2-140.ありがとう
「ったく!! 寝起きに顔面パンチぶち込んでくるバカがどこにいんだよ!!」
「私のパーソナルスペースを侵すのが悪い」
「今さらじゃない?って思うけどじゃあゴメンね!!」
怒鳴り合いにも似たやり取りが一段落し、ようやく空気が落ち着いた。
私は胸を撫で下ろしながら、栄養ドリンク代わりにポーションを差し出した。
「飲んどきな。少しはマシになるよ」
「ん……」
サクラは躊躇いがちに受け取った。
「心配したぞ。私もみんなも。けど無事でよかった」
「みんなも、って……ルドナとプランは……」
一瞬、サクラの視線が宙を彷徨う。
答えを聞くのが怖い、そんな表情だった。
「大丈夫。ドロシーたちが頑張ってくれたよ」
その言葉を聞いた瞬間、サクラの手がポーションの瓶を強く握り締めた。
ガラスが軋む音がしそうなくらいに。
肩が小さく震え、呼吸が浅くなる。
「サクラ」
「私が……私が、二人を……」
顔色は驚くほど青白い。
目の奥に溜まった後悔と恐怖が今にも溢れ出しそうだった。
「お前サクラのせいじゃない。みんなわかってる。そんな落ち込むなって。今回のことは誰にも防げなかったよ」
私は出来るだけ穏やかな声を選んだ。
「天災を予知出来ないのと同じでさ」
「……予知出来ないにしても、その後何とかするのがリコリスでしょ」
「ニシシ、まあそうなんだけどさ」
私はわざと軽く笑って肩を竦めた。
「いやぁ今回は参ったね。いいようにやられちゃった。あーんな美少女に手の平で転がされるのは悪い気分じゃないけど〜♡ 心配すんな。どんな物語も、第一ラウンドは主人公サイドが負けるようになってんの。次勝つための布石ってやつ? だから」
「私が!!」
サクラの声が鋭く空気を切り裂いた。
おどけた調子を遮るように、感情が剥き出しになった叫びだった。
「私が強かったら、皆と同じスキルを持ってたら、何か違ったかもしれない!! 私が弱いから……みんなが傷付いたんでしょ……」
唇が震える。
言葉の最後は掠れていた。
「誰も悪くない。操られたのがたまたまサクラだったってだけの話だよ。チェスティにしてみれば誰でもよかったんだ」
あいつは効果的なやり方で強い印象とショックを与えた。
誰に……他でもない私にだ。
「心的支配……っていうのかな。あいつはそういうのが得意なタイプなんだろ。人の嫌がるポイントがよくわかってた。それに何より、あいつは私たちのスキルとはまったく違う力を持ってた」
少なくとも私はチェスティを抑えようと【百合の王姫】を使ったし、私と魂で繋がってるみんなだってその庇護下にあった。
あいつはそれを嘲笑うように無視してみせた。
「自分の無能を棚に上げたくはないけど、あいつが私たちの誰も及ばない力を持ってるのは間違いない。肝心なのは起きたことより、この先どうするかだ。やられっぱなしは性じゃねぇ」
私は右手をサクラへと伸ばした。
「その瞬間を、一番近くで見せてやる。リベンジしよう。一緒に。最後に勝つのは私たちだ」
――――――――
この手を取れば救われる。
そう思わせるくらい真っ直ぐだ。
どこまでもひたむきで、自分を疑わない強い眼差し。
何度この眩さに目を焼かれてきたか、その度に目を背けてきたか。
今、私はまた。
「……前に、言ってくれたこと覚えてる?」
私は俯いて訊いた。
「サクラはそのままでいいよ。そのままがいい。って」
「うん。覚えてるよ」
「リコリスが、それを停滞の意味で言ったんじゃないことはわかってる。でも私はあれから……ううん、この世界に来たときから何も変わってない。ずっと弱いまま……ずっと……怯えてる……」
お母さんに刺される……なんて悪夢より悪夢な現実から逃げられない。
逃がしてくれない。
何がどうあっても、もう変わることは出来ない。
そう直感した。
「ラムールに来る前の夜、チェスティと話した」
「チェスティと……?」
「あいつは私の夢に干渉してきた……」
「……言い出せなかったんだな」
リコリスは諭すように声色を下げた。
「それを話してればまた違う対策を立てられたかも知れないのに。結局ダメみたい。頼れなかった」
そう、私は苦く笑った。
「頼っていい、信じていい、そう思えるくらいここは居心地が良かった。今まで生きてきたどの瞬間より楽しかった。女と話すこと、誰かが作ったご飯を食べられること、私みたいなのが普通の当たり前を享受出来た。それはリコリスやみんながいたから。でも……やっぱり私、女嫌いは直せないみたい」
「サクラ……」
「リコリス」
ここはあたたかすぎた。
火傷しそうで、焦がれそうで。
これ以上甘えたら、みんなに迷惑がかかるから。
「私……百合の楽園を抜けるね」
せめてこれだけは伝えよう。
「今まで優しくしてくれて、本当にありがとう」
私は初めて、リコリスと正面から向き合って笑った。
頬に透明な涙の筋を伝わせて。
もう3月ですね。
当方は絶賛風邪で死んでいます。
なのに書いてるのはどシリアス。
頭おかしくなっちまうよ。
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