第32話 空虚な盾
ロゼンは用意された服を持ち上げて、顔を顰めた。
「他にないのか?」
族長は服の説明を始めた。
「黒い毛皮は、神の使いだけが身に着けることを許されている。ヴェラの民には、黒は死の象徴と説明している。それを着ることで、キミのことを一目で理解する。
ヴェラの民は、男は腰蓑だけで生活している。だから、恥ずかしがる必要はない」
ロゼンは族長の頭に目をやった。
「この骨は、族長の証しだ。キミの分はないよ」
ロゼンはため息をついた。
「邪魔になるからいらない」
服を脱ぎ捨てた。
「肌着と靴も脱いでくれるかな。先ほども言ったが、外の世界の物に興味を持たれると困る」
ロゼンは黙って従った。
獣皮を粗く裁った腰蓑は、膝上の高さまであった。
黒い毛皮を肩に羽織り、肌がチクチクする不快感を感じた。
「キミの服は、みんなが寝静まった頃、僕がこっそり回収しておくよ」
「手帳が入っている。それだけは無くさないでくれ」
「わかった。これからキミの持ち物と少女の遺品を保管している場所へ案内する」
族長の後にロゼンは続いた。
出口が近づき、風に乗って草木の臭いが漂ってきた。
外に出ると、崖下に集落があった。
継ぎ接ぎにした獣布の天幕が建ち並んでいた。
「あれがヴェラの民の家だよ」
「集落は他にもあるのか?」
「これですべてだよ」
ロゼンは首を傾げた。
族長が歩き出したので、後を追った。
「300年前に集落を作ったにしては、規模が小さいな」
「掟で人口が溢れないようにしている。僕を除いて、ヴェラの民の平均寿命は30歳前後だよ」
「誰も文句を言わないのか」
「劣悪な環境だから病で亡くなることが多い。それに、ヴェラの民にとって死は特別な意味を持つ」
ロゼンは眉をひそめた。
「特別な意味?」
「蘇生した者は、神の使いとして生まれ変わると信じている。だから、ヴェラの民は死を恐れない」
「都合のいい話だな」
「僕という不老不死がいるからね。もっとも、ヴェラの民は何も知らない」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「不死になった者はいたのか?」
「いや、キミが初めてだよ。だから、ヴェラの民は困惑している」
「一つ尋ねるが、悪魔を見たことはあるか?」
「悪魔……? それは不死と関係があるのか」
「ああ。肉が朽ち果てて骨だけになっても、理性を失って暴れる。切断しても粉砕してもすぐに回復する、と聞いた」
「記憶にない。もし悪魔を見ていれば忘れないだろうからね」
ロゼンは難しい顔をした。彼はぶつぶつと呟いた。
「ヴェラの民は悪魔化現象になったことがない。俺も族長も外の世界で生活していた。俺とマーニは双子だった。にも関わらず、俺だけが悪魔化現象に墜ちていた。
この呪いは産まれた瞬間になるものではない。俺は、何か見落としているのか……?」
息を吐いた。
「判断材料が足りないな」
崖を下り、族長はひと際大きな家の前で立ち止まった。
出入口の前には、女のヴェラの戦士が立っていた。
ロゼンはその顔に見覚えがあった。
歯を食いしばり、拳を握り締めた。
だが、女は道を空け、片膝をつき、顔を伏せた。
「Kozuchal,nilen ental ze nalcen.
(族長、誰も中に入れておりません)」
「Yalen.zenomal ze tiralen naitcone,Kailen.
(これから彼には試練に挑んでもらいます。カイレン、見張りを続けてください)」
「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」
族長は振り向き、ロゼンに言った。
「そう睨まないでください。彼女は掟に従いました」
「……わかっている」
「入ってください」
ロゼンは垂れた布を払い退け、中に入った。
ふたりの荷物が置かれていた。
「剣と盾以外は、まだそのままにしてください」
ロゼンは剣を腰に下げ、盾を見つめた。
「案内してくれ」
「盾はよろしいんですか?」
「もう必要なくなった」




