48.ノルド
第二章最終回!
「なあ。どこさ行ぐつもりだっぺ?」
ノドは繰り返すと、素早く私と玄関ドアの間に割り込んだ。
「通して、ノド」
私の声は涙で涸れ果て、掠れて囁くようだった。
「カーマイン迷宮に万能薬を探しに行くの」
〈僕〉の地下室に、もう一度。
あの瓶は割れてしまったけれど、探せばもう一つくらいあるかもしれない。
「なら、こいつが要るっぺよ」
そう言って、ノドはベルトの魔法袋から、ずるりと飛空板を引っ張り出した。
「〈瞬きノ窓〉は空に開くんだがら。忘れたっぺ?」
「ノドったら。それ、ニルドに没収されたんじゃなかったの?」
「父ちゃんの工房がら借りてきたっぺ。内緒でな」
澄ました顔で言いながら、ノドは音もなく玄関ドアを開ける。
「そら。今のうちに行くっぺよ」
「ほう? どこさ行ぐ気だ?」
ドアの外には、腕組みしたニルドが厳しい顔で立っていた。
◆◆◆
「こん親不孝者が!」
ゴン! と痛そうな音がして、ノドが頭を抱え込んだ。
「こそこそ抜け出しよってがらに」
「堪忍してけろ、父ちゃん。けど俺、どうしても行がなきゃなんねんだ!」
「だからって、親に黙って出てく奴があっか! ジル! お前もだぞ!」
「えっ」
急に矛先がこっちに向いて、私は目を白黒させる。
「お前はもううちん子だ。勝手に出ていぐことは許さん! ……ほれ」
ニルドがぐい、と何かを私の手に押しつけた。
透明な液体が入った、トリガー式のスプレーボトル。
「これって……」
前にノラが持っていた。
「上級回復薬だ。持ってけ。迷宮に行くなら必要だっぺ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ニルドはノドに向き直った。
「それとな、ノド。お前は今日から『ノルド』を名乗れ。お前は俺ん跡継ぎだ。もう子ども扱いはしねぇ」
ノドは一瞬、驚いたように目を見開いたが、次の瞬間、ニルドの前に恭しく跪いた。
「我、ハーキ族長ニルドが長子ノルド、名に恥じぬ行いをここに誓う。この身岩と化そうとも」
「立て、ノルド。その行く道がとこしえに佳き夜と共にあれよかし」
ノド――ノルドがゆっくり立ち上がる。父は息子を束の間きつく抱擁したが、すぐに腕を解き、照れ隠しのように鼻の横をほりほりと掻いた。
「……ま、そういうこった。飛空板は帰ってくるまで貸しといてやる」
「へ? 返してくれんじゃなかっぺか」
「馬鹿言うでねぇ。それじゃ罰にも何にもならねぇでねぇが」
私は思わずスプレーボトルに目を落とした。
――てことは、もしかしてこれも……?
「ああ、ジル。三万Gはちゃんと帳面につけてあっかんな。あと、使った分は後できっちり上乗せすっから」
ニルドは言い、私に向かって大きく腕を広げた。
「だから、ちゃんと返しに帰ってこいよ」
「はい、必ず。ニルド……父さん」
岩小人のニルドは、記憶の中の父様よりもずっと小柄で華奢だったけれど。
その腕の中は、父様よりもずっとずっと温かかった。
◆◆◆
扉岩の外は、私がここに来た時と同じ、一面の星空が広がっていた。
飛空板に乗って飛び立てば、木立の向こう、山の中腹に近い空中に白く瞬く魔法陣が見える。
「ここに来た時より、ずいぶん低い……?」
首を傾げる私に、ノルドが「んだ」と頷いた。
「あん窓は毎年、夏の終わり頃に山の麓さ出でくんだ。んで、お月さんが昇るみてぇに山のてっぺんまで来ると、そっから今度ぁだんだん低くなってって、しまいにゃ地面の下に消えっちまうんだっぺ」
「……消えたら、どうなるの?」
「次に開ぐのは、来年の夏だっぺな」
――つまり、あの窓が沈みきる前に戻らなければ、ここへの帰り道は一年間閉ざされるってことか。
風に落ち葉が舞うように、ふわりふわりと飛空板は山の中腹めざして下りていく。
平原を貫いて走るトロッコの線路。その先に輝く〈眠らずの都〉ズマラックの街明かり。
「ヴィンスやラミルカさん達、あの後大丈夫だったかな」
屋台広場の崩落は、かなり広範囲に及んでいたようだったけど。
「心配すんな。〈闇の宮廷〉は下層にも広がってっかんな。一ヶ所天井が抜けたくれぇ、どうってことねぇべ」
「そっか」
なら良かった。
気がつけば白い魔法陣――転移門はもうすぐそこだ。
「さ、行ぐど。しっかり掴まっとけぇ」
私がノルドの肩に掴まると同時に、飛空板は反転し、転移門に飛び込んだ。
今週も読んでいただきありがとうございました。
少しでも面白いと思っていただけましたら、ブクマや↓の☆評価で応援していただけますと執筆の励みになります。




