第29話 託された想い
帝都ヴァルトクローネから旅立って七日が経過した。
ふたりはサヴァンナ大陸の亡霊の森の前で足を止めていた。
周辺に人はおらず、静けさが漂っていた。
ソルは空を見上げた。
昼過ぎだったが、まだ明るかった。
「マーニ、水と食料はまだ残っているか?」
「数日分しかないかな」
「俺のほうは三日分ってところだな。問題は飲み水だな」
「うん。森の中に果実があればいいけど」
ソルはナイフを取り出し、近くの木の幹を傷つけた。
樹液に触れ、においを嗅いだ。
「食材はあると思う。断言はできないがな」
ナイフをしまい、続けた。
「セルメア大陸の国境には川が流れている。方角からして、森の中に水源がある。なければ森は枯れているだろうからな」
ソルは前に進んだ。
「急ごう。日が暮れる前に休めそうな場所を見つけて野宿する。マーニ、足元に気をつけろよ」
「うん」
ソルは用心深く進んだ。獣の足跡を見つければ方向を変える。
マーニはソルを信じ、後に続いた。
開けた場所に出て、ソルは足を止めた。
視線の先に、褐色肌の女が立っていた。
粗く縫い合わせた獣皮を胴に巻き、肩から背へ白い毛皮を羽織っていた。
首には獣の牙を連ねた飾りが下がり、ボサボサの黒髪が風に揺れる。
両の目元の下には紅で一本線が引かれていた。
腰には剣を下げていた。
女は剣を抜き、口を開いた。
「Vat a strange geruch……zwei Juugial estar hier. Zis ist ze sacred Raven Romien」
マーニがソルの服を引っ張った。
「ソル、あの人、何を言ってるの」
「わからないが、歓迎されていないのは確かだな」
女はマーニを一瞥した。
「Ze femalen lives. Aber ze malen muerto」
ソルは殺気を感じ、盾を構えて叫んだ。
「マーニ、引き返せ!」
マーニは引き返そうとして足を止めた。
数人に囲まれていた。男どもは弓に矢を番えた。
女が叫んだ。
「Warten! Ze femalen wird bear kinder. Solo ze malen Juugial sera hunted!」
次の瞬間、一斉に矢が放たれた。
ソルの脇腹に矢が食い込んだ。
マーニは目を見開いた。
続けざまに、右肩、左の太もも。
ソルは血を吐いて倒れた。
マーニは膝から崩れ落ちた。
手を伸ばし、泣き叫んだ。
「やめてぇぇぇぇぇ!」
女はソルの背中に剣を突き刺した。
血が流れ、ソルはわずかに痙攣し、動かなくなった。
「……嘘だよね? ソル……?」
女は剣を引き抜き、男どもに命じた。
「Blinden ze femalen Juugial. Nein harmen ze anderen」
男どもが近寄り、マーニは地面を這うようにソルの元へ向かった。
だが、足を掴まれた。
マーニは泣きながら必死に手を伸ばす。
ソルが苦痛に顔を歪め、起き上がった。
女は目を見開き、後退りした。
「Ze messengeral von gott……」
「俺がマーニを守る。その薄汚い手を離せぇ!」
ソルは剣を抜き、男どもに斬りかかった。
女が男どもに命じた。
「Ze malen war ze messengeral von gott. Ze femalen tambien ser ze messengeral von gott. Toten zu confirmalen!」
ソルは必死にマーニを守ろうとした。だが多勢に無勢。
無情にも、マーニの胸元を男が剣で突き刺した。
「ぅ……」
マーニはその場に倒れ込んだ。
ソルは慌てて彼女の元へ駆け寄った。
「ソル、ごめんね……」
「何謝ってんだよ!」
マーニはポケットから手帳を取り出し、ソルの手に握らせた。
「言いたいこと……山ほどある……」
「回復薬! まだ間に合う!」
「聞いて……私は、助からない……」
「バカなことを言うな!」
「私の夢……ソル、託すよ……」
マーニは笑顔を作り、力が抜け落ちるように手が滑り落ちた。
ソルはすぐに回復薬を飲ませようとした。
だが、マーニは飲もうとしなかった。
ソルはマーニの頬を叩いた。
「目を開けろ、開けてくれ。俺を置いて逝かないでくれ」
ソルの目から涙が流れ落ちた。
「お願いだから逝かないでくれよ、マーニ」
マーニは返事をしない。
ソルはマーニを強く抱きしめた。
「守ってやれなくて、ごめん。約束を破ってすまなか——った!」
女の剣がソルの背中を突き刺した。
ソルは意識を失った。
………………。
…………。
……。
水滴の垂れる音が聞こえた。
ソルが目を開けると、手足を縛られ、岩壁の窪みに閉じ込められていた。
入口には丸太を粗く組んだ格子が嵌まっている。
その向こうに、30過ぎの男が立っていた。
頭には二本の角が生えた獣の頭蓋骨を載せ、黒い毛皮の外套を羽織り、腰には粗く編んだ蓑を巻いていた。
頭蓋骨の隙間からこぼれ落ちる銀髪が、揺れもせずに肩へ垂れている。
赤紫色の瞳がソルを静かに見下ろしていた。
男は無表情のまま告げた。
「僕の声が聞こえていたら頷いてくれるかな」
ソルは首を縦に振った。
「少年、キミは死に拒絶された」
ソルは難しい顔をした。
「不死になった、と言えば理解できるかな」
ソルは聖女の言葉を思い出し、口にした。
「……悪魔化現象」




