孤独な者
煙の中、クロクルが現れる。恐らく<蘇生>を使ったのだろう。額からは汗がにじみ出ている。<蘇生>と言っても、完全ではなく傷も残っているところから、残り使用できる<蘇生>の数は限られてきた。が、魔力消費が激しいのは何もクロクルだけでない。それは、アマサたちも同じである。
「後、数回……」
ユウキが魔眼を働かし、残りの魔力量から逆算し残り数回。その事実に安堵しかけるが……。
「でも、こっちも限界」
辺りを見渡す。全員が例に漏れず汗を流している。息も上がっているようだ。元魔王たちとの連戦の数々、消耗していないと言ったら嘘になるが、しかして絶望の顔もない。
「このまま決めきりましょう」
サナが残り少ない魔力で全身全霊のエンチャントをかける。
「顕現せよ、我思うままに、束縛せよ、眼前の立つ敵に悪魔の悪戯を、祝福せよ、我が同胞に天使の加護を──<天使と悪魔の囁き>」
黒い魔力粒子集合体──悪魔が悪戯を、白き魔力粒子集合体──天使がそのラッパをもってアマサを始めとした同胞に加護の祝福を、付加系統の真髄が発動する。
しかし、黙って見過ごすほどクロクルは甘くない。
「させんッ、これ以上は!!」
クロクルの感情に反応し、巨大な魔法陣が反応する。それは魔王城自身が呼応しているが如く、クロクルの身体能力強化が、デバフを弾き飛ばす。
「行くっすよ!」
両者が一斉に駆けた。
* * *
俺の目の前で戦闘が繰り広げられる。それは、俺に衝撃を与えた。
俺はまだ負けていては無かった。魔力の消耗が激しく、<蘇生>が間に合わなかっただけである。だから、不完全な<蘇生>であり、完璧に治癒したわけでもなく血反吐を吐き出した。そんな相手に守る対象であるアマサたちが善戦している。この事実は衝撃的であった。
その差である、俺になくて彼らにあるものは一目瞭然であるが、それは決して俺には手の届かないものだ。それは──仲間。
魔力を消耗しているのなら、誰かがその時間を稼げばいい。誰かが怪我をしているのなら、誰かがそれを治せばいい。そのように、助け助けられの関係──それが仲間である。かつての俺が探していたものだ。この世界に再び戻ってきて、それなりに人間たちと関係を結んできたが、その仲間は遂にはたどり着けなかった。
彼らは俺の守るべき大切であり、特別である。
それは俺個人で決められるものであり、彼らがなんと言おうと、守るべきである。しかし、仲間は違う。それは俺個人で決められないし、決めるものでない。複数の同意があって初めて〝仲間〟である。幾ら主従関係で関係を結ぼうとも、決して仲間にはならないだろう。
昔、俺が歩み寄った種族にこう言う奴がいた。
「お前なんかと手を結ぶわけがないだろう! この化物めッ」
一言一句覚えている。
故に俺の周りには仲間がいなかったし、それきり作ろうとも思わなかった。神殺しを成した俺に近寄るのは暗殺者や勇者ばかり、それも皆俺の最上級の前にあえなく撃沈。恐らく国の計らいだろうが、<転移>で強制帰還されていた。その中、唯一俺の魔法に耐えられたアルテガも、結局は国に裏切られ、俺が止めをさした。友はいても、仲間がいなかった。その友も死に、孤独となった俺は末に自害し、<転生>した。
その先に待っていたのは光である菜乃花だが、俺にその光は眩しかった。最近、その想いも遂げることができたが、未だに不安になる。
幾ら不敵な笑みを浮かべようとも、幾ら圧倒的な力を所有していようとも。俺は孤独で不安の毎日だ。
最後にアマサたちがかけてきた言葉の意味すら分からない。
結局、俺にはエヴァンである俺には仲間なんて……
ここで俺は矛盾に気づく。俺はカエデということだ。エヴァンであり、カエデ。今までそう思っていた。だから、エヴァンの力を用いて、エヴァンの名を時には語った。だが、今の俺はカエデだ。
一瞬、頭にある考えが過ぎる。
エヴァンでは無理だったことも、カエデだと出来るのでないか。
もし、もし、菜乃花の言ったことがこれなら──或いは!
「きゃ」
菜乃花の悲鳴が小さく響く。戦況は著しくない。最初の勢いも魔力の消費により弱まっている。連戦による疲労も関わっているせいで、アマサたちはぐったりと倒れる。
「これでおしまいだ。これで世界の初期化に入れる」
「どういうこと!」
クロクルの言葉にネロが声を荒げる。
「そのままの意味よ。この世界は腐っている。人間共は醜く、汚れている。その存在は絶滅しても、尚残り続けるだろう。ならば、神が作ったこの遊技盤ごと作り直せばいい」
「カエデは、エヴァンがどうなってもいいの!?」
「初期化したあとに転生すればいい。ただそれだけのこと。その方が幸せに暮らせる」
ネロの考えていたカエデの救済がまさかの世界の初期化であることにネロは驚きを隠せない。
「ラシルやクリンの思い出も、全て消してしまうの!?」
「……あぁ、全てだ」
クロクルはその体を浮游させる。
「冥級魔法の全てを使えば不可能でない。神の殲滅をし、次に人間。魔族も獣人も全て……その後、創造すればいい。今度は我に従順な生物を、その子としてカエデは転生する。素敵な楽園でないか。そこだったら、ラシルもクリンも生み出せる。この世界の所有権は我の元にあるのだから」
狂っている。そう思うしかない。語るクロクルの眼は狂喜に満ちており、とても耳を傾けるものでなかった。悔しいが何もすることができない。全員が歯噛みする。悔しさに顔を歪め、涙を流す者も。
「さぁ、世界の初期化を始めようか──」
「させねぇよ」
グフっとクロクルの口から血が伝う。朧げにクロクルは自身の体を見る。そこには己の血を纏った腕があった。
「カエデ……」
「させないよ、爺さん。いや、クロクル」
いつもの不敵な笑みを浮かべるカエデがそこに立っていた。




