憂い
———————アイリス・ベアーテ 20 夏
あの日。エマが居なくなった日。私は涙が止まらなかった。
「大丈夫、ではないだろうな。」
「すみません。泣いてばかりで。しかし止まらないんです。」
「良い。好きなだけ泣けばいい。大事な人間を失くしたのだからショックが大きいだろう。」
そんな私をレオンは慰めてくれた。きっと私があまりに大泣きするから困っていたはずだ。
「レオン。レオンは身分の高い者が羨ましかったですか?」
「そうでないといえば嘘になるな。だが、今なら分かる。身分の高い者は高い者で苦悩があるのだ、と。」
「実際、お前は両親の期待に応えなければいけないプレッシャーに押し潰されていたんだろう。」
レオンは優しい。こうして他の人の立場も考えてくれる。あの人が羨ましい、この人が羨ましいとそれだけで済まさず、その立場の人の苦悩も考えている。
レオンは不器用だ。しかしこの世の誰より優しかった。それを国の人々は知らない。でも、知られなくても、良いかもしれない。
「そんな話もしましたっけ」
「あぁ。お前が話した事は全て覚えている。」
「記憶力がいいのですか?それともそれ程私を好いてくれているのですか?」
答えが分かっていて、意地悪を言ってみた。
「後者に決まっているだろう。言っておくが、どうでもいい奴の事なんてすぐ忘れるからな。」
レオンは私をいつも特別扱いしてくれる。何の取り柄のなかった私を、世界一大事に扱ってくれる。そんなレオンが愛おしくて、大切で、頬にそっとキスをした。
「急にびっくりするだろう」
「すみません」
目と目が合った。レオンの顔が近づいてくる。そして唇が触れた。柔らかい感触と、熱を持った吐息。お互いが溶けて交わりそうなほど、熱かった。暖かかった。この溢れ出そうな気持ちが全て、伝わってしまえばいい。
エマがいなくなってから、心にぽっかり穴が空いたようだった。ある時、レオンがじっとこちらを真剣な表情で見つめていることに気付く。
「また、何をそんなに見つめていらっしゃるのですか?」
反応がない。ぼーっとしているのだろうか?
「レオン?……陛下!」
目の前で手をヒラヒラと振る。
「どうすれば、お前は元気になる?」
私は驚いた。いつも通りのつもりのはずだった。しかし心の奥底にあった寂しいという気持ちをレオンに見抜かれていたのだ。
「そうですね……分かりません」
分からない。9年も共にいた大事な親友がもういない。そしてこれからも、会うことがないなんて。
それに私は気付けなかった。エマの気持ちに。
エマだって、あそこに至るまでいろんな苦悩があっただろう。元より心優しい子なのだから。
「そうか」
「俺は、お前に元気になって欲しい」
真っ直ぐな言葉だった。レオンは、不器用だ。しかしいつも真っ直ぐ言葉を伝えてくれる。
「気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「そんな事はどうだっていい。ただ、お前が心から笑えるように、手を尽くしたいだけだ」
「だが、何をすればいいか分からない。」
あまりの真剣さに何だかおかしくなって笑ってしまった。
「ふふっ。」
「何故笑う」
「貴方がそんなに困っているの、初めて見たんですもの。」
「俺は真剣だ」
「分かっています。私のためを思ってくれてありがとうございます。」
「少し、前向きになれました。」
「良かった。」
前を向けたのは、レオンのおかげ。愛する人と共に歩むというのはこういう事なのか。お互いを支え合い、お互いの弱い部分を補い合う。とても素敵なことだ。
神様、どうか、どうか私からレオンを奪わないでください。




