幕間 ドラン商会
「これはどういうことですか!」
紅薔薇の紋章が入った書状を、バン! と机に叩きつけ、エミールは声を荒らげた。
エミール・ドラン。十七歳。
高難度の迷宮や人跡未踏の秘境にも果敢に挑み、多くのレアアイテムを持ち帰ることで近年めきめきと業績を伸ばしているドラン商会の三男だ。
前世日本では安さで知られた大手量販チェーンのMD―― 商品の仕入れから値付け、売り方までを一手に担う部署で、伝説とまで言われた男だった。
「カーマイン迷宮への食料供給を停止しろって。探索中に食料の切れた冒険者たちに、死ねと言ってるようなものじゃないですか!」
「そう騒ぐな、エミール」
執務机の向こうでどっしりと構える男はガイウス・ドラン。ドラン商会の会長だ。
「カーマイン迷宮は封鎖中だ。第五層に出た変異体の階層主のせいで、犠牲者が何人も出たからな。心配せんでも、中にいた冒険者たちは、とうに騎士団が避難させとる」
「第六層には、まだ人がいるんですよ!」
エミールは叫んだ。
「父さんも記録を見たでしょう! 討伐隊の編成から五層の踏破まで、どんなに急いでも三日はかかる。それまで安全に待機してもらうためにも、うちが食料を供給して」
「第六層に人などおらん」
ぴしゃりと言い放った父に、エミールは絶句した。
「………父さん?」
第六層の祠に設置した自販機が、しばらく前から毎日稼働していることは、販売記録を読んだ父も承知しているはずなのに。
そんな息子をちらと見て、ガイウスは深いため息をついた。
「いいか、エミール。この通達は、カーマイン伯爵家から直々に下された命令だ。この件については、間違っても妙な気を起こすなよ」
そう言うと、彼は息子を追い払うように手を振った。
◆◆◆
執務室を出たエミールは、足音も荒く商会の地下に続く階段を下りていった。
特殊な鍵でしか解錠できない地下室の存在を知る者は、商会内でもごく僅か。さらに入室できる人間は、父とエミールを除けばただ一人――。
「あ、おかえんなさい、支店長。おやっさんは何て?」
壁一面を覆いつくす複雑怪奇な魔導機械。そのコンソールを見ていたメイド服姿の少女が、肩越しに振り向いて訊いてきた。
それには答えず、エミールはつかつかと機械に歩み寄る。
コンソールの画面には、迷宮内の各所に設置された自販機の買取りと販売記録が、ちかちかと瞬きながら流れていた。
「六層の記録を出してくれ」
「うす」
少女が慣れた様子でキーボードを操作する。
――ドラン商会迷宮支店。
エミールがこの構想をぶち上げたのは、今を遡ること十年前。
僅か七歳の時だった。
転移門が自然発生するほど濃密な魔素に満ちた迷宮内。だからこそ実現可能な、タイムラグを最小限に抑えた各種商品の転送システム。
当時、商会一の冒険者だった叔父の口添えがなかったら、父を始めとする商会幹部を説得し、国中の錬金工房を回って〈自販機〉を作れる技術者を探し出すことなど、到底できはしなかっただろう……。
「――っと、出ました。これっすね」
少女が切り替えた画面には、目当ての自販機で売買された品物の、直近のログが表示されていた。
第六層の自販機は、この一週間、ただ一人の人物によって判で捺したように規則正しく利用されている。
(買取りは初回の一度だけ。あとはその金で食べ物を買うだけで、回復薬も解毒薬も買っていない)
その場を動くつもりはなく、転移門が開くのを――救助が来るのを待っているということだ。
ログに記された購入品目の横には、現金利用かカード利用か、カードなら使用者の氏名か、署名代わりの血痕から採った魔力紋が記されていた。
(こいつ、絶対転生者だよな)
エミールは内心ひとりごちる。
(……にしても、どういうネーミングセンスだよ)
品名の横にずらりと並ぶ『Gyudon Kalbi』の文字を見て、エミールはひっそりと口角を上げた。




