第60話 信頼の証し
ロゼンは踵を返し、部屋を出ようとした。
すると、ドアがノックされた。
ロゼンは足を止めた。
「寮長のグレーテです。ロゼン様、いらっしゃいますか?」
ロゼンは出入口のドアを開けた。
グレーテは小さな箱を、ロゼンに差し出した。
ロゼンは箱を受け取った。
「これは何ですか?」
「懐中時計が入っております。ヴェルナー副長から未所持の方へ渡すよう仰せつかりました」
ロゼンが箱を開けると、懐中時計が光沢を放った。
それを手に取り、刻まれた紋様を親指でなぞった。
グレーテは咳払いをひとつした。
「紛失や盗難に遭った場合は、すぐに上官に報告してください」
ロゼンは顔を上げ、頷いた。
「ありがとうございます」
「それでは、失礼します」
グレーテは一礼して、その場を後にした。
ロゼンはドアを閉め、窓辺に向かった。
窓の淵に空箱を置き、外を覗き込んだ。
大時計の針を注視し、懐中時計の蓋をそっと開けた。
二度三度と懐中時計と大時計の時間を見て、何度も蓋を開け閉めした。
まるで新しい玩具を手にした子どものようだった。
一通り満足したロゼンは、懐中時計を胸元のポケットにしまい、そっと手を当てた。
守護の鏡ルミナルディアでおよそ90日間の滞在、カイレンと過ごした日々、ハウンドの試験、カルロスとの再会、ミスライルの鉱石、カイレンとの衝突、合同訓練など、さまざまな出来事が脳裏を過った。
ロゼンは踵を返し、部屋を出た。
通路を歩き、カイレンの部屋へ向かった。
ドアをノックし、声をかけた。
「ロゼンだ。カイレンいるか?」
ドタドタと足音が聞こえ、勢いよくドアが開いた。
涙目のカイレンが立っていた。
「懐中時計が壊れたっす!」
ロゼンは視線を落とし、カイレンの手元を見た。
懐中時計の蓋が外れていた。
「ロゼン、どうすればいいっすか!」
ロゼンは息を吐いた。
「何があったんだよ」
「蓋を開けただけっす」
「上官に報告しに行くぞ」
「わかったっす……」
二人は局長室へ向かいながら上官を探した。
校舎の通路でヴェルナー副長と出会い、懐中時計の件を話した。
「——事情は理解しました。カイレン金兵、懐中時計を見せてください」
カイレンはヴェルナーに壊れた懐中時計を手渡した。
ヴェルナーは目を細め、懐中時計を見つめた。
「留め具の芯が折れています」
ヴェルナーは顔を上げ、眉を八の字にした。
「カイレン金兵、思い当たる節はありますか?」
カイレンは肩を落とした。
「何度か蓋をパカパカしたっす」
「この部分は壊れやすいので、カイレン金兵のせいではありません」
カイレンは顔を上げた。
「ウチのせいじゃないんっすか?」
ヴェルナーは首を縦に振った。
「はい。すぐに新しい物を用意します」
ヴェルナーは壊れた懐中時計をポケットに入れ、その場を後にした。
「カイレン、よかったな」
カイレンは満面の笑みで頷いた。
「はいっす」
ロゼンは風袋から自身の風袋を取り出し、カイレンに差し出した。
カイレンは目を見開いた。
「欲しがっていただろう。だから、やるよ」
「まだ銀貨70枚支払ってないのに、いいんっすか?」
「あの頃はカイレンのことを信用していなかったからな」
ロゼンは微笑んだ。
「俺からの信頼の証しだと思ってくれ。だから、金はいらない」
カイレンは風袋を手に取り、抱きしめた。
「返せって言われても返さないっす」
カイレンは笑みを零した。
「ロゼン、ありがとうっす」
カイレンは風袋を腰に身に着けた。
歯を見せて、にかっと笑った。
ロゼンは蔵書に目を向けた。
「カイレン、蔵書で魔法のことを教えてやる」
「はいっす!」
二人は蔵書に入り、ロゼンはカイレンに魔法の基礎知識を丁寧に教えた。




