【3話】消えたカード
二体目のスライムを手に入れてから、俺はしばらく森の中を歩き回っていた。
目的はあった。
あの決闘という仕組みを、もう少し安全に使いこなせるようにしておきたい。
幸い、この森にはスライムが多いらしく、何度か視界の端にあの青い体を見かけた。
三体目を見つけた時、俺は迷わず口にした。
「決闘」
視界が白に染まり、いつものリングが立ち上がる。
カァン、とゴングが鳴った。
前回の経験もある。
俺は落ち着いてカードを取り出し、手持ちのスライムを一体、呼び出した。
「攻撃しろ」
命令通り、俺のスライムが野生のスライムに体当たりする。
ぼふん、と鈍い音。相手も応戦する。
ぼふん。
(今回はもう少し様子を見てみるか)
前回は焦って途中で切り上げたが、今回はせっかくだからと、もう少しこの膠着した攻防を観察することにした。
攻撃のタイミングにパターンがあるのか、あるいは何度もぶつければ、いずれ均衡が崩れるのか――そういったことを、俺は暢気に分析しようとしていた。
ぼふん。ぼふん。ぼふん。
何度繰り返しても、結果は変わらない。
当たり前だ。
同格の攻撃力が低いスライム同士が、代わり映えのない攻撃を繰り返しているだけなのだから。
(さすがにそろそろ切り上げるか)
そう思って視線を上げた時、白い空間の隅に浮かぶ数字が目に入った。
00:08
血の気が引いた。
「なっ……!」
前回よりもずっと切羽詰まっている。
00:06
剣を構えるも、間に合わない。頭のどこかで、そう理解してしまった。
00:03
00:00
数字がゼロになった瞬間、耳障りな電子音のようなものが響いた。
同時に、腰のケースが淡く発光する。
「え……」
ケースから、カードが一枚、ひとりでに宙へと飛び出した。
目の前でそれは輪郭を失うように薄れ、跡形もなく空気に溶けて消えていった。
飛び出す瞬間、一瞬だけ見えた絵柄は、間違いなくあのスライムのものだった。
(今持ってるの、スライムしかいないんだから当たり前か……)
選びようもなく消えていったカードに、妙な虚しさを覚える。
せっかく手に入れた二枚のうちの一枚が、こんな形で無に帰すとは思わなかった。
しんと静まり返る。
俺のスライムだけが、その場でぷるぷると揺れている。
目の前にいたはずの野生のスライムは、決着がつかなかったせいか、いつの間にか姿を消していた。
捕まえ損ねた、ということなのだろう。
やがて、白い空間とリングが消え、森の景色が戻ってくる。
残されたのは、手持ちのスライム一体だけだった。
俺は呆然と、空になったケースの中を覗き込んだ。
二枚あったはずのスライムのカードが、今は一枚しかない。
ただ、確かに何かを失った、という感触だけが残っていた。
(時間切れになると、カードがランダムに一枚消える……。もし、これが最後の一枚だったら……)
背筋が冷たくなる。
手持ちのカードが一枚もない状態で時間切れになったら、その代償はカードでは済まないかもしれない――そんな予感が、根拠もなく頭をよぎった。
想像するだけで、嫌な汗が滲んだ。
目の前で相変わらず呑気に揺れているスライムを見下ろしながら、俺は深く息を吐いた。
「……次からは、ちゃんと考えて動かないとな」
独り言が、静かな森に溶けていった。
教訓は得た。
だとしたら、次にすべきことは一つだ。
(手持ちが少ないから、こういう時に慌てる。もっと増やしておいた方がいい)
カードが多ければ、一枚くらい消えたところで痛手は少なくなる。
単純だが、間違ってはいないはずだ。
それから俺は、森の中を歩き回っては見つけたスライムと「決闘」繰り返した。
要領も少しずつ分かってきて、無駄に粘らず、さっさと自分の手で決着をつけることを徹底した。
気づけば、倒したスライムは十体を超えていた。
肩で息をつきながら、ケースの中身を数える。
かなりの枚数になっている。
(そういえば……)
ふと、気になっていたことを思い出した。
前に、自分のスライムを一体呼び出せることは確認した。
だが、複数体を同時に呼べるかどうかは、まだ試していない。
試しに、カードを五枚まとめて手に取り、口にしてみる。
「スライム」
カードが淡く発光し、目の前に――スライムが、三体現れた。
(あれ……)
残る二枚のカードに目を落とす。
光ることもなく、絵柄もそのまま残っていた。
何度か言葉を変えて呼びかけてみても、反応はない。
(同時に呼べる数には、上限があるのか)
どうやら、無制限に呼び出せるわけではないらしい。
今のところは、三体が限界のようだった。
目の前でぷるぷると揺れる三体のスライムを眺めながら、俺は小さくため息をついた。
「まあ、今はスライムばっかりだし、これでも十分か」
そう呟きながら、三体を順番にカードへと戻していく。
分かったことが一つ増えるたび、この力の輪郭が、少しずつはっきりしてくる気がした。




