すれ違い
——————アイリス・ベアーテ 21 秋
最近は、ルシアン殿下の配下が何人も惨殺された事件の対応に追われ、レオンは忙しそうだった。その為、あまり会う機会がなく、少し寂しい思いをしていた。
庭園を散歩していると、またルシアン殿下に会う。
「ルシアン殿下」
「これはこれは、奇遇ですね。皇后様。また会えるなんて」
二人で空を見上げた。
「今日は、月が綺麗ですね」
ルシアン殿下がそう言った。確かに、空を照らすように輝いていて、溜息が零れるほど綺麗な月だった。
「そうですね」
「知っていますか?満月の夜、丁度正子に願い事をすると、叶うんだそうです」
「そうなのですか?!では、もうすぐ願い事をしなくてはいけませんね」
レオンが今後平和に生きられるように、お願いしようと決めた。丁度正子になったぐらいの頃、手を合わせてお願いをする。
「何をお願いしたのですか?」
「陛下が、平和に生きられるようにと、お願いしました。」
「皇后様はいつも陛下を想っていらっしゃるのですね」
その言葉に頬が少し熱くなるのを感じる。
「ええ、まあ、そうですね。ルシアン殿下は何をお願いしたのですか?」
「……ふふ。内緒です」
ルシアン殿下は内容を教えてくれなかった。
気晴らしの散歩を終え、帰ろうとすると、物凄い形相でこちらに向かってくるレオンが見えた。
「レオン?......会議ではなかったのですか?どうかなさいましたか?」
「アイリス。......今まで何をしていた?」
眉を顰め、必死に怒りを抑えているように見える。
「庭園を散歩しておりました。」
「それだけか?」
レオンの表情を見つめた。いつもとは違う表情だった。嫌な予感がした。
「……ルシアン殿下とお会いしました。庭園でお見かけして、少しお話を。」
隠しても仕方がない。私は正直に答えた。やましい事など何もないのだから。
レオンの頬がぴくり、と引き攣った。
「少し、話。……2人きりで?」
回廊の空気が変わった。レオンは1歩、私に近づいてくる。赤い瞳が暗く、深く、濁っている。
「俺が会議に追われている間に、お前は庭園であの男と何をしていた?笑っていたそうだな?随分と楽しそうに」
言葉と表情に反して、声は静かだった。なのに凄まじい圧を感じる。嵐の前の凪。回廊の奥に控えていた侍従たちの空気が凍るのがわかる。
「俺の皇后が、俺以外の男の前で笑う。……それが何を意味するか、分かっているのか?」
レオンが怖いわけではない。しかし、こうも複雑そうな、そしてどこか寂しそうな表情をする彼を見るのは辛かった。
「大切な配下を亡くされたルシアン殿下を思案しての事です。他意はございません。どうか、お許しください。」
私は頭を下げた。
「はっ。大切な配下?そんな訳が無いだろう。あの男が自分の配下を殺すよう命じたに違いない。」
「...どうしてそんな事を仰られるのですか...?そんな風には思えません。」
レオンの言っている意味が分からなかった。あんなに悲しそうに、無理して笑っていたルシアン殿下を到底そんな風には思えない。
「庇うのか。あの男を」
声が低く、地の底から響くようだった。1歩、また1歩と私が下げた頭の前に、影が落ちる。
「俺よりも、あの男を信じるのか?」
顔を上げるとレオンの手が私の顎を掴んだ。乱暴ではない。だが、逃がさないという意思が込められた力がそこにはあった。私は目を伏せた。すれ違うことがどうしようもなく苦しかった。
「そうではありません。ただ…私は、ルシアン殿下の事をよく存じ上げません。それなのに、悪く言うのは…筋違いだと思っただけです。庇っているのではありません」
「.........そうか。なら何故庭園を歩く時侍女を傍に置かなかった?」
「......1人になりたかったのです。」
事実だった。誰かと一緒にいれば、泣いて、迷惑をかけると思ったから。それは、レオンと会えない事への不安から。暫く会えないことは何度もあったが、こうも不可解な事が起きてはとても不安になる。しかしそんな 1人の想いだけで皇帝を会議から引き剥がすなど皇后として以ての外。
しかし、すれ違いはさらに深くなってしまう。レオンすれば、私が侍女を傍に置かずに庭園に行き、ルシアンと会っていた。それは密会そのものだからだ。
顎を掴む手が震えていた。
「1人になりたかった?」
「あの男と密会するために侍女を外したんだろう。違うか?」
違う。全く違う。なのに、すれ違うのが悲しくて違うとはっきり言えなかった。言葉を口にしようとすると喉に突っかかる。
レオンは私の顎から手を離し、1歩下がった。そして穏やかに笑った。それが最も危険な兆候だと、この宮殿で知る者は少ない。
「なあ、アイリス。俺はお前を信じてる。信じてるとも。」
「だがあの男は信じていない。だから証明してくれ」
指を鳴らした。回廊の奥から、ブレイズ隊の兵士が二人現れた。
唖然とした。
「……これは、一体……」
私を取り押さえるブレイズ隊。レオンは冷酷な表情で告げた。
「少し大人しくしていろ。直ぐに分かることだ。」
私はブレイズ隊に連れられ、地下牢へと入れられる。結局、レオンに誤解されたままになってしまった。地下牢は静かだった。不思議なことに傍に護衛が誰もいなかったのだ。食事を置き、すぐに去っていく。
レオン……。私が愛しているのはレオンだけなのに。そう言えたらどんなに良かっただろう。
1日が経った頃。
「皇后様.......ご無事ですか」
ルシアン殿下がこっそりと現れた。
「ルシアン殿下....?どうしてここに?」
「大臣たちの噂が耳に入りまして。王妃様が地下牢に入れられた、と。」
「近くを通りすがった時、何故か見張りの者が見当たらず、中に入ってきてしまいました。」
そうして、私が囚われている数週間の間、ルシアン殿下は毎日のように会いに来てくれた。私がルシアン殿下を励ましたあの日と逆転しているみたいと、私達は笑った。




