幕間 レント
酒の力を何杯も借りて、ようやく寝ついたところだったのに。
「レン。レン、起きろ」
レントは唸り、毛布を被って寝返りを打った。頼むから寝かせておいてくれ。
けれど毛布は剥ぎ取られ、厳重に閉めておいたはずの二重窓から吹き込む風に、眠気はあえなく霧散する。
「くそっ。何だというんだ、こんな夜更けに」
嫌々ながら身を起こせば、窓を背に、月光に縁取られた白髪の人影が立っていた。
「会議の招集だ、代官殿。大至急、〈闇の宮廷〉においでくださいとさ」
◆◆◆
スチュワード家は、建国以来ティール辺境領の代官を務める由緒正しい家柄だ。
曽祖父の代に伯爵位を賜ってからは、王都にもタウンハウスを構えるようになったが、その軸足は依然として辺境領にある。
――結局、どこまでいっても吸血鬼どもの用人なのだ。
「スチュワード」という家名にしてからが、「代官」の言い換えに過ぎない。
〈色無し〉。
王立学院に通っていた十代のころ、陰でそう呼ばれていたことを思い出す。
アルバ。カーマイン。ティール。ラセット、トーブ――。
家名に色を持つ王国貴族の子女達の中で、彼は常に浮いていた。
「それで? 一体何があったんだ、ヴィンセント」
踊るような足取りで前を行く白髪の吸血鬼に、レントは不機嫌を隠そうともせずに問いかけた。
ヴィンセント――ヴィンスは立ち止まり、驚いたように振り返る。
「何があったかって? 驚きだな。代官殿は、あの鐘の音も騒動も気づかないほど泥酔してたと見える」
「寝室には音も光も入れないようにしてあるんだ。年がら年中〈夜の子ら〉のお祭り騒ぎを聞かされる身にもなってみろ」
レントの皮肉にも、ヴィンスは笑いながら「やあ、そいつは悪かった」と言うばかりで、一向に悪びれる様子がない。
「だが昔は、レン坊もよく館を抜けちゃ、こっちに遊びに来てたじゃないか」
舌に残る酒の後味が、ふいに苦いものに変わった。
「いつの話をしてるんだ。私はもう五十だぞ」
かつて憧れをこめて見上げていた白髪の若者は、レントが少年から青年に、青年から壮年に、そしてそろそろ老いを感じ始めた今も、昔とまったく変わらぬ姿で彼を「レン」と呼ぶ。
『あら。でも吸血鬼はモンスターでしょう?』
『モンスターどもの手先なぞに娘はやれぬ』
今になって過去の古傷が妙に痛むのは、昼に面会を求めてきたあの客人のせいだろうか。
『手前どもの主人は、辺境伯様ではなく、スチュワード伯爵様と直接取引したいと考えております』
れっきとした人間のあなた様と。
マルーン商会の使いと名乗る男は、そう言うと意味ありげに微笑んだ――。
「どうした、レン坊。怖い顔して」
肩越しに振り向いたヴィンスに、レントは首を横に振った。
「――別に。行こう。急ぎの用なのだろ」
彼は代官の顔で〈闇の宮廷〉に続く階段を下りていく。
舌先に、なおも酒の苦い後味を残したままで。




