100話記念 看病
これは、カエデが転移する前の話である。
いつもと同じ通学路の上を飛ぶ。通り過ぎていく民家や、施設を数々を尻目にして、目的地の高校までひとっ飛びだ。
魔法を使っているとバレたくないのに、こんな行為をしている俺は正直馬鹿だと思うが仕方のないことなんだ。これは元魔王でも取り返しのつかない失敗をしてしまった結果である。
俺は額に汗を滲ませながら、全速力で飛行魔法を行使した。
数分後、何とか高校に着いた。よし、どうやら間に合ったようだ。身体能力の魔法をエンチャントし、教室まで階段をかけ上る。
「ま、間に合った!」
教室のドアを勢いよく開ける。その先に広がっていたのはいつもと変わらない光景。生徒が席に着席し、こちらを見ている。
どうやらギリギリセーフってとこか。
「いやぁ、危なかっ、た·····え?」
何故か、足がこれ以上進まない。いや、原因は分かっている。
「先生·····」
担任の教師である女性が、俺の肩を掴んでいたからだ。そして、一拍。
「佐藤、遅刻だぞ☆」
可愛らしい笑顔と共に親指を立てる。そして、俺が一番恐れていた言葉。
「後で、職員室ね!」
「·····はい」
どっと笑いが起こる。
うるせぇ、笑うんじゃねぇ! あぁ、そうだよ。わざわざ魔法を使ってまで急いでいたのは遅刻したから、寝坊したから! 別にクラスメイトがピンチってわけでも、学校が危ないって訳でもない。ただの寝坊なんだよ。
「とりあえず席につけ、佐藤は職員室、忘れるんじゃねぇぞ」
「はい」
正直忘れたいけどね。
重い足取りで席につくと、前の席の男子生徒が話しかけてきた。
「よぉ、楓。寝坊か?」
「あぁ、そうだよ。ったく、いつもだったらお前だったのにな、蓮」
こいつは木村 蓮。割と仲の良いクラスメイトだ。こいつは遅刻魔だからな。いつもだったら、あの時笑われていたのはコイツだった。
「まぁ、そこは否定しねぇけどよ。しかし、お前が遅刻か。珍しいな·····どうせ、深夜までエロ動画だろ?」
「違ぇよ」
悪い悪いと蓮が軽く謝ってくる。
「今日は菜乃花が起こしに来てくれなかったんだよ」
「あぁ·····」
そう言って蓮はある席を見つめる。あれは、菜乃花の席か。椅子がしまわれていて、誰も座ってない。
「桜井は今日、休みだ」
「なん、だと·····」
そんな話は聞いてないぞ、なんで幼なじみの俺じゃなく、こいつが知ってるんだ。
「休みの電話が入ったのがさっきだったからな。先生が言ってたから間違いないぞ」
「そうか·····」
言いながら、俺は頭をフル回転する。
あの菜乃花は意外としっかりとしている一面がある。毎朝俺を起こしに来てくれるし、提出物関連も、勉強も俺はアイツに頭が上がらない。そんな菜乃花が遅めに電話を入れたことにはわけがある。
頭を酷使している俺に、蓮が言う。
「ほんと、桜井のことになるとガチになるよな·····」
「当たり前だろ。大切な幼なじみなんだ」
「幼なじみ、ね。お前、告白とかしないの?」
蓮は俺が菜乃花に好意を抱いているのは知ってる。というか、こういうことに関しては敏感なんだ。そして、この質問をされる度にこう答える。
「しない」
「なんでよ」
「何回も言ってんだろ。俺とアイツじゃあ釣り合わない」
「はぁ、ルックスなんて気にしないと思うけどな·····」
まぁ、そこも問題だが、俺が言っているのは別の方だ。元魔王である以上、俺には罪がある。罪人が幸せを手にするのはおかしなことだろう。
「とりあえず、職員室行ってくるわ」
「おう」
朝のホームルームが終わり、職員室へ向かう。ノックをして担任の元へ向かう。
「お前が遅刻とは珍しいな」
「今回は起こしてくれる人がいなかったので」
「あー」
担任には今の一言で大体が分かったらしい。苦笑いを浮かべる。
「お前も高校生だ。いつまでも桜井に甘えるなよ?」
「はい」
「遅刻は三回で反省文だから、今回は見逃す·····と言いたいところだが」
はて? そこまで先生は怒っているのか?
そんな俺に数枚のプリントを先生が手渡ししてきた。
「今日配るプリントだ。いつも起こしに来てくれているんだ。恩を返さないとな。今日の放課後は会議なんだ。なので、今のうちに渡しとく、忘れるなよ」
「わかりました」
どうやら、先生なりに気を回してくれたのか。·····恩なら常日頃からしているが、返したことは少ないな。守るっと言ってもこの世界は平和だ。事件なんかは少ない。それに菜乃花が巻き込まれる可能性もまた少ないだろう。
なら、こういうところで恩を返すのはいい事である。溜まりまくった恩を少しづつ返していくとしよう。
「はぁ、やっと終わったぁ!」
蓮が背筋を伸ばしながら、大きな声で言う。
「うるせぇよ」
「放課後ゲーセンでも行くか?」
「いや、先生から頼まれててな。菜乃花のお見舞いに行くつもりだ」
「·····そうか、まぁ頑張れよ」
意地の悪い笑みを浮かべていたが、大体察しがつく。多分明日は蓮にいじられるだろうな。
あえて、スルーした俺はそのまま菜乃花の家に向かう。
「着いた·····」
立派な一軒家だ。結構な広さがある。庭もついており、小さい時はよくかけっこをしたものだ。
俺は躊躇いなく進み、インターホンを押した。が、返事がない。再度押すが、同じである。
そして、三度目を押そうとした時、扉が開いた。
「あれ? 楓だぁ」
パジャマ姿の女の子。容姿は整っており、美しいと言うよりかは可愛いというタイプの女の子だ。いつもは結んでいる髪も下ろされていて、クラスメイトなら新鮮さを感じるだろう。
「菜乃花大丈夫なのか?」
「えへへ、薬飲んだから大丈、ぶ·····」
「危ないっ!」
倒れかけたのを支える。
「まだ少しふらつくみたい」
「ったく、無理させて悪かった。おじさんとおばさんは?」
「二人とも仕事。外せない用事みたいだったから」
どうりで電話をかけるのが遅くなったわけだ。家に一人しかいないのだから、電話をかけるのも一苦労したのだろう。
菜乃花の両親は共働きで同じ職場で働いている。まぁ、だからこそこんな広い家を買うことが出来たのだろうが、共働きはこういう風なことが起こるから不安なんだ。
「そういう時は俺を頼れ」
「でも、寝てたみたいだから。起こしに行けなくてごめんね?」
俺はつくづく馬鹿だと思った。ったく、こんなことなら寝坊癖直しとくべきだった。
「とりあえず、部屋に連れてく。いつまでも玄関じゃあ余計に拗らせちまう」
ヒョイっと菜乃花をお姫様抱っこし、抱えあげる。あまり体に振動を与えないように、二階にある菜乃花の部屋までいく。
何気に菜乃花の部屋に入るのは懐かしい。中学からはお互い部活とかで一緒に帰ることが少なかったからな。当然、遊ぶ回数も減ってった。それでも疎遠にならなかったのは、菜乃花の面倒見の良さであろう。
俺は静かにベッドへ菜乃花を寝かせ、布団を被せる。どうやら、ただの風邪だったようで安心したが、熱がひどい。無理させてしまったからだろう。おじさんとおばさんは多分夜遅くまで帰ってこないだろう。後は俺が面倒を見なければ。
「帰り道、ゼリーとかプリンとか買ってきた。今から飯を簡単に作るから、食後のデザートに食えるようなら食べてくれて構わない。お粥を作るんだが、味は注文あるか?」
「卵で·····」
か細い声で言う。
「悪い、外に長くいすぎたせいで、また辛くなっちまったか。多分昼もまともなの食ってないだろ。待ってろ、すぐ作ってくるから」
この家は材料は揃っている。普段から家にいることの少ない親なのだ。菜乃花のために材料だけは毎回切らすことなく補充してくれている。
「ありがとう」
「気にするな。安静にしてろよ」
急いで台所に向かい、鍋を用意する。
「ご飯は·····残ってるな」
朝かなんかの残りだろう。そこから茶碗一杯分用意して、鍋に水を入れる。
「沸騰してきたら、ご飯を入れて、弱火でっと」
焦げないように回して、全体がとろっとしてきたら、火を止めて、溶き卵とネギを入れて軽くかき混ぜればっと。
「完成だな」
出来上がったのを早速、菜乃花の元へ持っていく。
「出来たぞ、一人で食えそうか·····って無理そうだな」
明らかに無理だろう。ここは俺が食べさせるか。
「ほら、お粥」
「んっ、あふっ」
熱さを我慢しながらはふはふと口の中で冷ます。そして飲み込んだ感想は──
「おいひい」
「そら、良かった」
正直不安だったが、良かった。
「ほれ、まだ残ってるから、ゆっくりな」
「あふっ」
その後、熱さを格闘しながらも全部食べきった菜乃花は全身を火照らしながら、言う。
「暑い」
どうやら、体が温まってきたようだ。汗とか着替えとかを変えたりしたいが、高校生の女子の裸を見るのは菜乃花の事を考えると躊躇われる。仕方ないが、魔法を使うか。
「眠れ·····」
静かに額から魔法をかけ、眠らせていく。しっかりと寝息が聞こえてから、タオルで目に見える汗を拭き取り、仕方ないが裸を見ないようにパジャマの下からできる限り汗を拭き取る。
新しいパジャマは重力の魔法でパジャマを浮かして、目を向けないようにやった。
少し実った二つの果実が俺の視界に写ったが、あれは果実だ。決して、胸じゃない。ないったらない。
「心地よさそうに眠ってやがる」
一通りの事をしたからか、呼吸も安定しており、顔色も優れてきた。
まぁ、いつまでも部屋に居てはまずいからな。一階でおじさん達が帰ってくるまで待つか。
そして、部屋から出ようとベッドから遠のいた瞬間、ふと制服の裾を掴まれた。
「待って·····楓·····」
魔法はまだ発動している。寝言か。
「行かないで、私を一人に、し、ないで·····」
菜乃花は幼稚園の時も両親の帰りが遅く、一人で園内に残っていた。それを見ていると昔の俺を見ているようで俺から近づいた。
気まぐれだと思う。だけど、その気まぐれが俺に光を与えてくれた。菜乃花という存在はそこまでに俺の中で大きくなっている。
菜乃花の顔にかかった髪を耳かけ、頬を優しく撫でる。まだ微かに火照っている頬は風邪の熱さもあるが、人の温もりがあった。
俺はそのまま手を握る。やはり温かい。
「菜乃花·····」
気持ちよさそうに眠っている少女は、俺の声に反応し、微かに笑みを浮かべる。
「一人にはさせない。俺が必ず守ってやる」
いつか菜乃花と共に歩く者が見つかるまで、俺がそいつの代わりに、幼なじみとして。
罪人にはこの光は眩しすぎる。出来るのであれば·····いや、必ず幸せになって貰いたいものだ。
決意新たに、俺は握る力を強めた。離さないようにしっかりと、握り続けた。
数日後、異世界召喚されるとはこの時は知る由もなかった。
これは元魔王で転生し現地球人となった俺が、次は勇者として元の世界に召喚される話である──
遅くなりましたが、100話突破ありがとうございます。ブクマや評価により、本来ここまで続ける気がなかったこの作品も100話まで来ました。完結まであと少しですが、引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。




