2-138.一夜明けて
嵐が過ぎ去った静けさは、安堵どころかより一層の不安を私たちに落とした。
実質的な負傷者はルドナとプラン、それにウルの三人。
一夜明けた今もドロシーやクロエたちの献身的な治療が行われている。
チェスティに精神を乗っ取られていたサクラもまた深い眠りについているという状況だ。
「こういう言い方をしては気に障るやもしれぬが許せ。被害がここまでで留まったのは幸運だった」
アルリムは私を気遣って言ったんだろうけど、実際そのとおりなんだと思う。
私たちはチェスティに手も足も出なかったんだから。
もしもチェスティが最初から本気だったら、私たちどころか、ラムールが地図から消滅してもおかしくないほどの事態になっていただろう。
それが王宮の損壊はおろか、国民にも影響を及ぼしていないんだから、まぎれもなく幸運だ。
「目に見えている以外の被害が出ていないかどうかは、まだわかりかねますが」
アルティの言い分に王たちは眉根を寄せた。
「精神支配……または肉体のコントロールの奪取……実際にそれが正しいのかはさておき、チェスティのスキルは未知の部分が多すぎます。あの瞬間まで、私たちの誰もがチェスティの力と存在を察知出来なかったんですから」
この際サクラは除くとしても、アウラたちみたいな実力者揃いの王の護衛、そして何よりレオナでさえ自由を奪われた。
それが何を意味するのか、私たちは身をもって知った。
「チェスティ=クトゥリスは、あの場にいた誰よりも強い力を持っていた。ということになりますね」
「我々に居場所を気取られない場所から……か。そんなことがありえるのか?」
「ありえるもなにも、見た事柄が全てやろ獣帝」
レオナの斜向かいに座るヴォルタクシア老が、腕を組みながら鼻を鳴らした。
「存外厄介な相手やった。今言えるのはそれだけなんと違うかな?」
「楽観がすぎるのでは? 今すぐ対策を練らねば、次いつ奴らの襲撃が無いとも限らない」
「対策を練ってどうこう出来る相手やない。ボクはそう感じたけどな」
ヴォルタクシア老の言葉に、その場の全員が黙らされた。
「ここには各国屈指の実力者が揃って、大半がアンリミテッドスキルの覚醒者。なのに誰一人としてチェスティには及ばなかった。……少なくともあいつは、アンリミテッドスキルを越えた力を持ってるってこと……か」
「フン、馬鹿げた話じゃ」
バンと扉が音を立てる。
入ってきたのは師匠とルウリだった。
「アンリミテッドスキルは、文字通りに限界を越えた到達点じゃぞ。この最強たる妾がそこに至ったのは、リコリスという契機があったからこそ。大妖シキでさえ妾以上の年月をかけ、やっとアンリミテッドスキルを覚醒させた。たかだか小娘が、どうしてそう易々と人智を越えた力を得ようか」
「私もそこが気掛かりだけど……って、師匠、身体元に戻ったんだ?」
「ん? ああこれか。どうやっても身体が再生せぬから、ルウリに言って代替品を用意してもらった。いつまでも生首のままというのも味気ないものでな」
「すごいっしょ。エデンズライト製の骨格に、人工の筋肉、臓器、皮を組み合わせた、天才錬金術師印のスペシャルボディ。神経の接続はテルニャの魔力だけど、問題なさそ?」
「うむ。よく馴染んでおる」
首から下が全部人工……言われても全然わかんないや。
サイズも元の師匠のまんまだし。
「テルナ、その状態でスキルは使えるんですか?」
「無論じゃ。むしろ前より調子がいいようにすら思える。スキルも問題なく使えるしのう。クハハハ、さすが妾。最強無敵の不死の吸血鬼じゃ」
「油断して身体ぶん取られたくせに」
「うグッ?!」
「その状態で普通に生きてるのはさすがって感じだけど。師匠の身体が回復しないのって、やっぱり……」
「うむ……チェスティによって囚われておるのじゃろうな」
「何のために?」
「わからぬ。感覚も遮断されておるからの」
「大方リコへの嫌がらせのつもりだったのでしょう」
「とんだサプライズだったってわけね」
しかし……
「身体を奪われてるってことは……まさかあいつ、無防備な師匠のロリボディにあーんなことやそーんなことしてるんじゃ?!! くっ、私の師匠なのに……っ!! こうしちゃいられない師匠は私のだってわからせなくちゃ!! ちょっと今から一発ぐはァ?!!」
「くたばりなさい」
怒りを隠しきれないグーパンチかますのやめろ……
「さて、チェスティのこともそうじゃが。あのドラゴンもなかなかに珍妙のようじゃな」
師匠は窓辺で眠るキュートに目をやった。
「あの場で唯一、チェスティに対して有効な力を見せた。あやつはいったい……」
「わかりかねます。オーベルジオから付いてきたはいいもの、ほとんど眠っていますから。懐かれたとも違うのかもしれません。高位のドラゴンであることはたしかですが、まともに意思疎通をしようとしませんし」
「どれ……」
師匠がキュートに向かって手を翳す。
心を読もうとしたらしい。
けど師匠の紅蓮の魔力が、敢え無く霧散した。
「むっ……」
「師匠のスキルを弾いたのか」
「生意気な。しかし今ので確信した。キュートはただのドラゴンではない。妾をも凌駕する力の持ち主であると」
師匠以上……それはすなわち、キュートも世界最強に数えられるほどの存在ということだ。
依頼を受けたマリアの話じゃ、ある日突然オーベルジオに現れた新種の竜だって話だけど。
「はぁ……何もかもわかんないことだらけだ」
今まで無かったわけじゃない。
無力感に苛まれることは。
にしても今回のこれは規模が違う。
今こうしているときも、いつチェスティが何かしてくるか怯えなきゃいけないんだから。
「結局、チェスティの目的は何だったんだろうな」
「世界がひっくり返る楽しいお祭……ヒナナさんとヨルルさんはそう言っていました」
「暗殺者ギルドの双子悪魔っ娘……まさかあいつ、暗殺者ギルドを復活させたなんてことないよな?」
「ヒナナさんとヨルルさんの性格だけを考えるなら、それはありえません。彼女たちは享楽だけを理由にギルドに属していた変わり者。ギルドという居場所には執着は無いはずです。ただそうすると……」
シャーリーは少し言い淀んだ様に目を伏せた。
「彼女たちは、暗殺者ギルドに所属していた頃よりも、もっと大きな享楽を見つけたと捉えるべきです。ギルドの理念……殺しよりも魅力的で、蠱惑的な何かを」
「それがチェスティというわけですか。あのリーシュという魔人も然り、他にも仲間がいると踏んで間違いなさそうですね」
「なんかリコリス姉みたい」
何気なく呟いたマリアにその場の全員の視線が集まって、マリアはビクッと身体を震わせた。
「マリア何変なこと言ってるの? ちょっと空気読みなよ」
横のジャンヌに窘められながら、マリアはハッとした。
どうやら無意識のうちに出た言葉らしい。
「ご、ゴメン……」
「いいよマリア。でもなんでそう思ったの?」
「う、うん。ほら、私たちはみんなリコリス姉のことが好きで一緒にいるでしょ? リコリス姉は魅力的っていうか、とにかく人が自然に集まるじゃん」
「まあ私だからな痛たい!」
調子に乗るなとばかり、アルティにおもっきし頭殴られた。
「べつにあの人がリコリス姉と一緒とかじゃないけど、当然みたいに皆の中心に立ってるっていうか……ゴメン上手く言えない。でもなんとなく似てるなって思っちゃったの」
「たしかにチェスティも見た目ドスケベな超美少女なのは間違いな痛すぎぃ!!」
首から上が吹っ飛んだかと思ったアルティふざけんなお前。
「いてて……」
「リコ、一応確認ですが」
「んぁ?」
「チェスティが生き別れた双子の姉妹なんてオチじゃありませんよね?」
「なわけあるか」
だとしたら気付くわ。
赤ちゃんの頃どころか前世の記憶まであるんだぞ私。
なんて肩を落としたその時。
「随分楽しそうな話をしてるじゃない」
ドロシーとクロエが疲れた顔でやって来た。
「みんなは?!」
「落ち着きなさい。アタシが処置したんだから無事に決まってるでしょ」
「一人の手柄にすんな◯ンカス。神様ぁ〜♡ クロエ頑張りましたよぉ〜♡ いっぱいヨシヨシしてくだたぁ〜い♡」
「キモ」
「あ?」
軽口を叩けるくらいには安心していいってことらしい。
私はよかった、と胸を撫で下ろした。
「ありがとうドロシー、クロエ」
「……まあ、全快させたとはとても言えないけど」
ドロシーは自分の不甲斐なさを吐き出すように深く息をついた。
「容態は?」
「ルドナもプランもウルも、ひとまず命の心配は無いわ。傷は治して輸血もした。今日一日は絶対安静ね。今はゲイルとトトが看てくれてる」
「サクラはどうですか?」
「まだ目を覚まさないわね。スキルを持たないただの人間が精神を支配されていたんだから、相当の負担があったでしょうし。しばらくは様子を見るしかないわね。にしても……たった数人の治療にここまで時間がかかるとは思わなかった。アタシとクロエがスキルを全開にしてこのザマなんだから笑えないわ」
「スキルを阻害されたとも違う、そもそも私たちの力とは別の力が要因と考えるのが自然です。ゴメンなさい神様……私にもっと力があれば……」
「二人はよくやってくれたよ。皆の命を繋いでくれただけで感謝してる」
二人の尽力が無かったらと思うと背すじが寒くなる。
みんなが無事で本当によかった。
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございますm(_ _)m
今年も何かと仕事に追われる年になりそうですが、皆様に変わらぬ百合を届けられたらと思います。
ぼちぼち雪がひどくなりそうな予感がしていますが、お身体に気を付けて当方の百合をお楽しみくださいm(_ _)m
今年もよろしくお願い致します。
無色
応援のリアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価などいただけましたら幸いですm(_ _)m




