんな風に豪快に笑う少年なのだ。私の目にはそうにしか見えなかった。
私だけがこの人のこんな部分を知っているような気がして、なんだかとても気分が良かった。
またある日は、レオン様の母上と出会った。会った時、最大の敬意を払い、挨拶をした。レオンの母上の心臓あたりには枯れた花が見えた。良かった、とほっと胸を撫で下ろした。
「お初にお目にかかります。わたくし、ベアーテ公爵のアイリスと申します。本日はお目にかかれて大変光栄でございます。」
レオン様のお母様は目を丸くして驚いていた。私は不思議に思い首を傾げた。何か変なことを言ってしまっただろうか、と不安になる。
「いいのよ。もう頭を上げて」
やはりレオン様のお母様も、噂とは違って、穏やかな人だった。心地よい声が、全てを包み込んでくれるようで、母親のような暖かさを感じた。
「恐れ入ります。」
「貴方、最近レオンと仲良くしてくれてる、アイリスね。」
「仲良くなんて恐れ多い。わたくしの世間話に付き合ってくださっているだけです。」
「ふふっ、レオンが人の世間話に付き合うなんて、珍しいことよ。相当貴方の事を気にかけているのね。」
それを聞いて、チラッとレオン様の方を見た。レオン様は耳を赤くしていて、こちらまで恥ずかしくなった。
「お茶でも飲みましょう。レオンも一緒に」
「是非!」
嬉しい。こんな素敵なレオン様を育てたお母様とお話が出来るなんて。私は舞い上がっていた。
「あなたは、花がお好きなのですか?」
「はい。とても好きです」
花は好きだ。ずっと昔から育てていたことがある。枯れてしまうのが悲しかったけれど。
「まあ。では、この子とは気が合いそうですね」
「レオン様も花がお好きなのですか?」
「ええ、あなたも花が好きでしょう?」
「……まあ」
レオン様も花がお好きなのか。なんだか意外だな。そう思っていると、レオン様の母上は微笑みながら、私とレオン様を見比べた。
「こうして話していると、2人はよくお似合いですわね」
「母上」
お母様にそのような事を言われるなんて、なんと光栄な事か。私ではレオン様に釣り合わないと考えていたから、その言葉は私の心に幸福をもたらした。
「ふふ。何です?」
「余計なことを言うな」
「余計なことではありませんよ」
レオン様のお母様は優しく穏やかな笑みを浮かべていた。
「このような素敵な方がレオンのお嫁さんになったら、私は嬉しいですわね」
「……っ」
お嫁さんに…….?そんな事、私などが考えていいのだろうか。許されることなのか。もしも、もしも許されるなら、私はレオン様の……レオン様のお嫁さんになりたい。レオン様の傍でレオン様を支えたい。共に成長したい。
この感情がなんというかは、言わなくとももう解っていた。
次の日も、また次の日も、レオン様と会った。レオン様は毎日、鍛錬を積んでいた。辛い鍛錬を繰り返していたのだ。
「お疲れではないですか?」
息を切らし、座り込んでいるレオン様に声をかける。
「疲れてる。でも俺は強くならなきゃいけないんだ。だからまだやる。」
そう言って鍛錬を続ける。
わたしはそんな姿を傍で見ていた。折れない心。不屈の精神が彼にはある。
人は皆、彼を才能でしか見ていない。でも蓋を開けてみれば、これほど血の滲むような努力をしているのだ。才能がある、で片付けられる物じゃない。私はそんな、彼の努力を皆に見てほしいと願っていた。
———————アイリス・ベアーテ 12 春
私は、高貴な家で生まれた。この頃、ソフィアと、エマと言う名前の侍女がついた。どちらにも、枯れた花が心臓に浮かび上がっている。
「母上、どうして私は遊びに出かけてはいけないのですか?」
「そんな事してる場合じゃないのよ!皇后としての器を磨きなさい。皇后に相応しい女子になりなさい。今の貴方ではその資格すらない。貴方は出来損ないよ。」
昔から、そうだった。
確かに私は高貴な家の生まれだ。しかし私の取り柄はそれだけ。母上の言う、皇后としての器は、全くなかった。外交や儀礼の場に耐えうる語学力、芸術への造詣、美しい立ち振る舞い。全てを幼い頃から教育されていたが、全く吸収できず、何度も呆れられた。そんな辛い時期を支えてくれたのはいつだってソフィアとエマだった。
両親の期待を裏切ってはいけない。なにより、わたしは次期皇后となる存在として育てられてきた。それに相応しい人物にならなければ。
必死に努力した。少し覚えられた事が増えると、母上も父上も、お祝い事のように私を褒めてくれた。
しかし少しでもミスをすれば、厳しく叱られた。皇后になるとはそういう事なのだろう、と思った。
でも、どうしてだろう。
生まれた時からどうしてそんな枷を背負わされている?好きな人を選んで結婚することすら私には許されない。
幼い頃、ソフィアがくれたあの本のような運命の出会いを夢見ていた。お互いに一目惚れをした男女が、困難を乗り越えて結ばれるお話。
「わあぁ……!」
「なんてロマンチックなの!」エマが自身の頬に手を当てながら言った。
「素敵!」
「ねぇ、わたしもこんな風に生きられるかな」
「お嬢様ならきっと、できますよ」
ソフィアはそう言ってくれた。
愛する人と出会い、様々な苦難を乗り越え、結ばれる。
その頃、結婚は愛する人同士がするものだと思っていた。しかし現実は違った。




