49.幻燈
四阿の碧玉葡萄はすっかり取り尽くされ、葡萄棚は丸坊主になっていた。
「前来た時ぁ、まだたんと実ってだのにな」
ノルドが残念そうに言う。
「ま、ウィングエイプがあんだけいだら、こうもなるっぺ」
(そういえば……)
あの金トサカのウィングエイプ。余計なことばかりする迷惑子ザルは、あれからどうなったのだろう。
ハーキ族の岩山で、ベビーロックボアに石を投げつけた時以来、ずっと姿を見てないけれど。
(いやいや。今はそんなこと考えてる場合じゃなかった)
分厚く散り敷いた落ち葉を踏み分けていけば、四阿の片隅に、前に来た時のまま四角く開いたハッチがあった。
地下室に続く錆びた梯子も、あの時のままだ。
私たちは顔を見合わせて頷き合い、ノルドを先頭に梯子を下りていった。
◆◆◆
地下室の床に降り立ったとたん、あたりの景色がぐにゃりと歪んだ。
何かが沸騰するような、コポコポという音。
そこに時おり水滴が滴るような、ぴちょん・ぽたぽたという音が混じる。
向かって左手の壁に密閉式の竈があり、そこから伸びる湾曲した金属管が、中央にでんと据えられた玉葱型の装置へ、そこからさらに右端の巨大なタンクに繋がっている。
擦り切れた長衣を着た若い男が、タンクについた蛇口から、中の液体を小さなガラス瓶に移し、コルクで栓をしてからラベルに何か書き込んで――……。
「こいつぁたまげだ!」
ノルドが叫ぶと同時に、目の前の景色は再び歪んでかき消えた。
後には割れた竈と、潰れて木の根に覆われた玉葱型の装置と、横倒しになったタンクの側に転がる〈僕〉の白骨死体があるばかりだ。
「古代人の遺物っちゅう奴だっぺか。どえらくよぐできた幻燈だっぺ……」
てことは、前回も見たさっきの光景は、夢でも幻でもなく、何らかの映像だったということか。
その間も、ノルドは地下室中を歩き回り、壁を軽く叩いたり、床に這いつくばって装置の下をのぞきこんだりしている。
と、今度はいきなり誰かの声が聞こえてきた。
『万能薬の売り上げ………だ。や……な、ギリ……』
ノルドが「ひえっ!」と叫んで飛び上がる。
「だっ、誰だっぺ!」
「しっ!」
私は唇の前に指を立てて耳を澄ます。
『いや。あ…は……完成品には………。本物ならあんなに…………劣化……………だ』
『商売人………は、………のほ…が……』
ガガッ、と音がして音声が切れた。
見れば、ノルドが膝の上に乗せた何かの機械をいじくり回している。
ところどころ黒く変色した金色の機械は、明らかにさっきの声の出所とみえた。
「ちょっと、ノルド!?」
せっかく何かヒントになりそうな会話が聞こえてたのに!
けれどノルドは私の声など耳に入っていない様子で、ありとあらゆる方向から機械をためつすがめつしている。
と思ったら、やおらベルトポーチからすちゃっ! とばかりにドライバーやら何やらを取り出し、ものすごい勢いで機械を分解し始めた。
瞬くうちに、機械はネジといくつもの歯車と、何だかよくわからない濁った結晶体のようなものに分解されて床の上に広げられる。
ノルドはその結晶体をピンセットで摘まみ上げた。
「〈不純物除去〉」
と、ピンセットの先からぽろぽろと黒い埃のようなものが剥がれ落ち、後には曇り一つなく静かに輝く結晶体だけが残った。
「よし、こんで動ぐようになったべな」
呟くノルドの手の中で、さながら高速フィルムを逆回しするように、先ほどの機械がみるみる組み上がっていく。
『万能薬の売り上げは順調だ。やったな、フラム』
『いや。あれはまだ完成品には程遠い。本物ならあんなに短期間で劣化しないはずだ』
『商売人としては、そっちのほうが都合がいい』
さっきよりもはるかにクリアな音声が、組み上がった機械から流れ出した。
「すごーい! 今のって全部ノルドのスキル?」
感心しきって私が言うと、ノルドは照れたように鼻の横をほりほりと掻いた。
耳の先がちょっと赤い。
「こんくらいの分解掃除、岩小人なら誰でもできっぺよ。……まぁ〈不純物除去〉は〈付与魔術〉の応用で、俺が考えたもんだども」
それって、〈線〉から〈紅線〉や〈隔壁〉が生えてくるようなものだろうか。
「こん機械は、ここさ入れだ結晶の中身さ聞かせてくれる物だべな。そら、あっこにもいくつか転がってっぺ」
ノルドが指さす方を見れば、なるほど、地下室の床のあちこちに、前来た時には気づかなかった小石のような結晶体がいくつも散らばっている。
「てことは、これを集めて中身を聞けば、万能薬のありかがわかるかも!」
「んだ。となりゃ……」
うん。やることは一つだね!
私たちはてんでに床に這いつくばって、結晶体を拾い始めた。




