笑顔が見たくて
————————レオン・ドナート 21 夏
普段と何ら変わらない日常を過ごしていた。執務をこなし、休みにアイリスに会う。それを毎日繰り返していた。他の妃を娶れという声もあったが、そんな物は無視した。アイリス以外を妻にするつもりはない。
その時、ブレイズ隊の隊長であるルカが大急ぎで走ってくる。
「大変です。陛下」
「なんだ」
「アイリス殿下が陛下の暗殺を企てたとの事です。証拠もあるようです。」
「すぐに向かう。」
俺はすぐにアイリスの元へ向かった。
「それで?証拠は。」
「禁忌とされる黒魔術の本が見つかったのと、陛下の名前が書いてある藁人形が見つかりました。陛下のものと思われる髪の毛もついていて計画的な犯行に思われます。」
「それが、アイリスの部屋から見つかったと?」
「はい。そうです。」
「なら、誰かに仕組まれたな。」
「どういう事でしょうか?」
侍女2人が歩いてくる。2人は跪きソフィアが話し出す。
「これは誰かに仕組まれたものだと思われます、陛下。皇后様が陛下を殺害するなど有り得ません。動機がございませんもの。皇后様は、陛下を愛していらっしゃる。こんな事になってきっと悲しんでおられます。」
「ああ、そうだな。余もそう思う。」
アイリスの仕業だとは、1ミリも思わなかった。
「いつもは詭弁なのに今日は静かにしているな?エマ、と言ったか」
エマという侍女が怪しいと思ったのは、つい先月の事。
アイリスの寝室を訪ねた時があった。しかしアイリスは既に眠っていた。部屋の外にはエマがいたのだ。
「陛下。皇后様は既にご就寝しております。」
「そうか。ならいい。」
その時、侍女から甘い香りがしたのだ。甘い、香水の香り。その時に不信感を抱いた。しかしアイリスが何年も大事にしてきた侍女だったので、その時は特に何も考えなかった。
「今の状況に驚いており、言葉が出ませんでした。」
「お前では無いのか?仕組んだのは」
そう言うとエマという侍女は首を必死に横に振り否定した。
「私は皇后様を慕っております。そのような事は絶対に致しません!」
しかし、俺には確信に近いものがあった。勿論、アイリスがそんな事をする訳がないのは、言わずもがな分かっている。エマという侍女が着いていると、時折甘い香りがするのだ。香水だろう。香水をつけるという行為は誘惑の一種になる為侍女がつけるのは禁止されていたはずだ。
「お前、香水をつけていたな。」
「……」
反論する術が無くなったのか、黙り込む侍女。
俺は、侍女の首に剣を向けた。
「分かっているな」
振り下ろそうと剣に力を入れた。しかしそれはアイリスによって止められた。
「待ってください、陛下!」
「何故止める?」
「エマがやった確証がありません。本人の口からそうだと聞かないと…「......はい。私です。私がやった事です。」」
「……え?」
「私がやったんです……」
「私は元々貧しい生まれです。けれど努力して皇后様の侍女という高貴な身分に着くことができました。しかし現実は厳しかった。私は皇后様が羨ましかった。生まれた時から高い身分に属し、国の皇帝との結婚が決まっている。生まれてから死ぬまで高貴な処遇を受け続ける。」
「そんな皇后様が、羨ましかったのです。」
「それじゃあ、私の部屋に黒魔術の本や、藁人形を置いたのも……」
「そうです。それに規則を破り、陛下が来る時甘い香水をつけ、誘惑しました。」
「そんな。エマ......私は」
「もういいだろう。こいつは処刑する。」
俺は、剣を握る手に力を入れた。しかし、エマを突き飛ばし、剣の前に立つアイリス。
「全て、聞いただろう。何故止める?」
「一緒に過ごした日々を思うと、どうしても、恨むことができないです。」
「それにエマは……貴方に似ている。身分ではどうしようも無いものを、努力で掴んだ。」
「……」
その場が静寂に包まれた。
「宮殿からは、追放します。しかし、殺さないでください。」
その言葉に、侍女は涙を零した。
「せめて、一思いに殺してください」
「嫌よ。貴方は生きて。努力できるのだから、それを何か違う事に活かしなさい。」
俺に仕えている者がエマを掴み、外へと追い出す。
残ったソフィアとアイリスは抱き合っていた。
俺に、似ている、か。
この世界は残酷だ。身分が貧しければ酷い扱いを受ける。毎日、水さえ飲めるか危ういような状況に立たされている者もいる。身分が高い者を羨ましがる気持ちは分からなくもない。
その日、アイリスはずっと泣いていた。
「大丈夫、ではないだろうな。」
「すみません。泣いてばかりで。しかし止まらないんです。」
「良い。好きなだけ泣けばいい。大事な人間を失くしたのだからショックが大きいだろう。」
「レオン。レオンは身分の高い者が羨ましかったですか?」
「そうでないといえば嘘になるな。だが、今なら分かる。身分の高い者は高い者で苦悩があるのだ、と。」
「実際、お前は両親の期待に応えなければいけないプレッシャーに押し潰されていたんだろう。」
「そんな話もしましたっけ」
目を伏せて、微笑んでいる。
「あぁ。お前が話した事は全て覚えている。」
「記憶力がいいのですか?それともそれ程私を好いてくれているのですか?」
アイリスは意地悪を言うようにそう俺に問う。
「後者に決まっているだろう。言っておくが、どうでもいい奴の事なんてすぐ忘れるからな。」
そう言うと、アイリスは俺の頬にそっとキスをした。
「急にびっくりするだろう」
「すみません」
目と目が合い、唇が近づく。少し間を置いた後、唇が重なる。何度も、何度も、啄むようなキスを繰り返した後、段々と長く深いキスに変わっていく。お互いの熱い吐息が混じり合うようなキスをした。
エマという侍女がいなくなってから、アイリスはどこか寂しそうだった。それはそうだろう。長年共に居た侍女が自分を裏切り、そばに居られなくなってしまったのだからら。
俺はなんとかしてアイリスを元気づけたかった。
「また、何をそんなに見つめていらっしゃるのですか?」
真剣な顔で、アイリスを見つめていた。
「レオン?……陛下!」
目の前で手をヒラヒラと振るアイリスはいつも通りに見える。しかしどこか元気がない。
「どうすれば、お前は元気になる?」
そう言うと、アイリスは驚いたように俺を見た。
「そうですね……分かりません」
「そうか」
「俺は、お前に元気になって欲しい」
「気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「そんな事はどうだっていい。ただ、お前が心から笑えるように、手を尽くしたいだけだ」
真剣に伝える。
「だが、何をすればいいか分からない。」
「ふふっ。」
アイリスはそんな俺を見て笑った。
「何故笑う」
「貴方がそんなに困っているの、初めて見たんですもの。」
「俺は真剣だ」
「分かっています。私のためを思ってくれてありがとうございます。」
「少し、前向きになれました。」
「良かった。」
いつものアイリスが見れた気がして少し安堵した。




