第15話 初心
ソルの隣では、マーニがカバンを枕にして眠っていた。
ソルはマーニの肩を揺らして起こした。
「マーニ、起きろ」
マーニは目を覚まし、欠伸を一つした。
「ごめん。途中で眠くなっちゃった。それで、手記には何が書いてあったの?」
「ヴェントクレアの家族に、自分の死を伝えてほしい——それが、この手記の持ち主の最期の願いだった」
マーニは考える仕草をした。
「楽市露店の警備兵の人に聞いてみよう」
「ついでに不用品を片付けるんだな」
「うん」
「わかった。俺が聞いてくる。マーニは自分の部屋で寝てろ」
「そうするよ」
マーニは立ち上がり、ふらふらした足取りで部屋を出ていった。
ソルは部屋を出て施錠し、楽市露店へ向かった。
店番をしている警備兵を見つけ、手記を見せて事情を説明した。
「なるほど。ヴェントクレアまでの道のりがわからないのか。少し待て。古い地図をやる。もし誰か来たら待っているように伝えろ」
警備兵は足早に立ち去った。
数分後。
警備兵は四つ折りにした地図を広げ、説明を始めた。
「これは、セルメア大陸の地図だ。アクアレインは南に位置している。北北西に向かった場所にヴェントクレアがある。農作物を収穫している村だが、周辺には多くの獣や虫が生息している。道に迷ったら風車を探せ」
警備兵はソルに地図を手渡した。
「本当にもらっていいのか?」
警備兵は腕を組んで頷いた。
「構わない。遠征の度に配られるからな」
ソルは地図を見て笑った。
「結構近いんだな」
警備兵は息を吐いた。
「地図で見ればそうだが、三節の距離がある」
「三節……?」
「人差し指の関節を目安にしている。三節は休息を取りながら歩いて三日かかる距離だ。一つ確認するが、一人で行くつもりか?」
ソルは腰に手を当てた。
「妹がいる」
警備兵は顎にそっと手を当てた。
「二人か。俺個人の意見だが、護衛を雇え。それだけで生存確率が上がる。その分、金はかかるがな」
ソルは首を横に振った。
「いらない。俺たちは観光しているんじゃない」
「それなら、絶消石を買っておけ」
「絶消石……?」
「消耗品だが、地面に叩きつけて壊すことで、数時間、気配を消すことができる」
ソルは首を傾げた。
「獣は火を恐れる。火を絶やさなければいいんじゃないのか?」
警備兵は眉間に皺を寄せた。
「灯かりは目印になる。盗賊に命を狙われる危険性があるんだ」
「いろいろ教えてくれてありがとな、警備兵のおっちゃん」
警備兵は目を細めた。
「坊主、旅を甘く見ていると、いつか痛い目に遭う。初心を忘れるな」
ソルは拳を握り締め、歯を食いしばった。
孤島村でマーニを守ると誓った。
だが、森でヴァーゲから守ってくれたのはマーニだった。
己の未熟さが、悔しかった。
ソルは警備兵に頭を下げた。
「ありがとう、おっちゃん。俺、もっと頑張るよ」
『さざ波の宿』へ戻る途中、ソルは人とぶつかり、尻もちをついた。
黒い外套を纏ったピンクの髪の女も、同じように尻もちをついていた。
十二聖徒。
ヴァーゲの理不尽な強さ。シュッツェに言われた一言。
ソルは思わず目を細めた。
女は困り顔で立ち上がり、お尻を摩った。
「ごめんなさい。よそ見をしていました。お怪我はありませんか」
ソルは立ち上がり、土埃を手で払った。
「俺も考え事をしていた。怪我はないか?」
「はい」
女は困り顔のまま続けた。
「わたくしと同じ格好の人を見かけませんでしたか?」
「ヴァーゲとシュッツェのことか?」
女の表情が明るくなった。
「まあ、お二人とお知り合いなのですね。どこにいるかご存じですか?」
ソルは首を横に振った。
「知らない」
女は肩を落とした。
「影が薄いので、いつも忘れられるんです」
ソルは言い淀んだ。
「あんたも十二聖徒じゃないのか」
「はい。わたくしは十二聖徒のユングフラウと申します」
十二聖徒にしては、空気が緩いな、とソルは思った。




