42.冒険者ギルド
「あっこが領主様のお屋敷だっぺ」
冒険者ギルドへ向かう道々、ノドが指さす方を見れば、街の中央に一際高く、黒々と聳え立つ城館が見えた。
さっき別れたニルドは、ちょうどあそこに着いた頃だろうか。
冒険者ギルドは、屋台の広場から少し歩いた大通りにあった。
そろそろ深夜に差し掛かろうというのに、両開きの扉は大きく開け放たれ、内部は魔導ランプの光で昼間のような明るさだ。
広い室内は、年月に燻された木の茶色と漆喰の白に彩られ、いくつかある古風なカウンターや、横手の壁の掲示板の周りでは、常連らしき冒険者がたむろして、思い思いに喋ったり笑ったりしていた。
「ジルは、ギルドさ来んの初めてか?」
ノドの問いに私はこくりと頷く。
カーマインの両親を始め、私が知っている貴族は皆、冒険者を場末の労働者か何かのように考えており、直接口をきくことはおろか、視野に入れるのも嫌がっていたからだ。
「んだら、まずは登録しねぇとな」
「登録?」
ノドが言うには、ここで物を売り買いするには、必ずどこかしらのギルドを通さなければならないそうだ。
「碧玉葡萄を売るだけなら、商人ギルドでもいいんだども、俺らは大抵こっちの冒険者ギルドで取引すっかんな」
「見て見て。ノラもカード持ってるんだよ!」
ノラが自慢げに出してきたカードを見れば、前世の交通系ICカードくらいの金属板に、
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ノラ
種族 岩小人
等級 E
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と刻印されていた。
「そら、こっちだ」
勝手知ったる様子で歩いていくノドの後から、いくつかあるカウンターの一つに歩いていく。
「あら、ノド君。ノラちゃんも。ずいぶん久しぶりじゃない?」
色白で尖り耳、どきりとするほど美人のお姉さんが、にっこりとノド達に微笑みかけた。
(わ、またエルフだ)
伝説とかお伽話とか言われてるわりに、辺境には結構いるみたい。
「今日は納品かしら。それとも何か持ってきた?」
「ああ、シルヴィ。こん子、登録してやってけろ」
「あら」
シルヴィと呼ばれたお姉さんは、私の頭のてっぺんから足の爪先までじろじろ見回した。
「その子、人の子よね? 何でノド君達と一緒にいるの?」
「俺らの家族んなったからな」
「ジルはねえ、ノラのお姉ちゃんになったの!」
ノドとノラの声が被ったとたん、シルヴィはすんと笑顔を消した。
「承知しました。ギルドカードのご登録ですね。何か身分を証明するものはお持ちですか?」
「えっ……」
いきなりお仕事モードになったシルヴィに訊かれ、私は困ってしまった。
「何だべ、シルヴィ。そんなん、俺らの登録ん時は必要なかったっぺよ」
「当然です。お二人はハーキ族の族長様のお子ですもの。でも、そちらは明らかに領外から来た人の子でしょう。最近、よそ者絡みのトラブルが増えてますの。ギルドとしても警戒せざるをえませんのよ」
とりなすように言うノドにも、シルヴィはお仕事口調を崩さない。
「あのう、身分を証明するものと言いますと、たとえば……?」
恐る恐る訊ねた私に、シルヴィは意地悪そうに微笑んだ。
「そうですね。領主が発行する公式の通行証や、商会が高額商品の売買時に発行する取引カードなどです。もっとも、あなたみたいなお嬢さんにはどちらも縁がなさそうですけれど」
(……ん?)
商会が発行する取引カード?
言われて思い出すのは、あの自販機で発行された青いカードである。
「えっと。これでもいいですか? ドラン商会のカードですけど……」
「ドラン商会!?」
ざわっ。
しばらく前から私達のやりとりを聞いていたらしい周囲の冒険者達から、あからさまに驚いたような声が上がった。
「あの嬢ちゃん、ドラン商会と取引したことがあるのか?」
「すげえな、あの歳で」
シルヴィは私の出したカードを一瞥すると、悔しそうに唇を噛んだ。
「……結構ですっ。登録してまいりますので、しばらくお待ちくださいませっ!」
私の手からひったくるようにカードを取ると、足音も荒く奥へ引っ込んでいく。
あっけに取られて見送る私の頭を、一人の女冒険者がぽんぽんと叩いた。
「気にしなさんな。シルヴィのあれはやきもちだよ。彼女、前からノドにお熱だから」
「ええ……?」
私は改めてノドを見る。どう見ても私、つまり十歳の「ジゼル」と大して歳は変わらなそうだ。
一方、シルヴィはどう若く見積もっても二十歳にはなっていそうなクールビューティ………。
女冒険者はぷっと噴き出した。
「ははっ。ロックノームは歳よりかなり若く見えるからね。こう見えてノドは今年で二十歳だし、ノラは確か十二歳だよ」
「えええええーっ!?」
いや、確かにノドは飛空板を自作したり、鉈の一振りでベビーロックボアの首を落としたりしてたけど!
「道理でしっかりしてるはずだわ……」
呆然とする私に、ノドは「ははっ!」と笑った。
「いや、ジルもその歳にしちゃ、ずいぶん大人っぽい女の子だっぺ」
「おっほん!」
カウンターに戻ってきたシルヴィが、わざとらしく咳払いした。
「お待たせしました。お客様のギルドカードはこちらです。ドラン商会のカードの残額も、こちらに移しておきましたので」
今後はこのギルドカードが、商会カードとしても使えるらしい。
「ありがとうございます!」
きらきら輝く新品のカードに自然と胸が躍る。
わくわくしながら手に取った私は、けれど、刻印された文字を見るなり膝から崩れ落ちた。
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ギュードン・カルビ
種族 人間
等級 F
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私の手から、ノラがカードを抜きとってしげしげと眺める。
「ジルって、本当はギュードンっていう名前だったの? だったらノラ達もそう呼んだ方がいい?」
「お願い。これからもジルって呼んで……」
涙ながらに私が頼み込んだのは言うまでもない。
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