44.咆哮
ノドが言うには、領都の地下にはノドたちのような〈夜の子ら〉が昼も安心して過ごせるように、広大な空間があるという。
〈闇の宮廷〉と呼ばれるそこには、街のあちこちから道が通じており、うち一つの入口は、さっきまでいた屋台広場の端の、古びた番小屋の中にあった。
「よう、ノド! どうした、狩りに出ないのか?」
近くの屋台から、売り子のお兄さんが親しげに声をかけてくる。
さっき見かけた、白髪に黒バンダナのお兄さんだ。
「おう、ヴィンスか。いや、今日は妹らが一緒だかんな。それに、飛空板さ父ちゃんに没収されっちまってよう」
――ふうむ。
二十歳という年齢を聞いたせいだろうか。
こうしてやりとりしているノドは、背丈こそ低いものの、いっぱしの成人した若者に見える。
「なんだ、そりゃ残念だな。今夜は良い狩りができそうなのに」
そう言ってニカッと笑ったお兄さんの口には、やけに尖った八重歯があった。
「さっき城門まで行ってみたんだが、ボアは若い雄ばかり、二十頭ってとこだったかな。正直、雌や仔のほうが血は甘くて美味いんだが……」
「待で待で」
ノドはお兄さん――ヴィンスの言葉を遮った。
「雄ばっかまとまって二十頭だと? 変でねぇが。ボアの雄は普通群れねぇど」
「そうなのか? いや俺、街中で商売してるから、そういうのは疎いんだよ」
「…………」
ノドはしばらく逡巡するように腕組みしていたが、やがて顔を上げて私を見た。
「ジル。すまねぇが、ちっとだけ俺らも様子見に行っていいか? なーんか妙な気がするんだっぺ」
◆◆◆
そんなわけで私達三人が向かった城壁の上は、大勢詰めかけた街の人々で、さながら花火大会の見物席のような様相を呈していた。
ヴィンスなど、いつの間に用意したのか、野球場の売り子のように肩から下げたボックスに、マグカップを満載して売り歩いている。
「えー、蜂蜜酒にエール、ブラッドワインはいかが~」
城門は大きく開け放たれ、門前の草地にはいくつもの篝火が赤々と焚かれ、火明かりに照らされた冒険者達がてんでに武器を磨いたり、暗がりに目を凝らしたりしていた。
「いた! ほら見て、あそこ!」
私の横でノラが興奮した声を上げる。
指さす方を見れば、篝火の彼方の暗がりに、黒々とした小山のような影がいくつも固まっているのが見えた。
「ヴィンスの言うとおりだっぺ。雄しかいねぇ……」
周囲の浮かれ騒ぎとは明らかに温度の違うノドの声。
「それって、つまりどういうこと?」
「わがんねぇ。わがんねぇけど、ここにはいちゃいけねぇ。腹ん中さむずむずすんだ」
そう言うと、ノドは私とノラの手をしっかり握った。
「さ、来い。〈闇の宮廷〉に避難すっど!」
だが、その時。
暗がりに蹲る小山のような影たちが一斉に立ち上がり、轟くような咆哮を上げた。
ブオオオオオォ―――――オオオオオ――――――!
幾重にも重なりあった咆哮は、あたりの空気を揺るがして響き渡り、城壁に跳ね返っていんいんとこだまし…………。
私を含め、その場にいた大勢の人々が、石のように硬直した。




