第36話 覚えのない約束
——族長は家の外からロゼンに声をかけた。
「ロゼン、起きてください。宴の準備が整いました」
ロゼンは目を覚まし、上半身を起こした。
「起きた。宴だが、俺は何かするのか?」
「ヴェラの民に顔を見せるだけでいいので、安心してください。料理が口に合わなければ食べなくても平気です」
族長は一拍置いて続けた。
「最後に一つだけ確認させてください。ヴェラの森に残るつもりはありませんか。言語のことなら心配ありません。僕が教えます」
「悪いが、それはできない」
ロゼンは前髪を摘まんだ。
「だけど、俺にはもう帰る場所がない。必ず帰る。だから忘れないでくれよな」
族長は微笑んだ。
「わかりました。キミに贈り物があります」
ロゼンは外に出た。族長は獣の牙を連ねた首飾りを差し出した。
「これは、ヴェラの戦士に認められた者に贈る首飾りです。これを身に着けていれば、ヴェラの民が集落に案内してくれます」
ロゼンは受け取り、身に着けた。
「族長、ありがとな」
「これでキミは立派なヴェラの戦士です。胸を張ってください。行きましょう」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
集落の中央では火が焚かれ、それを囲むように50人あまりのヴェラの民が獣皮を敷物にして座っていた。
族長が足を止め、ロゼンに言った。
「そちらへ座ってください」
ロゼンは腰を下ろした。隣にいたカイレンは横目でロゼンを見ていた。
族長が声高らかに叫んだ。
「Raven Maiten,naitcone ze nalen familien nalteal.ze nalteal ze Raven Romien tiralen,aber ze tiralen estal ze nalteal,naitcone ze Raven Nishel nalteal.ze nalteal tambien ze tiralen estal.ze nalen estal Losen.zenomal Losen tambien ze Raven Romien nalteal,ze nalteal ze familien estal.
(ヴェラの民よ、今宵新たな親友を紹介する。彼は外の世界から迷い込んだ旅人だが、試練を乗り越え、今日ヴェラの戦士となった。彼にはまだやらねばならないことが残っている。彼の名はロゼン。彼が再びヴェラの森へ訪れた際には、暖かく出迎えてやってほしい)」
ヴェラの民一同が雄叫びを上げ、宴が始まった。
族長は腰を下ろし、ロゼンに言った。
「今日は楽しんでください」
族長は肉の串焼きを口にして笑った。ロゼンも料理を口に運んだ。素材本来の旨味が口の中に広がった。
カイレンがロゼンに声をかけた。
「ロゼン、カイレン……ノミクラベスル。カイレン、カツ。タビ……ツレテケ」
「悪いが、あんたを巻き込むつもりはない」
カイレンが笑った。
「カイレン、ツヨイ。ロゼン……ヨワイ。ニゲタ」
族長が笑って言った。
「キミは自信がないのですか」
ロゼンはため息をつき、酒の入った器を持った。
「この濁った水みたいなものを飲めばいいのか」
カイレンが喉を鳴らして飲んでいるのを見て、ロゼンも酒を一気飲みした。次の瞬間、ロゼンは酔い潰れて眠ってしまった。
族長はロゼンを抱きかかえ、カイレンに言った。
「Kailen,ze tiralen estal nalteal,aber ze tiralen estal ze nalteal.
(カイレン、少し寂しくなりますが、帰りを待っています)」
カイレンは力強く頷いた。
——ロゼンが目を覚ますと、ヴェラの森の外で、木を背にしていた。
隣には荷物が置いてあり、その隣ではカイレンが眠っていた。
ロゼンはカイレンの肩を揺らして起こした。
「おい、ここはどこだよ」
カイレンは大きな欠伸をひとつした。
「モリ……ソト。カイレン、ハコンダ。ネムイ」
「お前、小さいのに体力あるんだな」
ロゼンは周辺を見渡した。見覚えのない風景、乾燥した空気、嗅いだことのない匂い。
同じところを往復しながら、ぶつぶつと呟いた。
「ここは、サヴァンナ大陸じゃない。ということは……セルメア大陸の北。国境を越えた先のアルテリア大陸か。地図がない。まずは人を探すか」
カイレンを一瞥した。
「なぜ、カイレンがここにいる。なぜ、落ち着いている。なぜ、帰ろうとしない」
「ロゼン、ヤクソクシタ。カイレン、カッタ。タビ……ツレテケ」
ロゼンは足を止め、カイレンの目を見つめた。
「俺は覚えていない。だが、理由を教えろ」
「カイレン、ツヨクナリタイ。ロゼン、マホウ……ツカエル。カイレン、ナイチカラ」
「そっか。お前が罪悪感で同行するつもりならぶん殴っていた」
ロゼンはカイレンの手を引っ張り、立たせた。
「俺はまだお前のことを許せない気持ちが残っている。だが、お前は掟に従い、ヴェラの民を守ろうとしたことも理解している」
一拍置いて続けた。
「泣き言を言っても俺は手を貸さない。自分の足で歩け。いいな?」
カイレンは難しい顔をして腕を組んだ。
「ロゼン、イッテルコト……ムズカシイ」
ロゼンは頭に手を当て、深いため息をついた。
幸先が思いやられる、とロゼンに頭痛の種が一つ生まれた。




