幕間 聖騎士
お待たせしました。連載再開です
護衛の依頼は、カーマイン伯爵領にある商会本部までだった。
「ありがとう。今回もとても助かった」
エミールが差し出した手を、剣胼胝のある大きな手ががしりと握る。
「何の。こちらこそ楽しい旅でした」
(ヒーローってのは、まさしくこういう男のことを言うんだろうな)
エミールは内心独り言つ。
手足が長く、肩幅は広く、鍛え抜かれた体つき。
目鼻立ちは厳ついが、物腰は常に穏やかで礼儀正しく、エミールのような若造にもきちんとした態度で接してくれる。
(この世界に聖騎士なんて職業はないが……)
もしあれば、彼のような男こそがそう呼ばれるに違いない。
「一斉討伐には君の団も参加するのか?」
「無論です。Bランクモンスターの出現と聞いては、見過ごすことはできません」
エミールは従者に合図すると、その手からずっしりとした革財布を受け取った。
「これはギルドの報酬とは別に、僕からの個人的な礼金だ」
「いや、エミール殿。このようなことをされては……」
案の定渋い顔をする相手に、エミールはすっと声を落とす。
「君が支援している孤児院の建物は、そろそろ補修が必要だろう?」
「……敵いませんな、エミール殿には」
相手は今度は拒まなかった。
「ギルドへの依頼完了報告は、僕のほうでしておくよ」
「助かります。では私はこれで。何かありましたら、またいつでもお申しつけください」
胸に拳を当てて一揖し、男は大股に去っていった。
何の変哲もない板金鎧を着たその背中が、領都の人混みに消えていく。
「あれほどの男を手放すなんて、王家は何を考えてるんだか」
思わず漏らしたエミールの声に、まだ若い従者が首を傾げた。
「ゼノさんのことですか? 元は騎士だったと聞いたことがありますが……」
「騎士どころか。元王宮騎士団長だよ」
「ええっ!?」
「ずいぶん前にある事件があってね。責任を取って辞任した」
それでも彼を慕ってやってくる者は後を絶たず、結局今の団を立ち上げることになったのだが……。
従者は「なるほど」と納得顔で頷いた。
「道理で。あの風格、絶対只者じゃないと思ってましたよ」
◆◆◆
エミールと別れたゼノは、その足でまっすぐ街外れの教会に向かった。
教会の裏には孤児院があり、遠くから彼の姿を見つけた子ども達が、歓声を上げて駆けてくる。
「わーい、ゼノだ」
「ゼノおじちゃーん!」
「やあ、皆。元気にしてたか?」
飛びついてきた男の子を放り投げるように肩に乗せたり、年長の少女の頭を撫でたりしていると、騒ぎを聞きつけた小柄な修道士が教会の裏口から現れた。柔和な丸顔には縦横に古傷が走り、義足の片脚を引きずっている。
「ああ、お帰り。ゼノ」
「師父。ただいま戻りました。――早速ですが、これを」
先ほどエミールに貰ったばかりの革財布を修道士に渡す。
「こんなにたくさん……! いただけないよ。団の維持費もあるだろう?」
「顧客からの礼金です。ギルドからは別に報酬も出るので、どうぞお受け取りを」
「……そうか、なら遠慮なく。正直言って助かるよ。礼拝堂はともかく、孤児院の床がもう限界で」
話しながら孤児院の建物に向かう二人の後を、子ども達がぞろぞろとついていく。
「そんなことなら、早く言ってくだされば団から人を寄越しましたのに」
言いながら、ゼノは手早く剣帯を外し、肩と腕の鎧を取った。兜はとっくに脱いで、子どもらの玩具にさせている。
「本格的な修理はできないが、直せる箇所は直していきましょう」
勝手知ったる様子で物置に向かいながら、ゼノはふと子どもたちを振り向いた。
「鎧は好きに触っていいが、剣は見るだけ。触れてはいけない。いいね?」
「はーい!」
早速、鎧の周りに集まる子ども達。
中の一人がしゃがみこみ、剣帯と一緒に置かれた鞘入りの両刃の剣をしげしげとのぞきこんだ。
使い込まれた剣の柄頭には、斧と炎の紋様が黒ずんだ銀で象嵌されていた。




