幕間 ルーベン
――すべて儂の読み通り。
執務机の抽斗を開け、ブランデー入りの携帯水筒に手を伸ばしながら、ルーベン・カーマインは独り言ちた。
分家の次男に過ぎなかった彼だが、そのスキルと実務の腕が先代伯爵の目に留まり、本家の当主の座が転がり込んできた。以来二十年、ルーベンが読みを外したことはない。
他領に先駆けてカーマイン迷宮を整備し、冒険者ギルドを拡張し、伯爵家の財産を倍にした。先代から託された悲願――再び〈聖女〉を輩出し、王家と縁を結ぶこと――も、あの新しい〈結界〉の娘のおかげで着々と現実になろうとしている。
迷宮の浅層に湧いた変異体のせいで、今月は数年ぶりの減収だが、それも今回の一斉討伐で片がつく。わざわざ辺境から吸血鬼どもを引っ張ってきた、エミールとかいう若造の手柄をせいぜい利用してやればいい。
「あの連中が女王相のウォーアントを倒せば良し。倒せずとも、痛むのは儂の懐ではないわ」
成功の栄誉はすべて自分に。失敗の不平は吸血鬼どもに向かうよう、手はすでに打ってある。王都に近いこのあたりでは、吸血鬼なぞモンスターと同じ扱いだ。
スキットルの栓に手をかけたところで、執務室の扉が叩かれた。
執事のくぐもった声が、ここ数日で聞き飽きた名を告げる。
「旦那様。ペルゾイス卿がおいでです」
(またか)
舌打ちしてスキットルを抽斗に戻す。この件についても、ルーベンの読みは変わらない。
変わらないが――。
(しつこい男だ)
ルーベンはため息をつくと、不愛想に「入れ」と声をかけた。
◆◆◆
「だから、迷宮封鎖を解除してはならぬという、その根拠は何なのだ? これ以上冒険者どもを待たせれば、奴らは他領に流れてしまう。そうなれば一斉討伐も難しくなることは、卿も承知していよう」
内心はともかく、表面上は務めて冷静な口調でルーベンは言った。
名目上は彼の配下とはいえ、相手は一応王家の血を引く人間だ。
対するペルゾイスは、苛立ちを隠そうともせず、室内を大股で行ったり来たりしながら声を張り上げた。
「ですから! 何度も申し上げているように、討伐は引き続き、我が騎士団に任せていただきたい。どこの馬の骨とも知れぬ冒険者どもでは、万一、ジ……例の子どもが見つかった場合、当家に不利益をもたらすやもしれぬ」
「我が騎士団、とな」
ルーベンは皮肉っぽく繰り返した。
「卿はどうやら、当家の主が誰かお忘れと見える」
「――失礼。無論、騎士団の指揮権は閣下が握っておられる。だが例の子どもは……」
「あれはとうに死んでいる」
ルーベンはうんざりした口調で切り捨てた。
「たかが十歳の子どもだぞ? 今ごろは迷宮のどこかで虫どもの餌になっておるわ」
「………承知した」
ペルゾイスは不満の色をありありと浮かべながらも退出し、それきりルーベンを煩わすことはなくなった。
――だから、ルーベンは知らなかった。
ペルゾイスが、一斉討伐に参加するとある冒険者団に接触し、「黒髪・紅瞳の十歳くらいの少女」を捜索するよう命じたことを。
少女の生死に関わらず、発見者には五百万Gの懸賞金をかけたことを。




