第17話 あの日見た夢
三人は床に腰を下ろし、ユングフラウはソルに話した内容をマーニにも聞かせた。
マーニは魔王ネクロヴァルの話を聞いても驚かず、冷静に吟味している。
その様子は、ソルとは真逆の反応だった。
「——悪魔化現象についてですが、それが発見されたのは、今から200年前の小さな村です。ここから先は、浄光教の者でも、限られた権限をもつ者にしか知らされておりません」
ユングフラウは声を落とした。
「発見された当初、彼は意思疎通ができました。浄光教で名のある者でも、彼の症状を止める術を持ち合わせておりませんでした。周囲には腐臭が漂っていました。腐り果てる肉体を見て、発狂した彼を拘束し、人里離れた場所で厳重に管理しました。肉や内臓、血の一滴に至るまで。すべて削ぎ落ちた頃、彼は動かなくなりました。解明できないまま終わるかと思われたその瞬間——骨となった彼は動き出し、暴れ始めたのです」
ふたりは息を呑んだ。
「切断や粉砕など試みたのですが、すぐに再生するのです。そこへ現れたのが不思議な力をもつ少女です。当時、彼女は熱心な信徒でした。女神ルミナ様の声を聞いた彼女は、清らかな光で彼を浄化しました。彼女は聖女として多くの悪魔化現象を鎮めました。聖女が死去した後も同じ力をもつ者が現れ、聖女を守護する十二の杯——それが、今の十二聖徒です」
「それで魔王ネクロヴァルの古城に侵攻したのか」
ユングフラウは少し俯いた。
「敗因を挙げればキリがありませんが、情報不足が大きな原因です。悪魔化現象に墜ちた者——悪魔を対処できるのは聖女だけなのです。予想よりも数が多く、撤退を余儀なくされました。四名の犠牲を払い、我々は魔物や魔獣を討伐しながら才能がある者を探しているのです」
ソルに笑顔を向け、マーニを見た。
「マーニ、十二聖徒になりませんか?」
「ユングフラウの話は理解しました。とても崇高な理念だと思います。ですが、十二聖徒がほしいのはソルですよね」
マーニは俯いた。
「ヴァーゲもシュッツェもユングフラウも、ソルのことしか見ていない。私は剣でもソルに劣っている。ヴァーゲの動きを見ていなければソルを守ることもできなかった。魔力だってそう。私は地相の魔素を使って魔法を唱えているだけに過ぎない。ソルのように地相にない魔素を変換する魔力もない。私は——」
ソルが立ち上がり、拳を握り締めた。
「マーニ、それ以上言ったらぶん殴るからな」
マーニの目を見つめた。8年前と同じ目をしていた。
「俺たちが小さかった頃、父さんの書斎に潜り込んで本を読んで、父さんのような考古学者になる夢をもった。マーニが歴史に違和感を覚えた時、それを聞いて、俺の中で夢が変わった。偉大なる歴史を発見した考古学者マーニ・アルヘイナとともに旅をした英雄ソル・アルヘイナ。マーニは俺より頭がいい。物覚えの悪い俺に魔法のことを教えてくれたのは、マーニじゃないか」
ソルは膝から崩れ落ちた。
「頼むから、夢を諦めるなんて言わないでくれよ」
ユングフラウは空気を読んで退室した。
「ごめんね、ソル。私、自分のことしか見えていなかった」
「それは俺も同じだよ。誰だってそうだろう。人は身勝手だから面白い」
マーニが笑った。
「それ、父さんの口癖だよ」
「マーニ、旅を再開するぞ」
「もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」
ソルは腕を組んだ。
「また十二聖徒と出会う前に、この街を出ろと俺の勘が言っている」
「うん。ソル、装備の手入れを忘れずにね」
「そういや、疲れていて忘れていたな。ありがとな、マーニ」
「うん。それで、次の目的地はどうするの?」
ソルは地図を床に広げた。
「これは警備兵の人にもらった。ヴェントクレアまで三節の距離がある」
マーニが小首を傾げた。
「三節……?」
「指の関節で三つ分あるだろう。休息を取りながら歩いて三日かかる」
マーニは眉を八の字にした。
「野宿? シャワーとトイレは……?」
「あるわけないだろう」
マーニは肩を落とした。
「水は魔法で何とかなるが、風邪をひくかもしれないぞ」
「水を多めに買って、湿らせた布で体を拭いて我慢するよ」
ソルはマーニの肩をポンポンと叩き、無言でドアを指さした。
マーニの耳元で囁いた。
「誰かいる気配を感じる。俺が見てくる」
マーニは頷いた。
ソルは忍び足でドアに近寄り、ドアノブに手を伸ばした。
ドアを勢いよく開けると、受付の男が驚いて後ろへ下がった。
「声が煩いと苦情を受けたのですが、何かありましたか?」
ソルは目を泳がせた。
「疲れて眠っていたので、寝言で叫んだかもしれません」
受付が目を細めた。
「なるほど。そういうことにしておきますね」
「はい。次から気をつけます」
ソルは受付に頭を下げ、彼は足早に立ち去った。
マーニは手で口元を押さえて笑っていた。
「勝手に口が動いて喋ったが、マーニの仕業か?」
「うん。マシな嘘をつく、まじないだよ。嘘をつくのが下手な人のために考えられたんだよ、きっと」
「少なくとも需要は……あったのか?」
「さあ?」
ふたりのお腹の虫が鳴いた。
「昼ご飯にするか」
「うん。お金を取ってくるから一階で待ってて」
マーニは部屋を出た。
ソルは廊下に出て施錠した。
階段を下りていると視線を感じて上を見たが、誰もいなかった。
「……考え過ぎか」
一階でソルはマーニが来るのを待った。
数分後。
なぜかマーニはユングフラウと一緒に下りてきた。
「ソル、一緒に食事してもいいよね?」
「急にどうした」
ユングフラウが微笑んだ。
「一人で食べると味気ないので、マーニさんに相席をお願いしたんです。お代はわたくしがもちますので、好きなだけ食べてください」
ソルはため息をついた。
三人は食堂に入った。
マーニが何を考えているのか、ソルには理解できなかった。




