54.峡谷
気がつけば、周囲は羽搏きの音でいっぱいだった。
石の巨人の庭園から逃げ出した鳥やウィングエイプが、チイチイ、ギャアギャアと騒々しく鳴きたてながら周り中を飛び交っているのだ。
カカカカカッ!
カンカンカン! カカッ、カカカカカカカッ!
かつて岩棚だった場所から、飛竜の群れがどっと飛び出してくる。
無数の翼が巻き起こす風に翻弄されて、飛空板は木の葉のようにくるくる回り、私はノルドにしがみついた。
眼下の庭園では、周辺から侵食してきた砂色が、遂に中央まで達したところだった。
全身が砂と化したゴーレムは、束の間、元の姿のままそこに立ち尽くし――。
次の瞬間、肩と頭部が沈み始め、庭園の外周に亀裂が走ったかと思うと、胴体が横へ広がりながら崩れだした。
腹の底に響くような地鳴りが、飛空板の底板を伝って突き上げてくる。ざあざあと砂が流れる音と共に、頭頂部の庭園が、外周からリング状に内側へ落ちていく。
やがて、最後まで残っていた転移門の広場も輪郭を崩しながら砂の奔流に呑まれていき……。
もうもうと砂煙を上げてゴーレムが崩れ去った後には、直径が50mプールほどの砂丘ができていた。
ゴッ! と何かが飛空板にぶつかり、ノルドが慌てて両脚を踏ん張る。
飛空板はいつの間にかウィングエイプの群れの真っ只中を飛んでおり、そこへ飛竜たちが突っ込んできたのだ。
たちまちあちこちでサルたちの甲高い悲鳴が上がる。
『〈防衛線〉が発動します』
カッと大口を開けて飛空板を飲み込もうと迫ってきた飛竜の前に紅色の線が出現し、真っ二つになった飛竜がきりもみしながら地面に落ちていった。
「ホホウ。コレハ珍シイ〈スキル〉デスネ。実ニ興味深イ」
飛空板の傍らでホバリングしていた〈庭番〉のシムスがのほほんとした口調でコメントする。
いや、これマジで非常事態だから!
「見物してる暇があったら助けてよっ!」
八つ当たり気味に叫んだ私に向かい、シムスは飛びながら片方の触覚をひょいと持ち上げてみせた。
「オヤ。助ケガ必要ダッタノデスカ。ソレナラソウト早ク言ッテクダサレバイイノニ」
言いながらブウンと翅を震わせ、飛空板の前に出る。
「ツイテ来ナサイ。安全ナ場所マデ案内シマショウ」
◆◆◆
シムスは飛竜の攻撃を器用に躱しながら先に立ち、私達は飛空板でその後を追った。時々飛竜に襲われそうになったものの、その都度〈防衛線〉のおかげで助かった。
やがて飛竜の群れを抜けた私達は、気づけば両側に赤茶けた崖が屹立する峡谷のような場所を飛んでいた。
崖の途中にはぽつぽつと穴が空いており、それぞれの穴の両脇には詰襟の軍服をぴしりと着こなした蜂頭の女性が衛兵のように立っている。
「谷幅ガ狭スギテ、飛竜ハココニハ入ッテ来ラレマセン。ヒトマズ安全トイッテイイデショウ。デハ、私ハコレデ」
言うなり、シムスはブウンと羽音を立てて舞い上がった。
「えっ。ちょ、待って! あなたにはまだ訊きたいことが……っ!」
フラムとシムスはどういう関係だったのか。モンスターのような見た目なのに人語を解する庭番とは一体何なのか。
けれど、その時にはシムスはすでに崖に開いた無数の穴の中に姿を消していた。
「ノルド、シムスを追いかけなきゃ。早く!」
「無理だっぺ」
途端、まるでエアポケットに入ったかのように飛空板がすうっと高度を下げる。
「さっき何かとぶつかった時、飛空回路がいかれたっぺよ。どうにかここまで飛んできたども、そろそろ限界だっぺ」
ノルドの言葉を裏付けるように、飛空板は徐々に高度を落とし、遂にはどすんと音を立てて谷底の砂地に着地した。
幸い二人とも怪我はなかったものの――。
私は砂を払って立ち上がり、首が痛くなるほど頭を反らして上を見る。
両側に続く崖の高さはちょっとした高層ビルほどもありそうで、はるか上に見える空は細く狭く、確かに飛竜は下りて来れなさそうだ。
「てか、ここどこ?」
「俺に訊かれても困るっぺ……」
私達は途方に暮れて顔を見合わせた。




