第19話 答えのない選択
セルメア大陸の中央からやや南に位置するヴェントクレアは、小麦粉の産地として有名な村だった。
建ち並んだ石造りの巨大な風車は、粉引きをするための空間が中にあり、村全体から小麦のいい香りが漂っていた。
四日後の昼過ぎ。
ふたりはヴェントクレアに到着した。
「ソル、三日で着くんじゃなかったの?」
ソルは苦笑いを浮かべた。
「地図と磁石なんて初めて使ったからな。方角だけだとわからないって」
「地図をくれた警備兵の人が親切で良かったね。あのまま風車が見つからなかったら、今頃どうなっていたことか」
ソルは笑った。
「こうなると思って、食料をたくさん買っておいて正解だっただろう」
「それは、ソルが食べたかっただけでしょう!」
マーニに言い当てられ、ソルは返す言葉が見つからなかった。
一陣の風が吹き、広大な小麦畑が揺れる。
ソルは小麦畑の前で屈み、耕された土を手に取り、匂いを嗅いだ。
少量の土を口に含み、飲み込んだ。
「この村は気候に恵まれているな」
「ソル、その妙な癖、直したほうがいいよ」
ソルは苦笑いを浮かべ、土汚れを手で払った。
「悪い。雨のにおいがしなかったから、つい気になってな」
「雨なんか降らなかったよ?」
マーニは空を見上げた。
「マーニ、宿と食事ができる場所を探そう」
「うん」
ふたりは通りがかった男に声をかけた。
「この村はヴェントクレアで間違いないか?」
男は微笑んだ。
「そうだよ。宿と食事ができる場所を探しているのなら、この通りを歩いた先にある」
「ありがとう。ついでに尋ねるが、レイ・ドランの家族はどこに住んでいるんだ」
男は眉を八の字にした。
「キミたち、大口叩きのレイに騙されたのか?」
「大口叩きのレイ?」
「あいつはいつも嘘ばかりついていたからね。大口叩きのレイと言えば、この村で知らない奴はいないよ」
「俺たちはレイ・ドランについて何も知らない。それでも残された家族に伝えるべきことがあってやってきたんだ」
「残された家族?」
男はため息をついた。
「そういうことか。高台の大きな家に、あいつの家族は住んでいる」
立ち去りかけて、足を止めた。
「レイはいつも嘘をついていたが、どこか憎めない奴だった。この村も静かになるな」
男の背中が遠ざかった。
「先に、レイ・ドランの家族に会いにいこう」
マーニはソルの服を引っ張った。
「本当にそれでいいのかな」
「じゃあ、このまま黙って、次の街を目指すのか?」
マーニは首を横に振った。
「わからないよ」
俯き、そのまま続けた。
「ここへ来る途中、父さんが母さんのことを話さなかった理由を、ずっと考えていたの。エレメンティアの話を聞いた時、もしかしたら生きているかもしれないと思ってしまったのよ」
顔を上げ、ソルを見つめる。
「楽市露店で遺品が見つからなければ、母さんは何か事情があって帰ることができない。――そう考えるようになってしまったの」
ソルはマーニの肩を掴んだ。
「レイ・ドランは嘘つきだったかもしれない。だが、手記を書いた本人がそれを望んでいる。マーニの言いたいことはわかるし、間違っていない。だが、俺には死を覚悟したレイ・ドランの気持ちを踏みにじることはできない」
「……そうだね。それに、この問題は私たちで決めていいわけじゃない。高台だったね、行こう」
ふたりはレイ・ドランの家へ向かった。
ひと際大きな家の前で足を止め、ソルはドアをノックした。
ドアが開き、中年の女は不審な表情でふたりを見た。
「レイ・ドランの家族ですか?」
「はい。母のケニーです」
ソルは手記を取り出し、ケニーに手渡した。
「これを届けに来ました」
ケニーは微笑んだ。
「それは、ご親切にありがとうございます。数日前に家出して帰ってこないので、心配していたんです。レイは元気でしたか?」
ソルが言い淀んでいると、マーニがまじないをかけた。
「偶然道端に落ちていたのを見つけたので、知り合いではないんです」
「そうだったんですね」
「俺たちは急いでいるので、これで失礼します」
ふたりは一礼し、足早に立ち去った。
ドアが閉まった。
数歩歩いたところで——ケニーの泣き声が背中を打った。
声を押し殺そうとして、押し殺しきれない、そういう泣き方だった。
ふたりは足を止めなかった。止められなかった。
「マーニ、これでよかったんだよな」
マーニは無言のまま、俯いていた。
「俺はレイ・ドランの気持ちを優先したが、残された家族の気持ちを深く考えないようにしていた。喜ばれるとは思っていない。だけど、ケニーさんの顔を見た瞬間、マーニの言う通り、あれが正しい行いだったのかわからなくなってしまった」
「でも、ソルは決断した。私は……」
マーニはしばらく黙って、ドランの家を振り返った。
それから、ソルに微笑んだ。
「あれでよかったと思うよ。ケニーさんは、ずっと忘れないだろうから」
「少し気が楽になった。ありがとな、マーニ」
「うん」
マーニは前を向いた。
「宿で部屋を取ったら、次の目的地を決めよう」
「おう」
ふたりは宿へ向かった。




