2-139.拳を振り抜いた
もうずっと前のことみたいに思える。
こっちに来てから見るもの全部が新鮮で衝撃的で、自然と忘れようとしてたのかもしれない。
だけど、その現実は私に、過去は消え去らないという辛い事実を突きつけた。
足元に広がる真っ赤な血。
手に伝わる嫌な肉の感触。熱。鉄の匂い。
あの日――――――――
「桜ちゃん」
「!!」
身体が固まる。
息が止まる。
その声が。笑顔が。
私を震わせる。惑わせる。
「桜ちゃん」
「お、母、さ……」
震え……止まれ……
夢だ……これは夢……
このお母さんだって本物じゃない……
「桜ちゃん」
本物なわけない……
「あなたが可愛いのがいけないのよ?」
あの時見た顔。
あの時聞いた声。
あの時光ったナイフまで全部が同じ。
そうだ、お母さんは……私を刺したんだ――――――――
「うわァァァァァァ!!!」
夢……ここ、どこ……
頭……痛い……
ベッドの上で飛び起きた私は、目の端から涙を流しながら呼吸を荒げた。
お腹……何も無い……痛くない……
ただの夢……夢……
「ぉエ――――――――」
吐いた。
息が上手く出来ない。
苦しい。辛い。
頭が割れそう。
鼻の奥から嫌な匂いがする。
「は、コヒュ……ァ……ガ――――ぁあア、あああああああ!!」
涙でぐしゃぐしゃな顔。
冷たい汗。
シーツの上に広がる吐瀉物。
上下左右が溶ける。
身体と空間の境目が曖昧になって、自分の輪郭が消えていく。
視界、おかしい。
苦しい。
嫌だ、つらい、イヤ……誰か……
助けて……
「サクラ!!」
真っ白に霞む視界の中で、私を呼ぶ声がした。
「大丈夫だ! 大丈夫だから!!」
身体を包み込む熱は、熱いのにまるで陽だまりのようで。
思い切り息を吸い込みたいのに、肺の奥の何かが邪魔をする。
怖くて、つらくて、私は私を包む何かに縋り付いた。
「ぁ――――――――」
「……っ、あとで死ぬほど謝るから!! 今だけ我慢しろよ!!」
誰かが何かを言った瞬間、私の中にあたたかいものが吹き込んできた。
ゆっくり、ゆっくり、それが嫌なものを押し退けていく。
熱が私から離れていったとき、ようやく視界にかかっていた靄が晴れた。
涙ぐんだ目で最初に見たのは、
「落ち着いた? サクラ」
リコリスだった。
だから、
「……近い!!」
「へぶぁ!!」
私は思い切り右拳を振り抜いた。
もうすぐ世間はバレンタインです。
当方ですか?
仕事です。
リアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価にて、百合チート共々応援いただけましたら幸いですm(_ _)m




