【5話】再会。レベル測定。
この異世界に来てから、気づけば一週間ほどが経っていた。
一日目、二日目はスキルを知るためにスライムを狩り続けた。
そして三日目になり、柄にもなく体を動かしすぎたツケが、盛大な筋肉痛となって全身を襲った。
腕はまともに上がらず、階段の上り下りすら億劫になる有様で、その日はほとんど宿の部屋で唸っているだけの一日になった。
仕方なく、俺は治るまでの間を、装備と情報収集に充てることにした。
着替えの服を買い足し、日持ちのする食料をいくつか調達し、あとは――この世界について知るために、本を買った。
本は思いのほか高価だった。
手に取った紙質からして、大量印刷などできる技術はまだないのだろう。
それでも、幸い金には余裕がある。
多少値が張っても、必要な情報には代えられない。
それに店主曰く、この手の専門書は、綺麗に使って売り戻せば、購入時とほぼ同じ額で買い取ってもらえるらしい。
つまり、実質的にはお金を担保として渡して借りているようなものだ。
読んですぐ売って、また新しい本を買う客も多いのだと聞いて、なるほど、と妙に納得した。
そうして数日、宿の部屋にこもって世界の基礎知識を頭に入れ、体が落ち着いた頃合いを見計らって、ようやく森へ向かおうと大通りを歩いていた時
「あれ、お前――」
聞き覚えのある声に振り返ると、見覚えのある四人組が立っていた。
蒼太、竜也、夏鈴、栞。
あの日、笑いものにされた勇者一行だ。
気まずさが先に立つ。あの時の空気を思い出すと、あまり歓迎できる再会ではなかった。
「久しぶり……って言うほど経ってないか」
「元気そうじゃん。ちゃんと生きてたんだな」
蒼太が軽い調子で言う。悪意は感じない。
むしろ、拍子抜けするくらい普通に話しかけてきた。
「お前、あれから何してたんだ? スキル、使えそうか?」
核心を突かれ、俺は一瞬言葉に詰まった。
決闘者――このスキルのことは、まだ誰にも話していない。
得体の知れない力だということもあって、迂闊に話すのは危険な気がした。
「いや、まあ……ぼちぼち、って感じ」
曖昧に濁す。
追及されるかと身構えたが、蒼太はあっさり流した。
「そっか。まあ、無理すんなよ」
その言葉に、少し意外な気持ちになる。
もっと見下されるか、からかわれるかと思っていたが、蒼太の口調には、思いのほか屈託がなかった。
「そうだ、これ」
竜也が、背負っていた荷物の中から、一振りの剣と、簡素な革の胴着を取り出した。
「城で最初にもらった装備、もう使ってねえからさ。よかったら使えよ」
「新しいの、買ったのか?」
「ああ。訓練の途中で、もっといい装備買い直したんだよ。前のやつ、しまってあるだけで勿体ないなと思ってさ」
差し出された剣は、俺が持っている粗末な一本よりも、明らかに手入れが行き届いていた。
断る理由もなく、素直にありがたく受け取ることにする。
「助かる。ありがとな」
「別にいいって。」
「ってか」
竜也が、少しばつが悪そうに続けた。
「これ、実は、また会ったら渡そうと思って、ずっと持って歩いてたんだよな。おっさん、金とかも大丈夫かなって、みんなで結構心配してたし」
「あんた、竜也……!」
夏鈴が慌てたように竜也の肩を叩く。
栞も呆れたように目を伏せた。
どうやら、内緒にしておくつもりだったことを、うっかりばらしてしまったらしい。
思わぬ話に、少し面食らう。
あの日、笑いものにされたことへの反発心は、まだ胸の奥にくすぶっていた。
だが、こうして裏でこっそり気にかけてくれていたと知ると、毒気を抜かれるような感覚もあった。
「……ありがとう、な」
素直に礼を言う。
竜也は照れくさそうに頭を掻いた。
(それにしても、おっさんって年でもないんだけどな……)
二十四歳という自分の年齢を思い浮かべながら、内心だけで小さく突っ込みを入れておいた。
高校生の目には、それなりに歳の離れた大人に映るのかもしれない。
「そうだ、あんた、レベルとかどうなの? あたしたち、この数日でだいぶ上がったよ」
「レベル?」
聞き慣れない単語に、思わず聞き返す。
四人は顔を見合わせた。
「知らないのか? モンスター倒すと経験値ってのが入ってさ、それでレベルが上がるんだよ。ステータスも自動で強くなる」
栞が、淡々と説明を付け加える。
「私たちはもう20は超えてるわ。城が用意してる専用の訓練用ダンジョンに毎日通ってるから、多分ペースはかなり速い方だと思う」
専属の指導と、効率のいい狩場。
与えられた環境そのものが、初めから桁違いなのだろう。
レベルという概念自体、俺は今初めて知った。
決闘という独自のシステムに気を取られていて、そんな基本的なことにすら考えが及んでいなかった。
(俺にも、そういうのあるのか……?)
気になったが、この場で確かめる術はない。
曖昧に相槌を打ちながら、話を合わせておいた。
「そっちも大変そうだな、色々と」
「まあね。でも結構楽しいよ、これ」
夏鈴が屈託なく笑う。
竜也も頷き、栞は相変わらず淡々とした様子だったが、特に敵意めいたものは感じられなかった。
(案外、悪い奴らじゃないのかもな)
あの日の嘲笑は、今でも思い出すと少し胸がざらつく。
だが、こうして装備を分けてくれたり、素直に近況を尋ねてきたりする様子を見ると、根っからの悪意があったわけではなく、単に場の空気に流されただけだったのかもしれない、と思い直す。
「じゃ、俺らこれから訓練あるからさ。またな」
「ああ、また」
軽く手を振って、四人は雑踏の中へと歩いていった。
残された俺は、もらった剣を見つめながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
レベル、という単語が頭から離れず、俺はギルドへと足を向けた。
受付で尋ねると、すぐに測定してもらえるという。
案内された小部屋には、水晶のようなものが台座の上に置かれていた。
手をかざすように言われ、素直に従う。
水晶がぼんやりと光り、しばらくして、担当の職員が数値を読み上げた。
「レベル3、ですね」
職員は続けて、水晶に浮かんだ数値を読み上げていく。
「筋力8、耐久7、敏捷9、魔力0――となっています」
「魔力、ゼロなんですか」
思わず聞き返すと、職員は淡々と頷いた。
「はい。魔法適性そのものがない方は、稀にいらっしゃいます。決して珍しいことではありませんので、ご安心を」
安心しろと言われても、正直複雑な気分だった。
剣士としても魔導士としても中途半端な数字が、無機質に並んでいる。
「それって、高いんですか? 低いんですか?」
率直に尋ねると、職員は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「率直に申し上げますと……成人男性の平均よりも、やや低い数値です。生まれつき戦闘に不向きな方や、ほとんど戦闘経験のない方に近い水準ですね」
予想はしていたが、実際に数字で突きつけられると、それなりに堪えるものがあった。
剣聖だ賢者だと持て囃されている四人と比べれば、その差は歴然としているのだろう。
(まあ、元事務職だしな……)
妙に納得している自分もいた。
運動経験もろくにない人間が、いきなり異世界で戦闘に長けるはずもない。
それでも、と思う。
レベルという分かりやすい指標では測れない何かを、俺は少しずつ積み上げてきたはずだ。
カードの数、発見した法則、手に馴染んできた剣の感触。
礼を言ってギルドを出ながら、俺は懐の中の新しい剣にそっと触れた。
俺は小さく息を吐くと、腰のケースを閉じ、また森を歩き始めた。




