⸻第五章 ノクターナ家の夜会(序)
ノクターンの序です。ご察しの通りノクターン家の夜会は今後も何回かあると思います。お楽しみくださいませ
数日後、レイヴンフォード家に一通の招待状が届いた。金の縁取りが施された、いかにも高貴な家柄を思わせるその封筒には、ノクターナ公爵家の紋章――翼を広げた蝙蝠の意匠が刻まれていた。
「本当に来たか……」
レジナルドは招待状を見て、渋い顔をした。
「父上、行っても大丈夫なんですか?」
「ノクターナ家との協定がある以上、無下に断ることはできん。それに――」
レジナルドは少し考えるように間を置いてから続けた。
「お前の持つその首飾りが、彼らの伝承に関わるものだというなら、いずれ避けては通れない話だ。行くがいい。ただし、油断だけはするな。彼らは千年以上生きる者たちだ。人間の時間感覚とは違う」
護衛としてミアとアリシアも同行することが許され、レオンたち三人はノクターナ公爵家の屋敷へと馬車を走らせた。
王都の外れ、深い森に囲まれたその屋敷は、月明かりに照らされてどこか幻想的な佇まいをしていた。屋敷の前には、既にヴィクトリアが待っていた。
「ようこそ、レオン様。それに、お連れの方々も」
「本当に来るとはな」
「当然ですわ。お約束しましたもの」
屋敷に足を踏み入れると、豪奢だが、どこか古めかしい調度品の数々が目に入った。壁に飾られた肖像画の中には、何百年も前と思われる古い衣装を纏った人物のものもある。
「これは……」
「わたくしたちの祖先ですわ。もっとも、この方は既に五百年前に眠りにつかれましたけれど」
「眠りにつく、というのは……」
「吸血鬼にも寿命に近い概念がございますの。永遠に生きるわけではございませんのよ、レオン様」
応接間に通されると、そこには一人の壮年の男性が待っていた。彫りの深い顔立ちと、ヴィクトリアと同じ紅い瞳。威厳のある佇まいから、彼がノクターナ公爵本人であることは一目瞭然だった。
「よく来た、レイヴンフォード公子。私がこの家の当主、アルベルト・ノクターナだ」
「お招きいただき光栄です」
「単刀直入に聞こう。その首飾り――生まれつき着けていたと聞くが、間違いないか?」
「はい」
アルベルトは目を細め、レオンの首元をじっと見つめた。
「……間違いない。それは我らが始祖、初代『血の女王』が、かつて契約を交わした人間――『黄金の使徒』に贈ったとされる品と、寸分違わぬ意匠だ」
「黄金の使徒?」
「伝承では、千年に一度、あらゆる魔力属性を宿し、人と人ならざる者の橋渡しとなる運命を背負った者が現れるとされている。……お前がそうなのかもしれん」
部屋に静寂が満ちる。ミアとアリシアも、緊張した面持ちでその話に耳を傾けていた。
「もし本当にそうだとしたら、俺はどうすればいいんですか?」
アルベルトは、少しの間、何かを見定めるようにレオンを見つめた後、ふっと表情を緩めた。
「今すぐに何かをする必要はない。ただ、覚えておいてほしい。この世界には、お前が思っている以上に大きな運命の歯車が動いている、ということをな」
「――お父様、そろそろ堅苦しい話はおしまいにして、皆様をダンスホールにご案内してもよろしくて?」
ヴィクトリアが割って入り、張り詰めた空気を和ませた。
「そうだな。今宵は歓迎の夜会だ。堅苦しい話は後にしよう」
こうして、レオンたちはダンスホールへと案内された。シャンデリアの光の下、貴族たちに混じって人ならざる者たちが優雅に踊る、幻想的な光景がそこには広がっていた。
「踊っていただけますか、レオン様?」
ヴィクトリアが手を差し出す。
「お、俺でいいのか」
「あなたでなければ、意味がありませんわ」
戸惑うレオンの背中を、ミアとアリシアが無言で押した。
「行ってらっしゃいませ、レオン様」
「……せいぜい、恥をかかないようにしてくださいまし」
二人の複雑な表情に見送られながら、レオンはヴィクトリアの手を取り、ダンスホールの中央へと進んでいった。
(前世の俺なら、絶対考えられなかった状況だな……)
紅い瞳と目が合う。ヴィクトリアは妖しく、けれどどこか優しげに微笑んだ。
「レオン様、覚悟なさって。わたくし、一度目をつけた獲物は逃がしませんの」
「獲物って……」
「――冗談ですわ、半分は」
くすりと笑うヴィクトリアに、レオンはどう反応していいか分からず、ただ苦笑するしかなかった。
こうして、レオンの異世界での新たな物語は、恋と冒険、そして大きな運命の予感を伴いながら、本格的に幕を開けたのだった。
よろしくお願いします




