【7話】混雑
中に入って、まず面食らったのは、その賑やかさだった。
薄暗くじめついているのは想像通りだったが、通路には想像以上に人の姿が多い。
パーティを組んだ冒険者らしき集団や、単独で歩く者、休憩がてら壁際に座り込んでいる者――ちょっとした市場のような賑わいすらあった。
(想像してたのと、だいぶ違うな……)
人気のない場所で手持ちを増やすつもりでいたが、これでは目立って仕方がない。
それに、決闘という現象自体、外からどう見えているか分からない以上、他の冒険者たちの前で不用意に晒すのは避けたかった。
しばらく進んでみたものの、案の定、どこもかしこも人だらけだった。
魔物と遭遇しても、周囲の誰かが先に仕留めてしまうか、こちらが動く前に別のパーティが横から割り込んでくる有様で、まともに決闘を仕掛ける機会すら訪れない。
(これは、無理に潜っても意味なさそうだな)
早々に見切りをつけ、俺は一旦ダンジョンの外に出ることにした。
人気のない林の中まで移動し、あらためて三体のフェザーウルフを呼び出す。
せっかく作ったのだから、実際にどれくらい戦えるのか、確かめておきたかった。
「三体とも、あの木を攻撃しろ」
命じると、三体が一斉に動き出す。
爪を立て、体当たりし、時折つむじ風のようなものを纏わせて突進する。
木の幹に、目に見えて傷が刻まれていった。
(前のスライムとは、比べ物にならないな)
最初にゴブリンを木にぶつけて試した時とは、明らかに手応えが違う。
何度か攻撃を重ねると、太い木の幹にもはっきりとした裂け目ができていた。
次に、三体まとめて同じ敵に攻撃を仕掛けさせてみる。
互いにぶつかり合うこともなく、息を合わせたように連携して襲いかかる様は、以前スライムを呼び出した時に感じた頼りなさとは、まるで別物だった。
「よし、十分戦えそうだな」
独り言をこぼしながら、三体を順番にカードへ戻していく。
(ダンジョンの中が無理なら、また森で場数を踏むしかないか)
目立たずに決闘できる場所を探すか、あるいは人の少ない時間帯を狙うか――今後の動き方を考えながら、俺は踵を返し、街への道を歩き始めた。
宿に戻って夕食を済ませ、ふと思いついた。
(そういえば、昼間はあんなに混んでたけど、夜も同じとは限らないよな)
冒険者だって、四六時中潜り続けているわけではないだろう。
夜になれば宿に戻って休むのが普通のはずだ。
試しに、日が完全に落ちてから、もう一度あのダンジョンへ足を運んでみることにした。
入り口の様子は、昼間とは打って変わって静かだった。
松明の明かりがぽつぽつと灯るだけの通路に、人の気配はほとんどない。
(当たりか)
俺は一人、薄暗い通路を奥へと進んだ。
しばらく歩くと、視界の端で何かが蠢いた。
目を凝らして、思わず息を呑む。
森では一度も見たことのない姿だった。全身を覆う硬そうな甲殻、闇に紛れるような黒褐色の体色、そして、こちらを窺うように蠢く複数の触角。
虫を思わせる、不気味な輪郭をした魔物が、壁を這うようにしてこちらへ近づいてきていた。
(確か、本に載ってたやつだ。甲殻虫、だったか)
宿にこもって読み込んだあの専門書には、こういったダンジョン特有の魔物についても、簡単な記述があった。
丸暗記していたわけではないが、見た目の特徴だけは、うっすらと記憶に残っている。
(あんなの、森にはいなかったよな……)
ダンジョンという場所自体が、森とは違う生態系を抱えているらしい。
未知の相手を前に、俺は小さく息を整えると、静かに口を開いた。
「決闘」
視界が白に染まり、リングが現れる。
目の前には、あの黒褐色の甲殻を纏った虫が一体。
カァン、とゴングが鳴った。
だが、拍子抜けするほど、あっさりとした決着だった。
動きは緩慢で、繰り出す攻撃も単調。
フェザーウルフを一体呼び出して数合打ち合わせただけで、甲殻はあっけなく砕け、地面には見慣れた小さな石だけが残った。
(硬そうな見た目のわりに、大したことないな……)
カードを回収しながら拍子抜けする。
強面な見た目に反して、恐らくレベル自体は低いのだろう。
中身の伴わない相手だったらしい。
気を取り直して、さらに奥へと進む。
いくつか道を折れたところで、頭上から羽ばたきの音が聞こえた。
見上げると、暗闇の中に、大きな翼を広げたコウモリのような影が旋回している。
(今度は、あれか)
こちらに向かって急降下してくる気配を感じながら、俺は剣の柄に手をかけた。
「決闘」
視界が白に染まり、リングが現れる。
目の前の宙を、大きな翼のコウモリが旋回していた。
カァン、とゴングが鳴った瞬間、俺はためらわず三枚のカードを取り出す。
「フェザーウルフ、三体とも出てこい」
三体が一斉に実体化し、それぞれがコウモリを取り囲むように散開した。
指示を出すまでもなく、互いの位置を読み合うような動きで包囲網を絞っていく。
コウモリが一体に狙いを定めて急降下すると、狙われた一体が身をかわしざま爪を振るい、その隙に別の一体が背後から飛びかかった。
さらに、羽ばたきで体勢を崩したところへ、三体目がつむじ風を纏った突進を叩き込む。
連携、と呼べるほど大層なものかは分からない。
だが、三体が互いの動きを妨げず、むしろ補い合うように立ち回る様は、想像以上に様になっていた。
コウモリは満足に反撃する間もなく、あっという間に地面へと叩き落とされる。
白い空間の隅の数字は、まだ04:20を示していた。
始まってから、ものの数十秒の出来事だった。
(レベルだけ見たら、そこまで強くないはずなんだけどな……)
牙ウサギやフェザーウルフのレベルは、剣聖たちが誇る二十を超える数値には遠く及ばない。
それでも、三体の噛み合った連携は、単純なレベルの差だけでは測れない働きを見せてくれた。
カードが地面の石に重なり、コウモリの絵柄を浮かび上がらせる。
回収しながら、俺は小さく頷いた。
(数の力、案外馬鹿にできないな)
フェザーウルフたちを労うように一瞥してから、俺はさらに奥へと足を進めた。
しばらく進んだ先、開けた空間に差し掛かったところで、俺は思わず足を止めた。
松明の明かりに照らされて、一人の男が剣を振るっている。
素振りの音が、規則正しく響いていた。
(あれ……蒼太、か)
見間違えようもない。
あの剣聖だ。
他に人影はなく、一人黙々と型を繰り返している。
真剣な横顔からは、あの街中で見せていた軽い調子とは違う雰囲気が漂っていた。
(邪魔するのも悪いな)
声をかけようかとも思ったが、思い直した。
あの集中した様子に割り込むのは、なんとなく気が引ける。
俺はそっと踵を返し、来た道を戻ることにした。
帰り際、甲殻虫と血コウモリの手持ちが一体ずつしかないことに気づく。
せっかく夜のうちに来たのだから、と、道すがら何体か狩っておくことにした。
甲殻虫は相変わらずあっさりと片付き、血コウモリもフェザーウルフたちの連携であっという間に決着がついた。
それぞれもう一体ずつ、カードに加わる。
手元のカードを数えると、甲殻虫が二枚、血コウモリが二枚。
悪くない収穫だった。
ふと気になって、それぞれ一体ずつ実体化させ、しばらく様子を観察してみる。
甲殻虫は、これといって変わった様子はなかった。
硬そうな見た目の割に、これという特殊な力は感じられない。ただ頑丈なだけの、見た目通りの相手だったらしい。
一方、血コウモリの方は少し違った。
真っ暗な物陰に放してみても、迷う素振りもなく的確にこちらへ向かってくる。
試しに完全に光を遮ってみても、同じだった。
(図鑑にもあったが、暗闇でも普通に見えてる、ってことか)
目に見える派手な力ではないが、これはこれで使い道がありそうだった。
夜間や、光の届かない場所での探索に、少しは役立つかもしれない。
二体をカードへ戻しながら、俺は小さく頷いた。
ふと、思い出す。
あの本には、この辺りに生息する魔物の一覧らしきものも載っていた。
スライム、ゴブリン、甲殻虫、血コウモリ――今日出会った顔ぶれは、大体そこに名前があった。
(でも、ヌメリネズミも、牙ウサギも、フェザーウルフも……載ってなかったよな)
思い返してみても、あの本のページに、そんな名前を見た記憶はない。
もっとも、あの本はあくまでこの周辺の地域に絞った内容だ。
ギルドの職員も、牙ウサギを見て「この辺りでは珍しい」と言っていた。
世界のどこか別の場所には、似たような、あるいはまったく同じ姿の魔物が、普通に生息しているのだろう。
(少なくとも、この辺りじゃ見ない種類ってことか)
完全にこの世に存在しない生き物を作り出した、というほど大げさな話ではないのだろう。
それでも、少なくともこの土地では滅多に見ない姿を、自分の手で生み出せたという事実に、ちょっとした高揚を覚えた。
満足しながら、俺はダンジョンを後にした。




