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生徒会本部

 放課後。雷翔と玲央は、担任から渡された案内を頼りに生徒会本部へ向かっていた。


 東雲学園の生徒会が、一般的な高校より強い権限を持っていることはすでに聞いている。校則、行事、予算、部活動。それらについて、生徒自身がかなり深く関与できるらしい。


 雷翔が生徒会への参加を決めた理由も、結局はそこだった。教師に言われた仕事を代行するだけなら興味はない。だが、本当に何かを決められるのなら話は違う。


「楽しそうだね」


 隣を歩いていた玲央が言った。


「そう見える?」


「昨日からずっと」


 雷翔は少し笑った。


「高校の生徒会なんて、全校集会で挨拶して行事の司会するくらいだと思ってたからな。ちゃんと権限があるなら、そっちの方が面白いだろ」


「権限が好きなんだ」


「使えない肩書きはいらないってだけ」


 玲央は「そう」とだけ答えた。他人と話す時なら、それで会話を終えているところだろう。けれど雷翔が相手だと、その横顔を少しだけ長く見ている。


 生徒会本部は校舎の一角、一般教室から少し離れた場所にあった。扉の横には『生徒会本部』と書かれたプレートがある。


「本部なんだな」


「何が?」


「生徒会室じゃなくて」


 玲央はプレートを一度見ただけだった。


「どっちでもいい」


「夢がないな」


「生徒会室に夢を持つ人、初めて見た」


 雷翔は笑いながら扉を開けた。中は想像していたより広かった。


 机がいくつも並び、壁一面を占める書類棚には分厚いファイルが詰め込まれている。複合機や端末も置かれ、部室というより小さな事務所のようだった。


 そして、思っていたより忙しい。何人かの生徒が資料を運び、奥では二人が何やら言い争っている。電話まで鳴っていた。入口近くにいた女子生徒が顔を上げた。


「一年生?」


「一年一組の天城雷翔です。生徒会に参加することになって」


「月詠玲央です」


 玲央は短く名乗った。女子生徒は名簿を確認し、「少し待ってて」とだけ言って奥へ向かった。


 玲央もそれ以上会話を続けようとはしなかった。ほどなくして、見覚えのある男子生徒が出てくる。先日、一年一組へ生徒会の説明に来た大原だった。


「来たか。改めて、二年の大原。一般書記をやってる」


 雷翔は少し意外に思った。


「役員じゃないんですね」


「俺は違うよ」


 大原は壁に貼られた組織図を指した。


「選挙で選ばれる執行部は五人。会長、副会長、書記局長、会計局長、庶務局長。それ以外は、必要に応じて書記、会計、庶務に任命される」


 雷翔は組織図を見る。五つの役職だけが、明確に上段へ置かれていた。


「執行部は全部選挙?」


「そう。学年制限はない。一年でも立候補できるよ」


 その言葉に、雷翔の視線が少し変わった。大原は気づかなかったのか、そのまま続ける。


「まあ実際には、二年か三年がほとんどだけどね。今の会長は三年の大橋会長」


 大橋。名前だけ覚えた。雷翔がさらに質問しようとしたところで、奥から大きな声が飛んできた。


「だから、今日使えないと困るんです!」


 見ると、制服姿の男子生徒が一人、庶務担当らしい先輩に食い下がっている。


「軽音の一年」


 大原が小さく言った。男子生徒は顔を赤くしていた。


「今日、新入生向けライブのリハーサルなんですよ。音楽室を使えるって聞いてたのに、急に駄目って言われても――」


「でも申請が入ってないんだよ」


 庶務の先輩も困っている。


「使用許可の記録がない以上、勝手に使わせるわけにはいかない」


「先輩が取ったって言ってました!」


「その先輩は?」


「今日休みです」


「じゃあ確認できない」


 堂々巡りだった。雷翔は何となくそのやり取りを見る。


 別に、自分には関係ない。今日入ったばかりだ。


 だが、机の端に、校内施設使用予定表が開かれているのが見えた。音楽室。


 今日の放課後は空欄。雷翔は少し目を細める。


「予約されてないなら、別に使わせればいいんじゃないですか?」


 大原が振り返った。


「まあ、普通はそう思うけど」


 庶務担当の先輩もこちらを見る。


「事故とか備品破損があった時に、責任者が分からなくなるんだよ。だから申請が必要なの」


「なるほど」


 理屈は分かった。雷翔は軽音部の一年を見る。


「責任者って、顧問じゃ駄目なんですか?」


「え?」


「今日、顧問いる?」


「います」


「なら今から顧問の確認取って、その場で申請出せばいいんじゃない?」


 庶務の先輩が苦笑した。


「当日申請は原則受け付けてない」


「原則?」


 雷翔が聞き返した。


「……そうだけど」


 雷翔は近くに置かれていた規則集を見る。


「原則なら例外あるんですよね」


 大原が少し笑った。


「お前、初日から面倒なの来たな」


「だって部屋空いてるんですよね?」


 雷翔は予定表を指した。


「使わせないことで得する人がいない。顧問が責任持つなら、申請の目的も満たしてる。だったら駄目にする理由なくないですか?」


 庶務担当の先輩は、少し考え込んだ。


「……確かに、緊急使用の規定はある」


「あるんじゃん」


「ただ、局長承認がいる」


「じゃあ聞けばいい」


 雷翔には、それで話は終わっているように思えた。庶務担当の先輩は数秒黙ってから、奥の部屋へ向かった。大原が雷翔を見る。


「お前、こういうの好き?」


「何が?」


「規則の穴探すの」


「穴じゃないでしょ。ちゃんと例外規定あるんだから」


「まだ規則集読んでないだろ」


「原則って言ったから」


 雷翔は当然のように答えた。大原は一瞬黙って、それから笑った。


「なるほどね」


 隣では玲央が黙って雷翔を見ていた。やはり。


 こういう人間らしい。規則を嫌っているわけではない。


 破りたいわけでもない。規則そのものが目的になっている状態が嫌なのだ。


 そして、問題を見つければ、頼まれてもいないのに最短の解決策を探し始める。本人にとっては、おそらく親切ですらない。


 ただ、答えが見えるから口を出した。それだけなのだろう。


 数分後。庶務担当の先輩が戻ってきた。


「庶務局長、承認出すって。顧問の署名だけ取ってきて」


 軽音部の一年の顔が明るくなる。


「ありがとうございます!」


「俺じゃなくて、あいつに言え」


 指さされ、男子生徒が雷翔を見る。


「ありがとう!」


「別に」


 雷翔は少し困ったように笑った。


「空いてたから使えばって言っただけだよ」


 軽音部の一年は何度も礼を言いながら走っていった。その背中を見送り、大原が腕を組む。


「初日に仕事一個終わらせたな」


「これ仕事なんですか?」


「本来は庶務の仕事」


「じゃあ給料ください」


「生徒会に給料ないから」


「つまんないな」


 大原が笑った。少し離れたところで、玲央もほんのわずかに口元を緩めていた。


 その後、大原から実務の説明を受けた。雷翔と玲央は、とりあえず一般書記として仕事を覚えることになった。書記は議事録だけではなく、各部署との連絡、過去記録の整理、会議資料の作成など、生徒会全体に関わる情報を扱う。


「書記でいい?」


 大原が聞く。


「むしろ書記がいいです」


「即答だな」


「一番いろんな情報見られそうだから」


 大原はまた笑った。


「本当に一年?」


 玲央にも尋ねる。


「月詠は?」


「僕も書記でいいです」


「理由は?」


 玲央は一瞬だけ雷翔を見た。


「特にありません」


 大原にはそれだけだった。だが、雷翔には何となく分かった。


 自分と同じところにいるつもりなのだろう。大原から渡された最初の仕事は、過去の議事録整理だった。


 地味ではある。ただ雷翔にとっては、悪い仕事ではなかった。


 ファイルを開けば、校則改定、部活動予算、体育祭、文化祭、委員会の再編など、東雲学園で過去に何が決められ、誰がどう動いたのかが残されている。雷翔は資料を棚へ戻しながら、必要なところだけ拾い読みしていった。


 誰が提案したのか。どこで反対されたのか。


 誰が決めたのか。どんな手続きが必要なのか。一冊、二冊と読むうちに、学校というものが少し違って見えてきた。


「月詠」


 隣で作業していた玲央が顔を上げる。


「何?」


「これ、面白いな」


「議事録が?」


「いや」


 雷翔は組織図を見る。


「学校って、ちゃんと動かし方があるんだな」


 玲央は数秒、雷翔の横顔を見た。


「さっきから、学校を機械みたいに見てるね」


「似たようなもんだろ」


「そうかな」


「誰が何を決めて、どこに話を通せば動くか分かればいいんだから」


 玲央は少しだけ笑った。他人にはまず見せない程度の、わずかな変化だった。


「やっぱり君、面白いね」


「またそれ?」


 雷翔は呆れたように言いながら、再び議事録へ目を落とした。その時の雷翔には、まだ役職への執着などなかった。


 ただ、自分ならこの仕組みをかなり上手く使える。そんな感覚だけがあった。そして雷翔は、自分のそういう感覚を、昔からよく信用していた。

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