55.門前
「……とにかく、シムスを探さなきゃ」
しばらくしてから私は言った。
フラムの地下室も万能薬の秘密もゴーレムごと消えてしまった今、残る手がかりはシムスだけだ。
「んだな」
ノルドは頷き、砂に半ば埋もれた飛空板を「ふんっ」と引き起こした。そうして板の裏をのぞきこむなり、がっくりと肩を落としてため息をつく。
「こら思ってたよりひどいっぺ。飛空回路が完全に焦げっちまってる」
「修理できそう?」
「んにゃ。ここじゃ無理だっぺ。父ちゃんの工房なら予備の部品があっけども」
「つまり……」
私は両側に切り立つ赤茶色の崖を見上げた。
無数に開いた横穴。あの中のどこかにシムスがいる。
「あそこまで、登っていくしかないわけね」
――とはいえ。
穴の脇に立つ、軍服を着た蜂頭の女たち。
果たして、彼女たちは私たちをすんなり入れてくれるだろうか?
◆◆◆
結論から言うと、私たちは崖を登ることすらできなかった。
一番低い位置にある横穴を目指し、手近の岩のでっぱりに手をかけた途端、頭上から次々に飛んできた蜂頭の女たちに、あっという間に取り囲まれてしまったからだ。
「何者ダ。ココハ畏レ多クモ第一幼女王殿下ノオ住マイナルゾ」
中でも一際背の高い女性が鋭い声で誰何する。
(あ。この感じ、何か懐かしい……)
今となっては、ずいぶん昔に思えるけれど。
私がまだ伯爵令嬢だったころ、王宮や伯爵家の門前に立ってた衛兵たちもこんなふうだった。
すかさず前に出ようとするノルドを手で制し、私はかつて王妃様にも褒められた完璧な宮廷礼を披露した。
「大変失礼いたしました。こちらはハーキ族の族長ニルドが長子ノルド、私はジルと申します。こちらには、ある方を訪ねて参りました」
「衛兵隊長ノ〈クインゲンテシマ・ミッレーシマ・セクサゲーシマ〉ダ」
そう言うと、衛兵隊長の女性――クインゲンテシマ――は四本ある腕のうち、右側の二つの拳を胸に当てて会釈を返してくれた。
「シテ、誰ヲ訪ネテオイデニナッタ?」
(うっ……!)
まずい。
貴族社会において、相手の地位や名前を忘れたり言い間違えたりすることは、致命的なマナー違反だ。
だけどあんな長ったらしい名前、いっぺん聞いたくらいじゃ覚えられない。
「ええと、私達は彼を〈シムス〉と呼んでいましたが……」
「〈ノンゲンテシムス・トリケシムス・クアルトゥス・クィーンクィエス・ミッレーシムス・トリケンテシムス〉だっぺ」
言い淀んだ私の横で、ノルドがすらすらと言ってのけた。
(嘘っ! ノルドってば、あの一瞬で全部覚えたの!? すごくない?)
内心めちゃくちゃ感動しつつも、ここは何食わぬ顔でにっこりしてみせる。
一方、シムスの名前を聞いたクインゲンテシマは――蜂の顔でどうしてそう見えたのか謎だけど――ものすごく微妙な顔になった。
「〈居候〉ニ? ……マアイイ。ココデ待ッテイロ。幼女王殿下ニオ伺イヲ立テテ来ル」
クインゲンテシマはぶうんと羽音を立てて舞い上がり、後には私とノルド、そして全く同じ顔、同じ体つきの女性たちが残された。
いや、よーく観察すれば違うのかもしれないけどね? 何しろ全員蜂の顔だからね?
(――ん?)
よくよく見たら、軍服姿の女性たちの背中に隠れるように、彼女たちより一回り小さなメイド服姿の女の子――もちろん、蜂頭の――たちが何人か、ちらちらとこちらを窺っていた。
直立不動の衛兵たちとは違い、女の子たちは隣同士でさかんに触覚と触覚を触れ合わせている。
えー、何あれ。内緒話? てかメイド服可愛い。
ややあって戻ってきたクインゲンテシマは、私達の前に優雅に降り立つと、軽く頭を下げて言った。
「客人方、コチラヘ。〈プリマ・ケンテシマ・セクスタ〉第一幼女王殿下ガオ会イニナル」




