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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―  作者: 虚空小白
序章:死に拒絶される者
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第10話 ふたりの過去

 ソルは地面を蹴り、ヴァーゲに向かった。


「距離を詰めればアタシに勝てると思ったか。甘いっ」


 ヴァーゲは全身を大きく揺らし、ハルバードを横に振った。

 ソルは咄嗟に足を止めたが、鉤爪が胸当てに深く食い込んでいた。


「歯ぁ食いしばれ!」


 ヴァーゲは横に一回転し、ソルを巨木目掛けて投げつけた。


「がはっ!」


 ソルは背中をぶつけた。

 その衝撃で木が大きく揺れた。


 幸いなことに、カバンがクッション代わりになっていた。

 ソルはすぐに立ち上がろうとした。


 だが、全身に力が入らなかった。


 その様子を見て、ヴァーゲが笑った。


「まるで生まれたての草食動物だな」


 その笑みがすぐに消えた。


 マーニが剣を抜き、ヴァーゲの前に立ち塞がった。


「ヴァーゲ、あなたに一撃でも当てればいいんですよね?」


 ヴァーゲが鼻で笑った。


「魔法使いが戦士の真似事なんてやめておけ。怪我をしたくなければ、そこを退けっ」


 マーニはヴァーゲをまっすぐ見つめた。


「退きません」


 ヴァーゲはため息をつき、走り出した。

 ハルバードを大きく振り上げ、振り下ろした。


 マーニは横へ半歩分、身体をずらし、剣を振り抜いた。


「何……っ!?」


 マーニの剣はヴァーゲに届き、裂けた外套の奥から鎖帷子が見えた。

 ヴァーゲは言葉を失った。


 マーニは静かに告げた。


「私の勝ちです」


 ヴァーゲは森中に響き渡るような大声で笑った。


「マール、お前、見かけによらず強いな」


「マーニです」


「マーニ、一つ聞かせろ。お前はソルよりも強い。なぜ、あいつの後ろに隠れて戦っているんだ」


 マーニは静かに息を吐いた。


「8年前、旅をすると決めた日のことです。私とソルは木剣で勝負しました。勝敗は32勝1敗。幼い頃の私とソルの戦績です」


「わからないな。それでどうして魔法使いになろうと思った」


 マーニは俯いた。


「初めて森で狩りをした時の話です。琥珀蜂の前で私は動くことができず、ソルが身代わりとなって私を守ってくれました」


「恐怖で足が竦んだのか」


「違います。私は相手の動きを観察してからじゃないと動けないことがわかったんです。ソルに1敗した時もそうでした。動物は動きが予測できません。このままでは旅に支障が出ると思い、ソルに役割を変わってもらったんです」


 マーニは苦笑いを浮かべた。


「ソルの魔法は、私以上にすごいんです。でも、剣で私に勝つまでは使わないと言ったきり、それ以来、魔法を使わなくなりました」


 ソルが「くそっ」と言い、マーニは彼に顔を向けた。


「ソルは負けず嫌いなんです」


 ヴァーゲはハルバードを肩に担いだ。


「悪かったな。お前らは自分の欠点に気づいていた。わからせようとしたアタシがバカだった」


 魔獣の頭に目を向ける。


「あの首はお前たちにやる。アタシからの詫びだと思ってくれ。じゃあな」


 ヴァーゲはその場を立ち去った。


 マーニはソルの元へ駆け寄った。


「ソル、大丈夫?」


「少し休憩したら手足に力が入るようになった」


 ソルはふらつきながら立ち上がった。

 マーニは唇を嚙み締めた。


「ごめんね、ソル」


「何で謝るんだ。俺が危なくなったら手を貸す約束だっただろう」


 マーニは静かに目を伏せた。


「そうだったね」


 ソルは魔獣の頭に目を向けた。


「これ、どうすればいいんだ?」


「ヴァーゲは……もういないし、持って帰って口入屋の人に聞くしかないよ」


「わかった。俺が持つよ。マーニ、魔獣の死肉は腐ると猛毒になる。焼き払えるか?」


 マーニは首を横に振った。


「この土地は炎と相性が悪いから、私の魔力じゃ無理だよ」


「わかった。俺がやる」


 マーニは思わず聞き返した。


「剣で私に勝つまで魔法を使わないんじゃなかったの?」


「ふたりの会話を聞いて、気づかされた。変な意地は、今日で捨てる」


 ソルは呼吸を整え、詠唱を始めた。


「熾よ、万物を灰すら残さず焼き尽くせ」


 次の瞬間、魔獣の死骸を中心に熱波が広がった。

 死肉が急速にしぼみ、体液とともに蒸発する。


 魔獣の胴体が横たわっていた場所には、戦闘の痕跡以外、何も残らなかった。


 ソルは前のめりに倒れ込み、地べたに手をついた。

 全身から湯気が立ち上り、額から大粒の汗が流れ落ちる。


 すぐさまマーニが魔法を唱えた。


「冷風よ、彼の者を炎熱から護りたまえ」


 凍えるほど冷たい風が、高温になったソルの体温を急速に下げる。

 ソルは潰れたカバンの中から水入れを取り出し、喉を鳴らしながら水を飲み干した。


「ぷはーっ、生き返る!」


「私の水もいる?」


「いや、水はもういい。久々に魔法を使ったから、内臓が驚いて身体が少し痺れている。街まで戻る分には問題ないが、戦えそうにない」


 マーニが力強く頷いた。


「私がソルを守るから安心して。盾、借りるよ」


 ふたりはカバンを背負い、マーニを先頭に、ソルは魔獣の頭を引きずって、森を抜け出した。


 街へ戻り、口入屋に入ると、受付が白目を剥いて意識を失ったので、ちょっとした騒ぎになった。

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