第62話 亀裂
翌日。
ロゼン、カイレン、カルロスは朝食を済ませた。
四階の訓練室で、金剛石級の5名は腕章をつけた上官から講義を受けていた。
筋肉の鎧を身に纏った男は、ロゼンたちを一瞥した。
その視線だけで、部屋の空気が一段重くなった。
男は野太い声で挨拶をした。
「俺の名はアルヴィン・シュトラウス。今後は指揮官と呼べ」
一拍置いて続けた。
「単刀直入に言っておく。まず、俺は現場に出ない」
淡々とした口調で続けた。
「貴様らの中から隊長を出し、指揮を取ってもらう」
息を吐いた。
「今から2年前の出来事になる。俺はエレメンティア奪還作戦に参加した」
変わらない口調で続けた。
「廃墟と化した街には知性植物が生息し、古城には悪魔が徘徊していた」
アルヴィンの表情が読み取れなかった。
「知性植物に仲間は喰われ、撤退を余儀なくされた」
部屋の温度が、僅かに下がった気がした。
ジークハルトは当時の出来事を思い出し、少し俯いた。
握った拳が、微かに震えていた。
ミレイユは机を叩きつけ、立ち上がった。
「それ、初耳なんですけど……」
しばしの沈黙。
誰も口を開かなかった。
ミレイユは苦虫を噛み潰したような表情をし、イスに深く座り直した。
己だけが知らなかったことに苛立ちを覚えた。
アルヴィンは咳払いをひとつした。
「ミレイユ金兵、納得がいかなければ別の任務を与える」
ミレイユを見据えた。
その目には、一切の温度がなかった。
「ここには覚悟のある者が集まった。その覚悟がなければ、今すぐこの場から出ていけ」
ミレイユは冷笑を浮かべた。
「別の任務って何?」
「それは貴様の能力を見てからになる」
しばしの静寂。
ミレイユは口を開いた。
「罰則がないのであれば抜けます」
「よろしい。ただし、今聞いたことは決して口外するな」
ミレイユは立ち上がり、「しませんよ」とだけ言い残し、訓練室を後にした。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
アルヴィンはその背を見送り、息を吐いた。
「知性植物の特徴について教える」
一拍置いて説明を始めた。
「知性植物の花弁や蔓は鋼のように硬い。撒き散らした花粉を吸えば身体が痺れる。対策としては、氷の魔法で氷漬けにすることだ」
四人を一瞥した。
「この中で、三象の魔法が使える者はいるか?」
ロゼンは手を上げた。
「距離はわかるか」
ロゼンは首を横に振った。
「試したことがありません」
アルヴィンは考える仕草をした。
窓辺に近寄り、競技場を見下ろした。
紅玉級のハウンドたちが魔法の試験を受けていた。
ふっと笑い、ロゼンに言った。
「ロゼン金兵、ここから雪を降らせろ」
ロゼンは立ち上がり、敬礼した。
「承知しました」
ロゼンは窓辺に近寄り、アルヴィンは横へ移動した。
ロゼンが窓を開けると、肌寒い風が吹き抜けた。
深呼吸をひとつした。
そして、詠唱した。
「雪花よ、我が眼の彼方まで花弁となりて舞い散れ」
上空に気流が発生し、雲を絡み取りながら肥大化する。
やがて雪の花弁がひらひらと舞い落ち、それはハウンド養成学院の敷地外にまで及んだ。
紅玉級のハウンドたちは手を止め、上空に目を向けた。
アルヴィンはその光景を見て、口角を釣り上げた。
「ロゼン金兵、エレメンティアの廃墟は広い。実力は認めてやるが、慢心はするな。戻って良し」
ロゼンは敬礼し、足早に席へ戻った。
アルヴィンは窓を閉め、黒板にエレメンティアの地図を広げ、すべての道筋を説明した。
四人はそれを頭に叩き込んだ。
だが、ロゼンは十二聖徒との勝負が脳裏を過り、集中できなかった。
それは、カイレンとカルロスも同じだった。
ロゼンはふと窓の外を見た。
いつの間にか雪は止んでいた。




