第71話 玉座に座す者
古城の出入口が見えてきた。
城門には、何かに引き裂かれたような破壊の痕跡が残っていた。
悪魔が徘徊していた。
だが、ロゼンたちに襲い掛かろうとはしなかった。
ヴァーゲはハルバードを構えたまま首を傾げた。
「どうなってやがる」
ヴァーゲが身近にいた悪魔を薙ぎ払う。
骨が砕け散る鈍い音。
だが、悪魔はすぐに再生し、立ち上がると、何事もなかったかのように歩き始めた。
まるで四人の気配を感じていないかのようだった。
ヴァーゲは苛立った口調で言った。
「くそっ、戦う気すらないのかよ」
ヴァーゲは三人を一瞥した。
「……このまま奥へ向かうぞ」
庭園を抜け、階段を上った。
石畳には無数の亀裂が走り、雑草が隙間から顔を覗かせていた。
エントランスに入ると、カビ臭いにおいが充満していた。
空気が澱み、肌にまとわりつくような重さがある。
悪魔が徘徊していたが、ロゼンたちに反応を示さなかった。
そのまま階段を駆け上り、ヴァーゲが両扉を蹴破った。
轟音とともに、扉が内側へ倒れ込む。
そこは玉座の間になっていた。
玉座には、黒いフードを目深に被った者が座していた。
その気配だけで、部屋の空気が一段と重くなった。
掠れた声で詠唱を始めた。
「万物を巡る刻の理よ、今この場に限り沈黙せよ。息を吸う者、瞬きする者、心の臓の鼓動さえも——静寂の中に閉じ込めよ」
次の瞬間、世界から音が消えた。
ロゼンは、三人は疎か、悪魔さえも動きを停止しているのに気づき、首を傾げた。
自分だけが、この静寂の中で動けることに。
「わしは魔王ネクロヴァル。銀髪の貴様は不老不死じゃな」
ロゼンは一歩前に出て、首を縦に振った。
「わしも不老不死じゃ。貴様と戦う意思はない。話をするために、時を止めた」
「時を止めた……?」
「左様。貴様には三度の問い掛けを許す。わしは嘘偽りなく答えよう」
一拍置いて続けた。
「それで、わしの正体を見抜いて見せよ。ただし、答えを誤れば、貴様の仲間を殺す」
掠れた笑い声が、静止した玉座の間に、いつまでも響き続けた。
ロゼンは額から滲み出る汗を左手の甲で拭き取った。
目に見えない重圧が、場の空気を重くしていた。
息をするだけで、肺の中まで押し潰されそうな気がした。
ロゼンには聞きたいことが山ほどあった。
だが、質問は三度までと制限された。
さらに、カイレン、カルロス、ヴァーゲを人質に取られている。
一つでも間違えれば、仲間が死ぬ。
ネクロヴァルの眼光が鋭さを増し、ロゼンは心臓を鷲掴みにされているかのような錯覚を覚えた。
喉が、からからに渇いていた。
ロゼンは質問する内容を吟味した。
選べる言葉は、あまりにも少ない。
そして、声を振り絞って聞いた。
「あんたは、御伽噺に出てきた、魔王ネクロヴァルか?」
一瞬の沈黙。
それが永遠にも思えた。
鼓動が、耳の奥で鳴り響く。
ネクロヴァルは静かに答えた。
「否。便宜上そう名乗っているに過ぎない」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
残り二つ。
一問無駄にできない緊張感が、指先まで凍りつかせる。
目を細め、周囲を用心深く観察する。
「あんたは、エレメンティアに由来する者か?」
額から大粒の汗が流れ落ちる。
沈黙が、刃のように喉元に突きつけられていた。
「左様。そして、わしがエレメンティアを滅ぼした」
息が止まった。
残り一つ。
答えは明白だった。
だが、簡単過ぎる。
この男が、簡単に答えを与えるはずがない。
マーニの笑顔が脳裏を過った。
——歴史に、違和感を覚えたの。
あの日の声が、耳の奥で蘇る。
震える拳を握り締め、ロゼンは最後の一問を絞り出した。
「この魔法は、三象……いや、四理か?」
ネクロヴァルの笑い声が、玉座の間に響き渡った。
その哄笑だけで、全身の産毛が逆立った。
「左様。この時の魔法は、四理になるはずじゃった」
ロゼンはネクロヴァルに剣を向けた。
剣先が、微かに震えていた。
「ああ。マーニの仮説は正しかった。あんたの正体は、賢者ヴェルナート……いや、大賢者オルディアス」
「左様。これより、歴史の真実を語り聞かせてやろう」
ネクロヴァルは一拍置いて続けた。
「その後、貴様は選択することになる。——世界を裏切るのか」




