2-137.白竜
『円卓会議まで時間も無い。可能な限り妾の方で調べよう。いつ何時向こうが仕掛けてくるとも限らぬ。そなたらも万全を期すように心掛けよ。なに案ずるな。万事妾に任せておくがよい』
そう言った師匠を、私は何も心配することなく送り出した。
なのに、なんだこれは。
師匠は最強だぞ。
それなのに。
「チェスティ……!!」
私は自分で魔力を抑えきれなかった。
迸る緋色の魔力が宮殿を震わせ、壁に亀裂を走らせる。
「チェスティーーーー!!」
「いい顔になってきたじゃない」
ヤバい、身体が止まらない。
サクラを傷付けるわけにはいかないのに。
私の魂が怒りで染まる。
「リコ――――――――!!」
アルティはチェスティへの憤慨よりも私が暴れることを危惧したらしい。
即座に魔力を練り氷で私を足止めしようと試みた。
マリアやシキ、エヴァたちも同様に。
けどゴメン。
もう我慢無理だ、って箱を置いた。
私の女をこれ以上……傷付けさせてたまるか。
私は廊下が砕けるほど強く踏み込んだ。
「く、ふあぁ~……」
そして、間の抜けたあくびに脱力して顔から転んだ。
「へぶち!!」
な、なんだ……?
「なんじゃ騒がしいのう……まだ夜明けには早かろうに……」
「テ、テルナ……?」
「んぁ? アルティ……? ここは……」
「師匠……無事、なの?」
「無事? ……………………おおう?!! 妾の身体無いんじゃが?!!」
ただ一人呑気なのやめてくんないかな。
「ああいや待て……思い出したぞ……。そうじゃ妾は……そこにおるなチェスティ=クトゥリス!! よくも妾をこのような目に遭わせてくれたのう小娘ぇ!!」
「随分と元気そうね。首だけになってもまだそれだけ吠えられるなんて。さすがは世界最強の吸血鬼。けれど、その惨めな姿……かのブラッドメアリー家の恥を晒してるとは思わないの?」
「囀るな!! 千年近く帰っておらぬ家に外聞も何もあるか!!」
「師匠おれ恥ずかしいよ」
「リコリス、さっさとあの痴れ者をしばき倒してしまえ!! この妾に斯様な狼藉……万死に値するわ!!」
「ちなみになんで師匠はやられたの?」
「ぴゅ、ぴゅー……ひゅるる〜……」
眼球がバタフライしてやがる。
「い、いやぁ〜……あやつ、卑怯な手を使って妾を罠に……。そ、それで、のう? ちょっと油断して……」
「話し合いをしましょうとお酒を出したら食いついてそのまま酔いつぶれたのよ」
「あ゛ーーーー!! 言うな言うでないチェスティ貴様ぬわああああ!!」
おっといけないつい師匠の頭を投げ捨てちゃった。
「苦労するわね。使えない部下がいると」
「ナメんな。たしかに師匠は働かないくせに一日中酒浸りで、ギャンブルで身を滅ぼしては人にたかってお小遣いをせびるような、どうしようもないのじゃロリだけどな」
「言いすぎじゃろ!!」
「ヤるときはヤる女ってことを私たちは知ってる。私たち以外が師匠をいじんなよ」
「どうしようかしら。仲が良くて反吐が出そう」
「出すもんは反吐だけで足りる? どうせなら全部曝け出してみない? 可愛いところも弱いところも。丸裸にしてやるよチェスティ。そんでわからせてやる。私にマウント取るのは銀河創世より早いってな」
「お遊びで済ますつもりだったけど……ここで」
貼り付いていた微笑が消え、空気に圧迫感が増す。
私たちが即座に臨戦態勢を執ると、チェスティの背後から声がした。
「あれぇ? みんな何してるの?」
「もうパーティーは終わったんですか?」
「アリス! リリア!」
なんでこのタイミングで……
チェスティの意識が子どもたちに向く。
「サクラ……じゃない。誰?」
異変を感じ取ったらしいけど、アリスには自由気まま故のムラッ気があるから咄嗟の対応に難がある。
アリスならチェスティの力を弾ける確証があるわけでもない。
力ずくで止めるしかない。
「百合の誓い!!」
【創造神竜の原罪】……それは【百合の王姫】と【創造竜の魔法】を昇華させた、限界を越えたその先のスキル。
多次元上で起こった現実……世界の改変を突きつける百合なる世界は、絶対不可避にして誰も破れない私の切り札だ。
たとえ師匠、シキ、レオナ、それにアリスが束になっても百合なる世界を防ぐことなんて出来ない。
なのにこの嫌な予感はなんだ。
私はこの技を一度衆目に晒している。
何人がその詳細を解析、理解出来たかはさておき、剣魔祭という大舞台でこれを見せた以上、何らかの対策を立てられた可能性は拭いきれないのも事実。
安易に切り札を切るべきじゃなかったのかもしれない。
チェスティの目が、待ってましたと言わんばかりの勝ち誇った笑みが、私の不安ををこれ以上なく加速させた。
「……ッ!!」
だからって他に手があるわけじゃないだろ。
止まるな。止めるな。
みんなを守るためだ。
「百合なる――――――――」
そのとき。
白い風が吹いた。
どこから飛んできたのかはわからないけれど、その白い小さなドラゴンは、私とチェスティの間に割り込んだ。
「キュート……?」
一瞬、キュートの青い瞳が私を一瞥した気がした。
「邪魔よ、たかがドラゴン風情が」
チェスティが右手にドス黒い魔力を集めたのも束の間、キュートの魔力がそれを掻き消した。
鍛え上げられた魔力はそのものが高位の魔法に匹敵する。
キュートは羽ばたきを一つ、寒気がするほどの膨大な魔力の波をチェスティに浴びせた。
「くっ……!! この魔力……そう、あなたもなの……クク、アハハハ!! まだこんな切り札を隠し持ってたなんて。存外意地が悪いじゃない。いいわ、今日はこれで終わり。おとなしく引いてあげる」
余波でさえ気絶しそうな魔力の中、チェスティは冷や汗を浮かべながら声を上げた。
「待ちなさいチェスティ=クトゥリス!! このまま逃がすと思っているのですか!!」
「逃げる? 私があなたたちを見逃してあげるのよ」
「減らず口を……!!」
チェスティが私に向けて指を差す。
「せっかくの円卓会議を、こんな砂埃の酷い場所でなんて興が削がれちゃう。続きは私たちの国でやりましょうよ」
「魔界国……イルミナか……」
「めいっぱい歓迎してあげる」
宣戦布告か。
上等だ。
「首洗って待ってろチェスティ。せいぜい私が満足する酒池肉林を用意しておけよ」
微かな笑みを見せた後、キュートが魔力の放出を止めた。
同時にサクラの身体が傾く。
「サクラ!!」
前のめりになる身体を受け止める。
気を失ってる……命に別状は無さそうだけど、はやくドロシーに診せた方が良さそうだ。
「他に何があったとも限らぬ。王宮のみならず街へ兵をやれ。早急に被害の状況を確認せよ」
「はっ!!」
アルリムの指示で兵が動く。
幸い今ここにいる面々は大事ないみたいだけど。
「リコ」
「うん……。あれ、キュートは?」
「さっきまでそこに……いませんね。勝手気ままな……そのうち顔を出すでしょう。今はサクラを」
キュートはどこかへ飛んでいったようで、姿はどこにもなかったけど、廊下には銀の魔力の残滓が漂っていた。
キュートのあの目……なんか見覚えがある気がしたんだけど……
気のせい、かな?
今回も読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
年内更新はおそらくこれが最後となるでしょう。
仕事忙しすぎふぁ◯くということで。
来年もまた変わらぬお付き合いがありますように。
pixivでは百合チートをイメージしたAIイラストを公開しています。
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