【6話】融合の法則
レベルという指標こそ低いものの、決闘という独自のシステムなら、まだ伸ばしようがある。
そう思い直し、俺は久しぶりに森の奥へと向かった。
目的は、ゴブリンだ。
手持ちのカードはスライムばかりで、ゴブリンは融合に使ったため、残り一枚。
なので、もう一度あの緑の人型を狩っておきたかった。
しばらく歩き回ると、案の定、群れの一体を見つけることができた。
「決闘」
いつもの白い空間に、リングが現れる。
今回の相手も一体だけだった。
カァン、とゴングが鳴る。
ゴブリンが棍棒を振りかぶって突っ込んできたが、以前よりも動きが読めるようになっている自分に気づいた。
何度目かの振り下ろしを見切り、がら空きの脇腹へ剣を突き入れる。ゴブリンが崩れ落ちた。
白いカードが浮かび、石に重なって吸い込まれる。
手元に、ゴブリンのカードが加わった。
(さて)
俺はそのカードと、手持ちのスライムのカードを一枚、指の間に挟んで重ねてみる。
狙いは単純だった。
前回、スライムとゴブリンを融合させたらヌメリネズミになった。
あれが偶然の産物なのか、それとも毎回同じ結果になるものなのか、確かめておきたかった。
しばらくすると、頭の中に声が響いた。
『スライムとゴブリンを融合しますか?』
「する」
光が収まった後に残っていたカードには、見覚えのある文字が書かれていた。
「ヌメリネズミ……。やっぱりか」
同じ組み合わせは、同じ結果になる。
ランダムではなく、決まった法則があるということだ。
だとすれば、この力は完全な運任せではなく、知っていれば狙って強くできる類のものかもしれない。
(じゃあ、こっちはどうだ)
俺は、新しくできたばかりのヌメリネズミのカードと、まだ融合させていないゴブリンのカードを重ねてみる。
『ヌメリネズミとゴブリンを融合しますか?』
「する」
二枚のカードが光を放ち、溶け合っていく。
現れたカードには、「牙ウサギ」と書かれていた。イラストには、耳の長い兎のような姿。
だが、口元からは不釣り合いなほど鋭い牙が覗いている。
スライムにも、ゴブリンにも、ヌメリネズミにも似ていない、また新しい一体だった。
(今度はどっちだ……)
強くなったのか、弱くなったのか、実際に戦わせてみないことには分からない。
それでも、確かなことが一つ増えた。
この力は、思いつきだけの博打ではない。
組み合わせを覚えれば、狙った結果に近づけられる――そういう性質のものらしい。
俺は新しいカードを手にしたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
頭の中で、これまで手に入れたモンスターの組み合わせを、あれこれと巡らせながら。
森からの帰り道、ふと気になったことがあった。
人間にレベルがあるなら、モンスターにもあるんじゃないか――そう思い立ち、俺はギルドの受付に立ち寄って尋ねてみた。
「あの、モンスターのレベルって、測ってもらえたりします?」
「ええ、可能ですよ。従魔をお持ちでしたら、こちらへどうぞ」
あっさり肯定され、少し面食らう。
予想以上に一般的なサービスらしい。
だが、いざとなると躊躇いが生まれた。
ここでカードから召喚してみせるのは、あまり気が進まない。
この決闘者という力がどこまで珍しいものなのか、まだ自分でも分かっていない。
目立つのは避けたかった。
「……ちょっと出直します」
適当に誤魔化して、俺は一度ギルドを出た。
人気のない路地を通って森の近くまで戻り、カードを取り出す。
「ゴブリン」「牙ウサギ」「スライム」
次々と呼びかけると、目の前に三体が実体化した。
ぷるぷると揺れるスライム、鋭い牙を覗かせる牙ウサギ、無表情に立つゴブリン。
並べてみると、なかなかに奇妙な光景だった。
三体を引き連れて、あらためてギルドへ向かう。
従魔を連れて歩く人は他にも見かけたので、それほど不自然な光景ではないらしい。
受付で改めて用件を伝えると、奥の測定室に案内された。
そこには、鉄格子で囲まれた小さな檻のような設備が置かれている。
「一体ずつ、こちらへ入れていただけますか」
言われるまま、まずはスライムを檻へ入れる。
水晶が淡く光り、職員が数値を読み上げた。
「スライム、レベル1ですね」
続けてゴブリン。
「レベル6です」
最後に牙ウサギ。
「レベル8、となります」
ゴブリンよりは高いが、思っていたほどの伸びではない。
二段階も掛け合わせを重ねた割には、拍子抜けするくらい地味な数字だった。
(そんなに大きく強化されるわけじゃ、ないんだな……)
「あの、モンスターのレベルって、人間みたいに戦って上がったりするんですか?」
気になって尋ねると、職員は首を横に振った。
「いいえ。モンスターは種族ごとにレベルが固定されておりまして、経験による変動はございません。ゴブリンなら常にレベル6、スライムなら常にレベル1、というように」
(固定……。てことは)
俺の中で、これまでの断片がひとつに繋がっていく。
融合の結果も、種族ごとに決まった値を持っている。
だとすれば、掛け合わせを重ねたところで、飛躍的に強くなるようなことは期待できないのかもしれない。
いや――そう考えかけて、思い直す。
(元々がスライムとゴブリンだから、この程度なんじゃないか?)
スライムはレベル1、ゴブリンはレベル6。
どちらも、決して強い部類とは言えない。弱い素材ばかりを掛け合わせていれば、生まれてくるものも弱いままで当然だ。
(もっと強いモンスター同士を組み合わせれば、もっと強くなるってことか)
だとしたら、今のこの結果に落ち込む必要はない。
むしろ、これから先――もっと格上の相手をカード化できるようになれば、融合の意味も大きく変わってくるはずだ。
牙ウサギを見下ろす。
見た目こそ物々しいが、単純な強さで言えば、劇的な変化とは呼べない程度のものだった。
それでも、この結果は今の自分の手札が弱いことの裏返しに過ぎない――そう思うと、不思議と前向きな気持ちになれた。
礼を言って測定室を出ながら、俺はしばらく考え込んでいた。
今はまだ、弱い者同士を掛け合わせているだけの段階だ。
いつか、もっと強い相手を仲間にできたなら――そう考えると、少しだけ、先が楽しみになってきた。
俺は小さく息を吐くと、腰のケースを閉じ、また森を歩き始めた。
それから数日、俺は牙ウサギを連れて、森でゴブリン狩りを続けていた。
牙ウサギは、リング内に呼び出して先に攻撃させると、意外なほど頼りになった。
レベル8とはいえ、ゴブリンと素手で殴り合っても遜色ない動きを見せる。
おかげで、自分が矢面に立つ回数はぐっと減り、決闘そのものがずいぶん楽になった。
(こいつがいるだけで、こんなに違うのか)
牙ウサギに何度もゴブリンを任せているうちに、ふと気づいた。
(そうだ。もう一度、ヌメリネズミを作れるんじゃないか)
手持ちには、まだスライムとゴブリンのカードが十分にある。
同じ手順を繰り返せば、もう一体のヌメリネズミを作れるはずだ。
早速、スライムとゴブリンのカードを重ねる。
おなじみの声が響き、光が収まった後には、二体目のヌメリネズミが残っていた。
(これと、牙ウサギを掛け合わせたら、どうなる)
思いついたが早いか、俺はヌメリネズミと牙ウサギのカードを重ねてみた。
『ヌメリネズミと牙ウサギを融合しますか?』
「する」
二枚のカードが光を放ち、一つに溶け合っていく。
現れたカードには、「フェザーウルフ」と書かれていた。
イラストは、狼を思わせる四足の獣。
体表は毛皮ではなく、鳥の羽根のような質感で覆われ、背には小さな翼らしきものまで見える。
これまでのどの素材とも似ていない、精悍な姿だった。
試しに実体化させてみる。目の前に現れたフェザーウルフは、これまでのどの個体よりも一回り体格が良く、佇まいにも妙な威圧感があった。
ギルドへ持ち込み、測定してもらう。
「レベル10、となります」
「二桁……」
思わず声が漏れた。
牙ウサギの8から、じわりとではあるが、確かに一段階上がっている。
積み重ねた分、少しずつではあるが、着実に強くなっているらしい。
森に戻り、フェザーウルフを実体化させたまま、しばらく様子を観察していた。
ふと、その足元の草が、誰も触れていないのにさらさらと揺れていることに気づく。
「……え?」
目を凝らすと、フェザーウルフの体の周りに、うっすらとした空気の渦のようなものが見えた。
つむじ風のような、ごく小さな風が、絶えずその体を取り巻いている。
(風、起こせるのか……)
これまでのどの個体にもなかった現象だった。
強さの数字だけでなく、こういう特性まで手に入るとなると、話は少し変わってくる。
俺はしばらく、風をまとうフェザーウルフを見つめていた。
それから俺は同じ手順を繰り返し、フェザーウルフを三体まで増やした。
ヌメリネズミと牙ウサギを、それぞれ二体ずつ作っては掛け合わせる、地道な作業だった。
(三体もいれば、そろそろ試せるかもしれない)
これまでは森の中で完結していたが、いつまでもスライムやゴブリンだけを相手にしていても、レベルは頭打ちになる。
ギルドの掲示板で見かけた案内を思い出す――街の近くには、簡易的なダンジョンがあるらしい。
冒険者向けの訓練場としても使われている、比較的浅い場所だという。
三体のフェザーウルフを引き連れて、俺はその入り口に立った。
中からは、じめついた空気とともに、微かな唸り声のようなものが漏れてくる。
(さて、どこまでやれるか)
俺は小さく息を吸い込むと、フェザーウルフたちとともに、薄暗い入り口へと足を踏み入れた。




