第44話 根底にあるもの
昼過ぎ。
二人は守護の鏡ルミナルディアの北区画のハウンド管理局を訪れた。
受付はロゼンに笑顔を向けた。
「クラント局長から話を伺っております。南門を抜けた先に、ハウンド養成学院がございます」
「ハウンド養成学院……?」
「ハウンドの方々には、ハウンド養成学院で作戦や戦術を学んでいただき、ハウンド養成学院内の寮で共同生活していただきます。費用はハウンド管理局が負担いたします。ただし、外出するには上官の許可が必要となります」
カイレンがカウンターを叩きつけて訴えた。
「メシはどうなるっすか!」
受付は笑顔のまま答えた。
「朝昼晩、三食ございますので、ご安心ください」
カイレンは踵を返し、ロゼンの手を引っ張った。
「ロゼン、ウチは腹が空いたっす、早く行くっす」
「カイレン、待て」
ロゼンは手を振り解いた。
「食事の時間が決まっているんじゃないのか」
受付が首を縦に振った。
「はい。この時間ですと、夜まで待っていただきます。ですので、お食事を済ませてから向かわれたほうがよろしいかと思われます」
ロゼンはカイレンに言った。
「だそうだ」
カイレンは力強く頷いた。
「わかったっす」
顔を近づけ、目を輝かせた。
「ロゼン、今日は何を食べさせてくれるっすか」
ロゼンは考える仕草をした。
「モー牛ステーキなんてどうだ?」
カイレンは涎を垂らした。
「いいっすね。また食いたいと思っていたっす!」
ロゼンは受付に頭を下げ、二人は外に出た。
カイレンの嗅覚を頼りに店を選ぶ。
「この店っすね」
南区画の一角にある飲食店に入り、二人は料理を注文した。
二人の前に料理を載せた皿が並べられ、ナイフとフォークが置かれる。
帝都ヴァルトクローネでは、薄っぺらい肉を出されたが、指の関節二つ分はあろう分厚いステーキだった。
ナイフとフォークで切り分けると湯気が立ち上り、肉汁が溢れ出る。
食べる前から二人の喉が鳴った。
切り分けた肉を口に運ぶと、ハーブの香りが鼻孔を抜けた。
ロゼンは息を吐いた。
「これだよ、これ」
カイレンは大口で頬張り、笑顔でうんうんと頷いた。
ロゼンは丸パンを一口齧った。
小麦の香りが口いっぱいに広がった。
ステーキを平らげた後、残ったソースを見て、ロゼンは丸パンに染みこませて食べた。
思わず笑みが零れた。
カイレンは唾を飲み込み、ロゼンの真似をして口に運んだ。
「美味いっすね!」
「カイレン、気持ちはわかるが、食事中は静かにしてくれないか」
カイレンは苦笑いを浮かべ、丸パンを咀嚼した。
その横顔を見ながら、カイレンはふと考えていた。
ロゼンは、どんな人間だったのだろう。
己の命令で殺してしまった妹について、触れてはいけないことはわかっている。
それでも、つい考えてしまう。
自身がロゼンの妹だったら——違う顔を見せてくれたのだろうか。
そう思った瞬間、ロゼンとの間に薄い壁を感じた。
そうしてしまったのは己自身だ。ロゼンに非はない。
外の世界を知り、言葉を覚えてしまったからこそ、カイレンは罪悪感を覚えるようになった。
やり直せるのなら、やり直したい。
たとえどんな犠牲を払ったとしても、叶えたい願いだった。
だが——ロゼンも族長も、死を受け入れていた。
それを思い出し、後悔した。
「——カイレン、聞いているのか?」
ロゼンの声に、カイレンは我に返った。
「……聞いていなかったっす。何っすか」
カイレンは顔を少し伏せた。
「最近ボーっとしていることが多いよな」
ロゼンの声は、いつもより少し低かった。
「もう一枚食うのか?」
カイレンの瞳が、じわりと潤んだ。
「何で、ウチに優しくするんっすか」
涙が頬を伝った。
「俺は初めに言ったな。『俺はまだお前のことを許せない気持ちが残っている』と」
カイレンは泣きながら頷いた。
「マーニは死ぬとわかっていながら旅を続けた。その結果、俺は助かったのかもしれない」
ロゼンは一拍置いて続けた。
「マーニの死を、尊厳を踏み躙らない、お前を俺は信用している」
微笑んだ。
「今まで苦しかっただろう。だが、俺は後悔していない」
カイレンは手の甲で涙を拭きながら尋ねた。
「何でっすか?」
ロゼンは窓から空を見上げた。
「後悔するってことは、あいつの覚悟を否定することになるからな」
カイレンは鼻水を啜った。
しばらく無言で、ステーキの残りに目を落とす。
「あの子の分まで食べるっす」
ロゼンは頷いた。
「ああ、そうしてくれたほうが、あいつも喜んでくれるだろう。俺の勘がそう言ってる」




