生徒会
「俺、やります」
雷翔が手を上げると、教室の空気がわずかに動いた。担任は素直に助かったという顔をしたが、クラスメイトたちの反応はもう少し複雑だった。首席入学で、入学式では新入生代表。そのうえ初日のホームルームから生徒会に立候補となれば、出来すぎていると思われても仕方がない。
「天城って、生徒会長とか狙ってんの?」
誰かが半分冗談で言うと、別の男子がすぐに乗った。
「ありそう。校則めちゃくちゃ厳しくされたりして」
「女子との交際禁止とか?」
「それは天城が一番困るんじゃない?」
教室に笑いが起きた。雷翔も笑った。
悪意というほどではない。ただ、少し試されているのだろう。首席だから偉そうにする人間なのか、教師に気に入られたいだけの優等生なのか、それとも自分たちとは違う側の人間なのか。
こういう空気は嫌いではなかった。相手が何を警戒しているのかさえ分かれば、答えはそれほど難しくない。
「そんな面倒な校則は作らないよ。というか、俺が一番嫌だし」
「何が?」
「女遊びできなくなるの」
一瞬の間があって、それから教室が一気に笑いに包まれた。
「最低!」
「首席が言うことじゃねえ!」
「入学式の挨拶返せよ!」
雷翔は肩をすくめた。
「いや、あれとこれは別だろ」
自分でも少し軽すぎたとは思ったが、さっきまであった薄い警戒はかなり消えていた。それなら十分だった。笑いが落ち着くのを待って、雷翔は少しだけ声音を変えた。
「まあ真面目な話をすると、どうせ三年間いるなら楽しい方がいいだろ。俺が勝手に校則を作ったり、偉そうに指図したりするつもりはないよ。何か変えた方がいいことがあるなら、みんなの意見を聞いて、できそうなら変えればいい。そのくらいなら、やってみてもいいかなって思っただけ」
大げさなことは言っていない。それでも、教室の空気は明らかに変わった。
さっきまでは「首席様が生徒会に行くらしい」という視線だった。それが今は、「まあ、任せてもいいか」くらいにはなっている。
雷翔にとっては、それで十分だった。人間は、自分とは違う側の人間だと思った相手には距離を置く。けれど、自分と同じ側にいると思えば、驚くほど簡単に警戒を解く。
難しい理屈を並べる必要などない。もっとも、そんなことをわざわざ口に出すほど、雷翔も無粋ではなかった。担任が笑いながら黒板を軽く叩いた。
「じゃあ一人は天城で決まりだな。もう一人くらい誰かいないか?」
今度こそ教室が静かになる。雷翔は前を向いたまま待った。誰かが手を上げるかもしれないし、上げなければそれでもいい。その時点では、本当にそう思っていた。
「うーん」
担任が出席簿へ目を落とし、何人かの名前を追ったあとで顔を上げる。
「せっかくだし、もう一人は月詠やってみないか?」
教室中の視線が一斉に前方へ集まった。玲央は、少しだけ嫌そうな顔をした。
「僕ですか」
「次席だろ。天城と二人ならちょうどいいじゃないか」
「成績と生徒会活動って関係あります?」
「ないな」
担任が即答し、教室に笑いが起きる。玲央は小さく息を吐いた。その時、女子生徒の一人が声を上げた。
「玲央くん、やってよー」
すぐに別の声も続く。
「絶対似合うって」
「天城君と月詠君とか、なんか強そう」
「何が強いんだよ」
男子から突っ込みが入り、また笑いが起きた。玲央は周囲を見た。
断ろうと思えば断れる。本気で嫌がっているわけではない。ただ、面倒そうだと思っているだけなのだろう。
雷翔には、それくらいは分かった。昨日少し話した時から、玲央は何かに強く執着するような人間には見えなかった。頭はいい。周囲もよく見ている。けれど、その大半に対して興味が薄い。玲央はしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。
「分かりました。ただ、途中で本当に面倒になったら辞めます」
「最初から言うなよ」
担任が笑う。玲央は特に気にした様子もなく、前を向いた。
それで話は決まった。天城雷翔と、月詠玲央。
一年一組から、生徒会活動に参加する二人。ホームルームが終わると、教室はすぐに騒がしくなった。部活を見に行く者、友人同士で帰る者、教室に残って話し込む者。それぞれが入学初日らしい慌ただしさの中へ散っていく。
雷翔は鞄を持って立ち上がり、前方で帰る準備をしている玲央を見た。少し考えてから、声を掛ける。
「月詠」
玲央が振り返った。
「何?」
「一緒に頑張ろうぜ」
雷翔は手を差し出した。玲央はその手を見て、それから雷翔の顔を見た。
「何を?」
「生徒会」
「まだ何するかも知らないけど」
「だからだよ。何するか分からない方が面白いだろ」
玲央は少し黙った。やっぱり変な奴だ。
そんな顔をしている。実際、玲央にとって生徒会そのものはどうでもよかった。学校を良くしたいという使命感があるわけでもなく、役職に興味があるわけでもない。
ただ、天城雷翔という人間には、少しだけ興味があった。入学式からそうだった。
自信家で、傲慢で、自分が優秀であることを隠そうともしない。それなのに、周囲からどう見られるかには無頓着ではない。
さっきだってそうだ。教室の空気を読んでいた。
けれど、周囲に合わせていたわけではない。どう言えば自分が欲しい反応を引き出せるのかを見て、その通りに言葉を選んでいた。
しかも本人は、それを特別なことだとは思っていない。そこが、玲央には少しだけ面白かった。
「まあ」
玲央は雷翔の手を取った。
「退屈しなさそうではあるかな」
「何それ」
「褒めてるよ」
「分かりにくいな」
二人は手を離し、そのまま教室を出た。廊下には、まだ入学初日の喧騒が残っていた。部活動の勧誘に捕まる新入生、校舎を見て回る者、すでに友人同士で笑い合っている者。
雷翔と玲央も、その中にいるただの一年生にしか見えない。階段を降りながら、玲央が何気なく聞いた。
「天城って、生徒会で何したいの?」
「別に決めてないよ」
「さっき、みんなには色々言ってたじゃん」
「あれ?」
雷翔は笑った。
「みんなが聞きたそうなこと言っただけ」
玲央の足が、ほんの少しだけ止まった。雷翔はそのまま数段降りてから、振り返る。
「まあ、嘘じゃないけどな。楽しい方がいいのは本当だし、できることが多いならその方が面白いだろ」
玲央は数秒、雷翔を見た。嘘をついているわけではない。
けれど、全部を言っているわけでもない。それもまた、自然にやっている。
やっぱり、面白い。玲央は小さく笑った。
「天城」
「何?」
「やっぱり君、ちょっと面白いね」
雷翔は怪訝そうに眉を寄せた。
「さっきからそればっかだな」
玲央は答えなかった。二人はそのまま階段を降りていった。
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