第51話 選択の理由
ロゼンは局長室のドアに手を伸ばし、開けて中に入った。
大型の事務机以外、何もない殺風景な部屋だった。
クラントは机の上で手を組んだ。
「入る前にドアをノックするように。ここはお前たちの家ではない」
ロゼンが頭を下げると、カイレンも倣った。
「次から気をつけます」
「よろしい」
二人は姿勢を正した。
「チュウ号の旅券六枚とヴァルカニア大陸の地図を用意した。ロゼン紅兵、受け取りにきたまえ」
ロゼンは地図を四つ折りにし、旅券とともにポケットに突っ込んだ。
踵を返し、元の場所へ戻る。
「クラント局長、質問があります」
「許可する」
「旅券とは何でしょうか?」
「金の代わりに使える上質な紙切れのことだよ。御者は旅券を換金することで代金を得ることができる。これは、試験的な運用も兼ねている」
カイレンが小首を傾げた。
「クラント局長、ウチも質問があるっす」
「許可する」
「旅券の数が合わないっす」
クラントは微笑を浮かべた。
「同行者を一名連れて行くことを許可する」
一拍置いて続けた。
「ただし、これは実戦経験が不明瞭なお前たちへの課題だ。同行者にはお前たちの試験官を務めてもらう。試験官の判断で、お前たちの序列を考え直す必要が生まれる」
「わかりました。同行者はフィリア紅兵にします」
クラントは目を細めた。
「お前たちはカルロス・ナート紅兵と交流があったように思ったが、ワタシの思い過ごしかな」
ロゼンは笑顔で答えた。
「カルロス紅兵はいい奴です。多分、理由をつけて俺たちを合格にしてくれるような気がします」
真剣な表情で続けた。
「でも、それじゃ何も変わらない」
拳を握り締めた。
「俺は自分の力で前に進まないといけない。たとえそれが失敗だったとしても後悔だけはしない」
クラントが頷いた。
「よろしい。フィリア・ヴェスタ紅兵を呼んできてくれ。彼女が同意なしに同行者には認められない」
「失礼します」
二人は局長室を出た。
「カイレン、フィリアはいつも部屋にいるのか?」
「寝る時以外はいないっす」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「カルロスの話じゃ、蔵書で何度か見かけたらしい」
「蔵書はどこにあるんっすか?」
「知らん。寮長に聞いてみるか」
「はいっす」
二人は紅玉寮へ向かった。
寮長に尋ねると、笑顔で答えが返ってきた。
「お勉強、偉いわね。校舎の一階にある両扉の部屋が蔵書よ。蔵書では静かにしなきゃダメよ?」
「ありがとう」
二人は蔵書へ向かった。
床に座り込んで読書しているフィリアを見つけた。
「フィリア、少しいいかな」
「静かにして」
「局長があんたのことを待っている」
フィリアは二人を見上げた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はロゼンだ」
「ウチはカイレンっす」
フィリアは本を抱き寄せた。
「カイレンのことは知っていましゅ。なぜ私が呼ばれたのでしゅか」
ロゼンは事情を説明した。
「——な、なるほど」
しばらく沈黙が落ちた。
「一つ条件がありましゅ」
「俺たちで可能なことならな」
「ヴァルカニア大陸の南部カーネリアンに、私の実家がありましゅ。両親がどういう生活を送っているのか知りたいんでしゅ」
フィリアは顔を赤くし、本を強く抱き寄せた。
「私は幼い頃から人付き合いが苦手で、両親とも上手く馴染めませんでした。3年前、ハウンドの方が訪れ、ミスライルのことを尋ねました。その時、私は厄介払いされる形でハウンドに引き渡されました。両親は嘘をついたんです。私がミスライルの鉱石の研究をしている、と」
目が潤んだ。
まばたきすると、涙が頬を伝った。
「私は3年間、ミスライルのことを調べました。ですが、祖先のミスライルが、どのようにして鉱石を採っていたのかだけがわからないんです」
声が、わずかに震えた。
「今の私にはハウンドしか居場所がないんです」
ロゼンは手を伸ばした。
「フィリアのおかげで、ミスライルの鉱石を採る方法がわかったかもしれない。それを一緒に見に行かないか?」
フィリアはロゼンの手をしばし見つめた。
手の甲で涙を拭い、ロゼンの手を取って立ち上がった。
フィリアは本を棚に戻し、三人は局長室へ向かった。
局長室にはフィリアだけが入り、二人は外で待機した。
待つこと十数分。
フィリアが風袋を持って出てきた。
「この中には、銀貨30枚と三日分の食料が入っていましゅ」
風袋を身に着け、続けた。
「外でチュウ号の御者が待っていましゅ」
三人は歩き出した。
フィリアだけが後ろを歩いていた。
カイレンがフィリアの手を掴んで引っ張った。
「フィリア、嫌だったっすか?」
フィリアは微笑んで首を横に振った。
外に出て、ロゼンは御者に旅券三枚を渡し、三人は荷車に乗った。
三人は口元に布切れやハンカチを当てた。
「出発します」
御者の合図とともにチュウ号が走り出した。




