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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―  作者: 虚空小白
終章:少年は英雄となる
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第73話 決意と覚悟

 ロゼンは歯を食いしばり、剣の柄を握り締めた。

 ネクロヴァルを見据えた。


 どれだけ思考を巡らせても、いい考えが浮かんでこなかった。


 ——それなら相手に考えさせればいい。


 ロゼンは口角を釣り上げた。


「あんたの条件を吞んでやる」


 一拍置いて続けた。


「ただし、あんたが三人を説得しろ」


 しばしの沈黙。

 玉座の間に、重い静寂が満ちる。


「ふむ。道理じゃな。良かろう」


 ネクロヴァルは左手で指をパチンと鳴らした。


 時が動き出す。


 止まっていた轟音の残響が、再び空気を震わせながら鳴り響いた。

 宙に静止していた土埃も、ゆっくりと舞い落ちていく。


 ヴァーゲがロゼンを一瞥する。


「お前は、アタシの後ろにいたはず……」


 ロゼンはネクロヴァルを見据えたまま、視線を動かさなかった。


「まあ、細かいことはどうでもいいか」


 ヴァーゲは口の端を釣り上げた。

 目を細め、玉座に座すネクロヴァルを見据える。


 空気が張り詰めた。


 ハルバードを構え、地を蹴った。


「で、お前は敵でいいんだよなッ!」


 跳び上がり、渾身の一撃を叩き込む。


 ハルバードが玉座を粉砕し、木片と石片が四方に飛び散った。

 黒い血が噴水のように撒き散らされ、天井にまで飛沫が届く。


 ネクロヴァルは一言も声を発さず、身体を両断されて地に伏した。


 ヴァーゲは着地し、漂う悪臭に顔を顰めた。


「つまらねえな」


 ハルバードを肩に担ぎ、踵を返す。


 ロゼンが表情を歪めた。


 次の瞬間——


 ヴァーゲは背後で骨が擦れるような音を聞き、咄嗟に飛び退いた。


 ネクロヴァルの体液が、逆再生するように床から吸い上がり、両断された肉体へと戻っていく。

 傷口が音を立てて塞がった。


 ネクロヴァルが、ゆっくりと立ち上がる。


 骨が軋み、鳴り響いた。


 ヴァーゲは目を見開いた。


「お前は何だ……!」


 ネクロヴァルは破れたフードを脱ぎ捨てた。


 カイレンとカルロスは、その異形の姿から思わず視線を逸らした。


「わしに敵意はない」


 ヴァーゲは声を荒げた。


「お前は何だと聞いている!」


「魔王ネクロヴァルと呼ばれている者じゃ」


 ヴァーゲは目を細め、地を蹴った。


 地面を抉るような踏み込みで一気に間合いを詰め、横薙ぎでネクロヴァルの首を刎ねた。


 血が扇状に飛び散り、生首が床を転がる。


 しかし、時が巻き戻る。


 転がった首が引き寄せられるように舞い戻り、首元に吸着した。

 断面が溶け合うように塞がっていく。


 ヴァーゲは後ろへ飛び退き、舌打ちをした。


「再度言うが、わしに敵意はない」


 ヴァーゲの声には、初めて隠しきれない動揺が滲んでいた。


「一つだけ聞かせろ。お前が悪魔を操っているのか」


「否。彼らに意思はない」


 一拍置いて続けた。


「貴様らにも、歴史の真実を聞かせてやろう——」


 ネクロヴァルはロゼンに語り聞かせたことと同じことを、淡々と語った。


「——不死を消滅させるために、わしには聖女の力が必要じゃ」


 ヴァーゲは歯を噛み締めた。

 ハルバードの石突を床に叩きつけた。


 ネクロヴァルを見据える。


「たとえ、その話が本当だったとして、それを証明できるのか」


 しばしの沈黙。


「わからぬ」


 ネクロヴァルは地に伏し、頭を垂れた。


「じゃが、可能性がある限り、わしは死んでも死に切れぬ。どうか、この老いぼれに力を貸してくれぬか」


 ヴァーゲは拳を握り締めた。

 その拳が、微かに震えていた。


「聖女様の身の安全を約束しろ」


「わしの命に代えても守ろう」


 ヴァーゲは三人を一瞥した。


「ロゼン、アタシに付き合え。二人はここに残って、こいつを見張ってろ」


 三人は首を縦に振った。


 ロゼンはヴァーゲとともに、聖女の元へ走り出した。


「ロゼン、アタシはルミナルディアの孤児院で育った」


 階段を下りながら、ロゼンが聞き返す。


「急に何の話だよ」


「いいから聞け」


 ロゼンは黙り込んだ。


「アタシは浄光教の司祭に引き取られ、十二聖徒の一員として鍛えられた」


 古城を出て、道筋を突き進む。

 夜風が、二人の間を吹き抜けた。


「アタシに拒否権はなかった」


 ヴァーゲは淡々とした口調で続けた。


「浄光教は孤児院に多額の援助をしているからだ」


 一拍置いて続けた。


「ガキの頃だったアタシにも、大人の顔色を見て、それくらい察してしまう」


 息を吐いた。


「聖女様は孤児院で育った」


 ふっと笑った。

 だが、その笑みには影が滲んでいた。


「アタシのことを姉と慕う、少し変わった子だ」


 胸元に手を当てた。


「ガキの頃、離れ離れになったのに、アタシのことを覚えていた」


 目を細めた。


「ロゼン、アタシが囮になる」


 ロゼンは眉を寄せた。


「あんたは浄光教を裏切るのか」


「ああ」


 ヴァーゲは少し俯いた。


「お前がいれば、悪魔や知性植物は襲ってこない」


 しばしの沈黙。

 足音だけが、廃墟に響いた。


「聖女様……いや、クリスのことを頼んだ」


 その名を口にした瞬間、ヴァーゲの声が微かに揺れた。


「何でそんなに冷静なんだよ!」


 ロゼンの声が、思わず荒くなった。


 ヴァーゲは笑って答えた。


「合理的だからだ」


 前を見据えた。

 その目には、笑みとは裏腹な決意が宿っていた。


「アタシなら怪しまれずにクリスの元まで近づける」


 二人は徘徊する知性植物を避け、角を曲がる。


 沈黙が、重くのしかかった。


「説得できないのかよ」


「無理だ」


 歯を噛み締めた。


「教皇がそれを認めない」


「それでも、何かないのかよ!」


 ヴァーゲは言い切った。


「ない」


 その一言は、迷いも希望もない、冷たい断定だった。


 ロゼンはハウンドの一員になった。

 だからこそ、組織のことを理解できてしまう。


 理解できてしまうことが、何よりも歯痒かった。


「くそっ」


 ロゼンは言い返すことができず、拳を握り締めた。


 沈黙だけが、二人の間に横たわり続けた。

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