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愛の起点

幸せな夢を見ていた。

  ——————————「レオン……レオン!」

 「何をそんなにぼーっとしているのですか?」

 「悪い、少し考え事をしていた。」

 気づけば、ずっと彼女を見つめていた。この幸せな時間を噛み締めるように。

 「見つめすぎです、恥ずかしいじゃないですか」

 「美しいものは長く見たくなるだろう。」

 「もう、やめてください」

 他愛のない会話。戦争が当たり前の今の時代にとって、かけがえのないもの。

 柔らかな日差しの中で、長い髪を風に靡かせながら、彼女は笑っていた。

「行きますよ。」

 手を差し出す彼女。俺はその手を取って、歩き出した。

   ——————レオン・ドナート 21 春

 俺は皇帝であり、人々から「血染めの帝王」として恐れられてきた。

 俺が命じれば、人は死に、俺が剣を振るえば大勢の人間が消え去る。

 誰もが、恐れる怪物として君臨していた。

 だが、俺は先帝の側室の子だ。母の出自は貧しく、忌み子として酷い扱いを受けてきた。

 だから実力で勝ち取って、皇帝になってやった。この国の頂点に立ち、誰も俺に逆らえないように。

 俺は、この国が嫌いだ。血筋にこだわり、身分でしか人を見ない。だから、使えない人間は殺す。権力にしか目がない人間も殺す。そうして、皇帝になってすぐに暴君と呼ばれるものになった。

 だが、そんな俺を変えた女がいた。

 「ヴォルク。貴様はこの3ヶ月何をしていた?」

 「申し訳ございません、陛下。」

 「使えないものはこの国にいらん。」

 「陛下、どうかお許しください!」

 俺は、興が削がれたようにその場を後にした。

 外には、心配そうに俺を待っているアイリスがいた。

 「レオン、どうかお怒りを鎮めてください。」

 「安心しろ。殺してはいない。」

 その言葉を聞いた瞬間、アイリスの顔がぱあっと明るくなった。

 全くお人好しにも程がすぎる。使えないやつを残しておいてなんの得があるのか。しかしアイリスと約束した為、無闇に人を処すことはしない。アイリスは心優しいが、それが悪い人間に漬け込まれる原因でもあった。

 安心したように微笑みを浮かべる姿が、妙に愛らしくて、頭をくしゃくしゃと撫でた。

 「ありがとうございます、レオン」

 「今日はお天気がとても良いですから、お散歩でもいかがですか?」

 「ああ、そうしよう。」

 手を取り、歩き出す。暖かな気温が心地よい。苛立っていた心を癒すかのように心に染みていく。

「育ってきたお花が綺麗ですわね」

 一面に鮮やかなブルーのカーネーションが広がっている。

 「花が好きか?」

 「はい、好きです。雨に打たれても、風に吹かれても咲いている。そんな強さもあり、しかし儚く散っていってしまう切なさが好きなのです。」

 「それならもっとこの場所に花を増やさせようか」

 「いいんですか!?嬉しいです。感謝いたします!」

 おもちゃをもらって喜んでいる子供のように、無邪気に抱きついてくる。そんな姿に思わず笑ってしまった。殺伐としたこの国で、アイリスは太陽のような存在だった。国を照らす、何より美しい太陽。

「お前に、これをやる」

 それは、ブルーのカーネーションの髪飾り。

「こんな素敵なもの、頂いても良いのですか!」

「当たり前だ。1からお前のために作らせたものだ。お前にしか相応しくない」

 そう言って、アイリスの髪にそれを着けてやる。

「大切にいたします。ありがとうございます、レオン」

 嬉しそうなアイリスを見ているだけで気分が良くなった。

 散歩を続け、辺りが暗くなってきたので、宮殿に戻る。その途中、ある男と出くわした。

 「久しぶりだな、ルシアン。」

 「帝国の偉大なる太陽、レオン陛下に拝謁いたします。ルシアン・トリスタン、お目通りが……」

 「堅苦しい挨拶は良い。」

 「恐れ入ります、陛下。」

 コイツは先帝の嫡男であるルシアン。人々からは銀の貴公子と呼ばれている。丁寧な所作、穏やかな笑み、その全てが完璧でどこか計算されたようなものを感じる。

 「お散歩ですか?お二人は実に仲睦まじくいらっしゃる。羨ましい限りです。」

 「羨ましい、か。ならお前も嫁を娶れば良いだろう。」

 どこか気に入らないので、皮肉を言ってやる。

 「そうですね、しかし私にはやることが山ほど残っていますので。」

 目を細め、柔和な笑みを浮かべていた。コイツの笑顔は、作り物に見える。何故か、胸騒ぎがするのだ。

 「そうか。ならそれに尽力しろ。」

 「ええ。」

 宮殿に戻ると、アイリスがまた心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 「どうかされましたか?」

 「いや。ただあいつの笑顔が気に食わん。」

 「ルシアン殿下ですか。とてもお優しそうですけど……」

 優しい?あの張り付けたような笑みのどこが?

 「ふん、お前は騙されやすいな。危なっかしくて構わん。」

 「陛下、拗ねないでください」

 「拗ねてはいない。ただ俺の妻として他の男を褒めるのはどうなのかと思っただけだ。」

 「それを拗ねていると言うんですよ」

 くすくすと笑っている。この女の笑顔が好きだ。この笑顔を守るためならなんだってやれるくらい。

 いつからこんなに惚れ込んだのだろう。始まりは確か。

 ——————レオン・ドナート 17 冬

 一目見て、美しいと思った。

 宴で、舞を舞っている女を見たその瞬間、音が消えた。

 ただ、その女だけが見えて、他には何も見えなくなるほど美しかった。

 1歩、静かに踏み出した足が次の瞬間にはまるで水面を滑るように運ばれていく。

 女が腕を伸ばせば、花が咲き乱れるように見えた。身体を翻せば、月明かりに照らされた天女が舞い降りたようだった。

 瞬きすら忘れるほどに、女の舞は美しかった。

 やがて、女が最後の1歩を踏み、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞬間、一瞬だったが目が合ったような気がした。慌ててすぐに逸らしてしまった。心臓が酷く高鳴る。ただ、あの姿が、いつまでも俺の中に染み付いて離れなかった。

 そう、どれくらい時を経ても。

 それ以来も、女を見かける事はあったが、話す事は一切なかった。俺は剣術の練習に勤しんでいたが、時折何故か女の舞を思い出していた。そして2年たったある日、神様は運命を俺の元に運んだ。

 「あいつってさ、貧しい家の生まれのくせにいっつも偉そうだよな。」

 「ほんとだよ!俺たちに楯突けるご身分じゃねーだろって。」

 「忌まわしい血の入った子だもんな」

 ギャハハ、と下劣な笑い声が響く。

 こんなのにはもう慣れていた。だから無視する。それが一番だと思って、ただただ剣術の練習に励んだ。しかし、

 「そんなことを言うのはやめなさい。生まれは関係ありません。恥ずかしくないのですか?負け惜しみのように裏でこそこそと陰口を言って。」

 まっすぐで凛とした声が響いた。陰口を言っていた2人が恐れて去っていくのが分かる。身分の高い人間なんだろう。

 すると向こうから、1人の女が歩いてくるのが見えた。あの顔は————————。

 2年前見た、天女のような舞を踊る女。ずっと、何故か頭の片隅にあって、忘れられなかった女だった。

 女は、ドレスの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろに引き、膝を曲げて腰を落として頭を下げた。とても丁寧な所作だった。

 「お初にお目にかかります。わたくし、ベアーテ公爵のアイリスと申します。本日は良きご縁に恵まれ、光栄に存じます。」

 仕草、声、表情、全てに気品があった。

 「失礼ですが貴方はレオン様ですか?」

 「ああ、そうだ。……お前」

 「はい」

 「2年前、舞を舞っていたな」

 「よくお覚えで。そうです。」

 女は、驚いたように目を瞬かせた後、そう答えた。

 「不思議なご縁があるようですね。」

 「縁、か。」

「そういえばさっき男たちを叱ったのもお前か?」

 「はい、叱ったと言うより事実を申しただけですけれど。」

 「中々痺れたぞ。」

 「そうですか?ふふっ。」

 それから、俺たちはよく話すようになった。アイリスは一つ下。桃色の綺麗な髪色をしている。花や刺繍が大好き。笑う時、口に手を添える癖がある。

 「忌まわしい血が入っているという俺と一緒にいていいのか?お前まで変な噂を立てられるかもしれない。」

 「忌まわしい血なんてありませんよ。それに、そんなことを言う人たちは気にしません。」

 忌まわしい血なんてない。その言葉が俺の胸にスッと入った。ぽっかりと空いてしまった心を埋めるように。

 そうだ。人々が勝手に言っているだけ。

 勝手なことを言う奴らとは違って、アイリスはいつも俺の胸を満たしてくれるような言葉をくれた。

 気づけば、俺の心は全て、アイリスのものになっていた。いつからだろう。最初からだろうか。

アイツは、俺の母上とも会ったことがある。

 会った時、アイリスは丁寧で、美しい所作でドレスの裾を持ち上げ、挨拶をした。

 母上にそんな敬意を払った人間は初めてだった。

「お初にお目にかかります。わたくし、ベアーテ公爵のアイリスと申します。本日はお目にかかれて大変光栄でございます。」

 母上さえ、目を丸くして驚いていた。

「いいのよ。もう頭を上げて」

 「恐れ入ります。」

「貴方、最近レオンと仲良くしてくれてる、アイリスね。」

「仲良くなんて恐れ多い。わたくしの世間話に付き合ってくださっているだけです。」

「ふふっ、レオンが人の世間話に付き合うなんて、珍しいことよ。相当貴方の事を気にかけているのね。」

 辞めてくれ。母上。

「お茶でも飲みましょう。レオンも一緒に」

「是非!」

 母上が何か変な事を言わないだろうかと、内心肝が冷えたが、渋々参加した。

「あなたは、花がお好きなのですか?」

 母上がアイリスに尋ねた。

「はい。とても好きです」

「まあ。では、この子とは気が合いそうですね」

「レオン様も花がお好きなのですか?」

「ええ、あなたも花が好きでしょう?」

「……まあ」

母上は笑いながら、私と彼女を見比べた。

「こうして眺めていると、2人はよくお似合いですわね」

「母上」

 嫌な予感が的中した。

「ふふ。何です?」

「余計なことを言うな」

「余計なことではありませんよ」

 母上は穏やかに笑った。

「このような素敵な方がレオンのお嫁さんになったら、私は嬉しいですわね」

「……っ」

頬が熱くなった。

俺はアイリスの横顔を見つめた。頬が赤い。

なぜだろう。少し嬉しい気がしたのは。

 お茶会が終わった後、俺は母上と2人きりになる。

 そして母上は言った。

「貴方、あの子のことが好きなのでしょう?」

「……は」

「丸わかりですわよ。まったく」

 母上は楽しそうに笑った。

「辞めてくれよ。そんなんじゃない」

「ならどんなのなんですか?」

「揶揄わないでくれ」

 俺はしばらく母上の目を見ることが出来なかった。見れば、全て見透かされてしまうような気がしたから。

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