呪い
——————ルシアン・トリスタン 20 秋
私は、ある計画の為に意図的に彼女に近づいた。仲睦まじく会話をする。目を見て笑い合う。その光景を、見ている者がいた。
ブレイズ隊の幹部であるアーサーがレオンの命で宮殿内を巡回しており、庭園の茂みの影から、2つの人影を目撃していた。皇后様と、私が、2人きりで、笑い合っている。
アーサーは走って全速力で皇帝の元へ向かった。全て私の計画通り、順調に進んでいる。皇帝と皇后様を引き離し、皇后様を1人にし、私と2人きりの場面を作り出す。そしてそれを誰かに「目撃」させる。
嫉妬に狂った暴君の前に、動かぬ証拠を突きつけるために。皇后様と別れた後、私は皇帝の執務室へと向かった。そして会話をこっそり盗み聞く。
執務室。書類の山に囲まれた皇帝の元へ、アーサーが転がり込んだ。
「……もう一度言え」
アーサーは詳しく説明をした。
「皇后様と、ルシアン殿下が密会しておられます。」
「……」
チラッと中を覗き見る。皇帝は、ペンを止め眉を顰めていた。私は思わず口角が上がってしまった。あの皇帝が、動揺している。その事実が私を高揚させた。
あの日のあの時。私は負けてしまった。
「強い者が頂点に立つ。」
その言葉が、私にとっての呪いとなった。
私には、剣術の才能はなかった。しかし、誰よりも努力したはずだ。ただ彼には才能と、それを上回る程の努力の才能があっただけ。
レオンに負けたその日から、悲劇が起き始めた。
皇后である母上が死んだ。原因は私がレオンとの戦いに負け、皇帝の座を逃したからだ。
昔から母は、権力を守ることに執着していた。
「私の為を思うなら必ず皇帝になって……!」
「皇帝の座以外価値はないのよ。負けは許されません。」
母自身も、妃同士の権力争いで苦労したのだろう。私が生まれた時から、必ず皇帝になるよう厳しく育てられてきた。
しかし私は負けてしまった。母の為に、その為だけに頑張ってきた。母が喜ぶなら、なんでも出来た。だから今まで頑張ってきたのだ。しかし結果は惨敗だった。
だからといって、レオンを恨みはしなかった。実力で負けたのだから仕方がない。正々堂々と勝負をしたんだ。
私が弱いせいで、母を失ってしまった。皇位も失ってしまった。全ては私が弱いせいだ。
民の噂をよく聞くようになった。
「可哀想に」
「皇后様が、冷遇されていたから子が皇帝にならなかったのでは」と事実とは異なる噂が広がっていた。
好き勝手、言い放題だ。そんな噂は母への侮辱だ。許せない。しかし真相を知る貴族たちからは、
「本来ならルシアンが皇帝になるはずだったのに」
「武力で皇位を覆されたとは情けない」
「まあ、あれはレオンが強いから仕方ない」
と同情されたり、貶されたりした。そんなものはどうでも良かった。どうでも良かったはずなのに。
そんなある日、私は普段なら滅多に行かない賭場へと足を運んだ。
ガヤガヤとうるさい歓声、ドンドンと机を叩く音。全てが不慣れな光景だった。そんな中ある男に話しかけられる。
「よお、こういう場所は初めてか?」
「あ、ああ。」
「俺の名前はルイ。お前はもしかして、偉大なるトリスタン家のルシアン殿下か!?」
「そうだ。ルシアンだ。ゲームのルールを教えてくれないか?」
「もちろんだ。ほら、こっちへ。」
身分も立場も違う、気さくな男。
私にとってルイは珍しく、皇族としてではなく1人の人間として接してくれる存在だった。
私は、ルイに教わった通りに賭け事をする。
しかし経験不足故か、才能が無いのか。賭けに負けてしまう。
私は素直に負けを認め、金を相手に渡す。
負けたものは仕方がないと、諦めて去ろうとしたが、ルイに引き留められた。
「簡単に諦めんなよ。まだチャンスはあるぞ!」
「奪われたなら、奪い返せばいいだろ。負けてはい終わりなんて悔しいと思わないのか?いいからもう一度賭けてみろ、全部取り返すんだ!」
その言葉に私は立ち止まる。
「奪い返す」という発想。それはそれまでの自分を全て覆す発想だった。
私が弱かったから失った。皇位も。母も。自分の未来も。だから耐えるしか無かった。全部、自分の力不足の結果なのだと。
しかし、初めて新たな考えが生まれる。
「奪われたのなら、奪い返せばいい。」
それは私にとって救いのような言葉だった。
諦めることしか知らなかった私にとって、
「まだ取り戻せる」という発想は、初めて与えられた希望だった。
勿論、母は戻って来ない。けれど、母の名誉を回復させる事はできる。そうだ、私の人生にはまだ光があったのだ。




