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菜乃花の言葉


「<武具顕現>」


 魔法陣から覗く柄を握り勢いよく引き抜く。


 構えた自慢の愛刀は妖しく光り、刀身が煌めく。片手で魔法陣を展開し、演算するのは<火竜咆哮炎(ドラゴニックフレイム)>。

 もちろんの事ながら改変を施しており、汎用の攻撃力より大幅に強化されたものだ。


「さぁ、行くぞ」


 大地を踏みしめ、勢いよく駆ける。


 疾風を切り裂き、瞬く間にクロクルとの間を詰めて背後に回る。

 がら空きとなっている背中を魔道・神楽で切りつけようとするが、クロクルは避けて更に加えて反撃をしてきた。


 クロクルの正拳突きは俺の腹部に直撃するかと思えば、しかし既でのところで攻撃を止めて大きく横にジャンプした。


 そして俺とクロクルの間に放たれる<火竜咆哮炎(ドラゴニックフレイム)>。俺が先程、設置していたものだ。


 攻撃をそのまま行い、俺に一撃を与えていたらクロクルに当たるはずだったのだが、やはり悟られた事に歯噛みする。


 だが、そんな躊躇も戦いにおいては邪魔である。すぐに切り替えて、広範囲に書き換えた<水流五月雨(デニッシュ・ダル)>を発動する。


 威力も落ちないように演算されているはずなのだが、クロクルは避けようともせずに平然とその中を歩いてきた。


「どうした? 避けないのか? ほら大粒の雨が降るぞ?」

「ふん、怒りで冷静さを欠いているとでも思ったたか? このような小雨、造作もない」


 クロクルは右手を宙に走らせる。


 すると豪雨とも言える<水流五月雨(デニッシュ・ダル)>はやがて小雨にへと変化していき、しまいには消えてしまった。


「次はこちらから行かせてもらおう」


 刹那、クロクルの姿が視界から消えた。


 否、そう感じてしまう程に素早く駆けたのだろう。

 <魔神ノ領域>による身体的強化の効果によるものだと思うが、まさかここまでとは思わなかった。


 ──だが、恐れることは無い。


「フンッ!」

 

 足を持ち上げて、そして勢いよく地面を踏む。


 魔王城の豪華であった床は盛大にひび割れ、俺を中心に盛り上がる。

 クロクルの魔力である程度の強化が施され、崩壊までいかないとはいえ時間は稼げる。


 俺は気配感知に集中すると、あの独特の魔族の気配をキャッチする。


「そこっ!」


 短い言葉と共に魔道・神楽を突き出した。

 少し外してしまってかすってしまった切っ先からはクロクルの血が伝う。


「──チッ!」


 舌打ちが聞こえた。

 恐らく思う通りにいかず、体勢を持ち直すため間を開けたのだろう。


 絶好の機会だ。この隙を逃す訳にはいかない。


「抜刀・一閃」


 鞘に収めた魔道・神楽を素早く抜刀する。

 それにより生じた風に魔力を宿し、斬撃となりてクロクルを襲った。


「効かぬ」


 いくら手負いとはいえ効かなかったか。


 だが、これはブラフだ。本命は別にある。


「煙の中、索敵を怠ったな」


 煙の中、即座に現れる魔力体。


 それは<七つの大罪(セブンス・ギルティ)>において〝傲慢〟を司る魔力体である。

 その魔力体が確かにクロクルの心臓を貫いた。


 だが、クロクルの体は回復していく。

 <蘇生>による魔力消費が激しく、クロクルの額には汗が伝っているが、それは俺も同じだろう。


 魔力体を維持し続けるのに魔力を消費して、加えて<魔王装束>の維持。


 目に見えるほどに疲労が俺を襲うが、まだ倒れる訳にはいかない。


 クロクルの同じはずなんだ。あと少しで倒せる。なのに足が動かない。


 そんな拮抗が続く中、クロクルはおもむろに口を開いた。

 

「ここまでやられ、魔力を消費し、神殺しに出迎えず、実の孫にまで馬騰される始末。これが魔神? これが始まりの魔王? ──否、断じて否である! 我が目指し、手に入れた強さはこんなものではない、神を下し、世界を手にした男が負けるはずない。調子に乗るな、我は魔王ぞ、魔神であるぞ! 我の全てを放出し、カエデ、お前を殺す。どうせ、転生するんだ。その時は家族皆で……」

「──いい加減にしてよッ!」


 クロクルの言葉を遮り、菜乃花が叫ぶ。


「家族はもっと暖かいものでしょ!? 貴方がそんな顔で家族を話してたら、あの世で奥さんが泣いちゃうよっ!」

「泣く、だと·····ラシルが?」

「そうだよ、そんなことを話していると泣いちゃうんだよ」

「そんなわけ……」

「そんなわけあるんだっ! どんな貴方を奥さんは惚れたの? 私はそんなの分からないよ。でも、これだけは言える。絶対今の貴方ではないっ!」


 サクリファイスを地面にへと突き、かろうじて立ち上がる菜乃花は胸に手を当てる。


「私は楓が好きだよ。それは昔のエヴァンなんて、魔王だった頃の楓でもなんでもない、今の楓が好きなんだ。私だけじゃない。ここにいる皆が、今の楓が好きなんだ。魔王なんて、エヴァンなんてそんなところに惚れたんじゃない。楓の全てに惚れて、ここにいる。ラシルさんも同じなんだ。魔族と人間の戦いに疑問をもって、優しい心を持つ貴方の全てに惚れたんだよ、でも醜い心で汚れて、自分のことしか考えず、優しさを忘れた貴方に魅力なんてない。そんな貴方が家族を語らないで!」


 ·····菜乃花。


 重なる想いを受け、言葉を失う俺。


 一方のクロクルは苦悩していた。


「我に間違いなんて、間違いなんて……ラシルも人間共を殺して欲しいと思っているはず。そうクリンも、そして誰もが·····」

「そんなことない。まだ、今なら──」


 菜乃花の優しさがクロクルに触れた瞬間、クロクルの苦悩が弾け飛ぶように、魔力の全てが放出された。


「間違いなんてないんだァァァァァァァァァァアアアアッ! ──<制御装置解除(リミッターカット)>」


 クロクルの姿が変貌する。あまりの力の強さに魔族の体に収まらない。故に、それに見合う体へと、徐々に変体を始める。怒りからかドス黒く濁った魔力が吹き出し、翼を型どる。魔族の角が異形に発達し、眼は紅く、黒が入り混じる。骨格は魔族のそれをとうに変え、腕も足も筋肉が凝縮し、細くなる。数秒の時を超え、変貌が落ち着いた頃には前のクロクルの姿など見る影も無かった。


「嗚呼、嘘のように頭が落ち着いている。これが<魔神ノ領域>で強化されし、<制御装置解除(リミッターカット)か……。気分がいい」


 本当にクロクルなのか? 瞬時に出た疑問はこの場にいる誰もが感じていることであった。しかし、それを考える間もなく、強烈なプレッシャーが襲う。

 それを形容するなら凝縮されし闇。深く、寂しく、しかし怒りを含んだ心の闇。それは確かに俺らの戦意を蝕んでいた。


「これで恐るものはない。この場合、地球では……第二ラウンドか? 二回戦目を始めるとしよう」

 

次回、長かった戦いが幕を閉じます。お楽しみにッ!

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