⸻第二章 夜会と紅い令嬢
全属性主人公というのが個人的には書きたかったんです。書いててたのしかったです
全属性適性の噂は瞬く間に王国中を駆け巡った。レイヴンフォード公爵家には各地から縁談の申し込みが殺到し、レオン自身も王立学院への特別編入が決まった。
「レオン、王都の学院に行くことになったのは喜ばしいことだが……」
父レジナルドは、書斎で難しい顔をしていた。
「何か問題でも?」
「学院がある王都には、様々な思惑を持つ者たちが集まる。中には……人ならざる者もいる」
「人ならざる者?」
「吸血鬼の一族だ。王国とは古くから不可侵の協定を結んでいるが、腹の底で何を考えているか分からない連中でな。特に、ノクターナ公爵家――かの一族の当主は、社交界にも顔を出す」
レオンの脳裏に、その言葉が引っかかった。前世の記憶にあるファンタジー小説の知識と、目の前の現実が重なり合う。
(吸血鬼、か……)
出立の日、ミアは荷物をまとめながら涙目になっていた。
「レオン様が王都に行ってしまうなんて……。私、置いていかれちゃうんですか」
「馬鹿、お前も一緒に来るんだよ。専属の侍女として連れて行けって親父が言ってた」
「ほ、本当ですか!?」ミアの顔がぱっと明るくなる。
「あら、私も編入することになりましたわ。同じ学院に、ですけれど」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたアリシアが、涼しい顔で会話に割り込んできた。
「お前もかよ」
「あなたと同じ学院というのは業腹ですが、我が国と貴国の友好の証、ということで留学が決まりましたの。せいぜい足を引っ張らないでくださいまし」
軽口を叩き合いながらも、三人は共に馬車に乗り、王都へと旅立った。
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王立クロノス学院。王国内外から選りすぐりの子息子女が集まる、大陸随一の魔法学院である。入学式当日、レオンは講堂の壇上に立たされていた。全属性適性者という前代未聞の存在は、学院長自らが特別に紹介する運びとなったのだ。
「本年度、稀に見る才を持つ生徒を迎えることができた。レオン・レイヴンフォード君だ」
拍手が沸き起こる中、レオンは居心地の悪さを感じながら壇を降りた。
「注目の的ですわね」
アリシアが隣で肩をすくめる。
「お前も大概目立ってるだろ、その髪と顔で」
「あら、お褒めの言葉として受け取っておきますわ」
入学式の後の歓迎の夜会。豪華なシャンデリアの下、着飾った令嬢たちがレオンの周りに集まってきた。
「レオン様、初めまして。是非お近づきになりたくて」
「あの……もしよろしければ次のダンスを……」
断り切れずにいると、人混みをかき分けて一人の少女が近づいてきた。
漆黒のドレスに、血のように紅い瞳。透き通るような白い肌と、艶やかな黒髪。まとう空気だけで周囲の温度が下がったように感じられるほどの、凛とした美しさを持つ少女だった。
「随分と人気者ですのね、レイヴンフォード公子」
「あなたは……」
「ノクターナ公爵家が娘、ヴィクトリア・ノクターナと申しますわ」
紅い瞳が、まるでレオンの内側を見透かすように細められた。
「噂の全属性適性というのが本当かどうか、この目で確かめに参りましたの」
周囲の令嬢たちが息を呑んで一歩下がる。誰もが知っている――ノクターナ家は吸血鬼の一族。王国貴族の中でも、誰もが一線を引いて接する特別な存在だということを。
「確かめてどうする気だ?」
レオンが問うと、ヴィクトリアは扇子で口元を隠しながら、妖しく笑った。
「さあ、どうしましょうか。……ですが一つだけ申し上げておきますわ。あなたの持つその首飾り」
彼女の視線が、レオンの首元のゴールドのネックレスに向けられる。
「それ、ただの装飾品ではありませんわね? わたくしたち一族の間で語り継がれる、ある伝承の品によく似ている」
「伝承?」
「『黄金の盟約者』。かつて、我らが始祖と契約を結んだという、人ならざる力を宿す人間の証……」
ヴィクトリアの言葉に、レオンの心臓が跳ねた。神から授かったこの首飾りに、そんな由来があるとは思いもよらなかった。
「――続きが気になるようでしたら、今度ゆっくりお話しいたしましょうか、レオン様?」
初めて名を呼ばれ、レオンは思わず言葉に詰まる。ヴィクトリアはくすりと笑うと、そのまま踵を返し、人混みの中へと消えていった。
「な、なんですのあの人……」
いつの間にか隣に来ていたミアが、頬を膨らませている。
「あからさまに意味深なこと言って去っていくとか、絶対何か企んでますわね」
アリシアも珍しく不機嫌そうに眉を寄せていた。
「……面白くなってきたな」
レオンは、ゴールドのネックレスに触れながら、小さく呟いた。前世の記憶にあった「異世界転生の王道」――魔法、剣、冒険、そして今、目の前に現れた謎めいた美しい少女。神が言っていた「面白いことになる」という言葉の意味を、レオンはようやく実感し始めていた。
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